やっぱり来ました女神さま

文字数 2,388文字

 閃光、やや遅れて衝撃。響き渡る轟音の中、真っ白に焼きつくされ、全てが光に消える。
 死後の世界って、けっこう派手です。
「ああ、何てひどい死に様」
「やっぱり?」
 
 白い光がやわらかくなる。
 白いんだけど、目に刺さらない。雲かな? 霧かな? すずしくて、気持ちいいしいいにおいがする。

「なるほど、こうしてあなたは死んだのですね」
「えっ、何、今までの回想シーン?」
「もしくは走馬灯とでも申しましょうか
「そっか……やっぱり私、死んだんだ」
「はい、死にました」
 不思議とがっかりとはしなかった。それどころか、ほっとした。
 もうあのウチワ配りをしないでいいんだ。名前も知らないおばさんたちに、全力で存在を否定されないですむんだ。
 だって私は死んだから!
 ああ、もう暑くない。のども干からびてない。
 苦しくない。

「じゃあ、最後の光とか、すごい音は死後の世界の入り口?」
「いいえ、ミサイルです」
「ミサイル」
 やわらかな霧がふわふわゆれて、ぽわっと光る球が浮かぶ。映るのは確かにミサイル。流線型でとがってて、先端は白くてボディはブルーグレイ。これ以上ないってくらいにミサイル。雲ひとつない青い空を飛んでいる。
「……ミサイル」
「そうです、ミサイルが落ちて、どっかーんっと」
「それって……テロじゃん! 実行委員会のウソつき! 安全だってゆってたのにーっ!」
 ぱちん。
 光の球がはじける。ミサイルも消える。
「えらい人の言うことを、うのみにしてはいけませんよ、幼き者よ」
 あれ、そう言えば私、誰としゃべってるんだろう。さっきのおばさんじゃないことは確か。この声、聞いてるだけで気持ちいい。落ち着く。
「あの、あなた、だれですか?」
 ゆるふわ系? エスニック系? ゆるっとしたさらさらのワンピースを着て、わっかのいっぱいついた長い杖を持った、スキンヘッドの女の人。ひらひらの赤いつけ襟がアクセント。糸みたいな目をほそめ、ふっくらした唇をほころばせてほほえんでる。
「私はクシティガルバ」
「くし? がるば?」
「あなた方の世界では、そうですね、地蔵菩薩と呼ばれています」
「じぞ……ああ! おじぞーさま!」
「はい、おじぞーさまです」
 それなら知ってる。
「女の人だったんだ」
「はい」
「女神様なんだ」
「うーんそれはなんとも」
 やっぱり死後の世界には女神さまが出てくるんだ。

「幼き者よ、聞きなさい」
「あ、はい」
「あなたは熱中症で死にました。直後にミサイルが落ちてきて、何もかも爆発四散しました」
「何もかも」
「はい。そんな訳で」
 じゃあ私の死体も全部吹っ飛んじゃったんだ。証拠隠滅されちゃったんだ。
 私の存在そのものが消えちゃったのか……。いや死んでるから関係ないんだけど、きっと行方不明扱いなんだろうなあ。
 大勢の犠牲者の中の一人だから、扱いも軽いんだろうな。親も探さないだろうな。そう言う人だし。空っぽの棺桶でさっさとお葬式してそれでおしまい。てきとーなご遺体を『娘です』って確認しちゃうかもしれない。やりかねないな、そーゆー人たちだし。
「もしもし、聞いてますか?」
「あっ、はいっ!」
「後がつかえてるんです。他にもいっぱいいるので」
「あのおばさんたちも?」
「いえ、あの方たちは……」
 おじぞーさまは、きゅうっと唇をつりあげた。冷たくて固い、石のほほえみ。アルカイックスマイル。
「私の、管轄外なので」
 急にあたりが暗くなった。ような気がする。ううん、気のせいじゃない。ぐーんっとおじぞーさまの影がのびて、背後の雲に映っていた。妙にとんがった、巨大な影。見ていると手足がすくむ。底なしの穴に吸いこまれるような気分。
 何これ怖い。
「ああ、あなたは何も心配ないのですよ幼き者」
 まばたきすると、影は消えていた。元通りのやわらかな光。
「私は、しいたげられた弱き者、幼き者の担当なのです」
「そうなんだー」
 よくわからないけど、この人は私をいじめない。そこは安心していい。
「あの方たちは、あちら側の私がきちんとおもてなしいたします」
 待って。何かで聞いたことがある。おじぞーさまのアナザーサイドって、もしかして。
「えんま……さま?」
「おや、よくご存知ですね」
 おじぞーさまはふっくらした手をのばして、なでてくれた。頭にまとわりついてたいやな重みが、消えた。
 消えてはじめて「重かった」「苦しかったんだ」と気づく。それほどまでに痛くて苦しいのが当たり前になっていた。しみついていた痛みが、すーっと消えた。
「ほめられた……」
 私、ほめられた。無視されればまだいい方で、余計なこと言うな、無意味だ、黙れって怒鳴られてばかりだったのに。
 だーっと目からあたたかい雫がこぼれる。
「さ、あなたの番です」
「あっ、はい」
「幼き者よ、あなたは大人の理不尽で極悪非道で無神経で偽善に凝り固まった無茶振りであたら若い命を落としました」
「そっか、私、そんな酷い事されてたんだ」
「よって次の世への転生は、特別の慈悲をもって行使いたします。地蔵菩薩の功徳において」
「転生?」
 もしかして、スゴイ能力もらって異世界へって言うアレですか?
 ああ、でもなあ。どうせ生まれ変わっても、私の本質が変わる訳じゃないし。
 また流されて、いじめられて、悲惨な死に方しそう。
 そんな予感がする。
「もうしばらくここにいたいんですけど」
 おじぞーさまは答えない。ダメとは言わない、でもいいとも言わない。
「あなたの心残りは何ですか?」
「へ?」
 予想外の質問に、思考がフリーズ。
「具体的に言うと、これができなかったから気になるってことですね」
「気になること……できなかったこと」
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登場人物紹介

鰐口ささめ
16歳、サメ映画大好きJK。炎天下の強制ボランティアで熱中症に倒れ、見捨てられ、その死は隠匿される。
無惨な前世を救済すべくお地蔵様の慈悲により金髪ビキニ娘サミィとして転生するが、そこはサメ映画の世界だった。
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キャシィ
サミィの姉。グラマーな金髪美女。アメリカの大学生。妹をでき愛するお姉ちゃん。

彼氏に二股をかけられたあげく一方的に別れを告げられ、傷心を癒すべく妹と幼なじみのシンディと共にクリスタルレイクビーチにやってきた。

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シンディ
キャシィとサミィ姉妹の隣に住む。姉妹とは幼なじみ。鍛え上げた体とライフセイバーの資格を持つ男気のある姐さん。
父親は消防士。
傷心のキャシィを案じて二人をクリスタルレイクビーチに誘う。

待ち受ける災厄を知る由もなかった。

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