ここにサメが出ると私だけが知っている

文字数 6,426文字

 改めて、知った。限界まで口を開けると、顎がごりっと鳴る。
 そして人間あまりに激しいショックを受けると、ここまで口を開けても声、出ないんだ。ぱくぱく開閉するだけで。

 知りたくなかった。知りたくなかったよ。
 私は三人1セットのビキニ娘の一人で、しかも金髪で、サメ映画の世界ではそれだけでもう生存率10%切ってるのに!
『チアリーダーと二股かけてた浮気性の彼氏のことなんか忘れて、ビーチで、新しい恋を見つけよう!』
 お姉ちゃんとシンディ、二人そろってさっきっからものすごい勢いで死亡フラグ立ててる。しかも、説明口調で。ただでさえ低い生存率をマチェーテの二刀流でがしがし削ってる!
 ヤバイヤバイヤバイよ。これ、ビーチに出たら一分でサメが来る展開だよ。カップラーメンができるより早くいただきますされちゃうよ!
 さらにカップルになったら危険度二倍、サメ出現までの時間は二分の一。全年齢映画だから、えっちなシーンになる前にサメが来る! あうあうあう、心臓がバクバク言ってる。視界が回る、耳の中でガンガン変な音がする。危険が危険すぎてもう頭がぐるぐるするーっ! 落ち着け、考えろ。サメ映画の知識はいっぱいある。無駄に溜め込んでない。記憶をたどれ。生きのびるために。いや、生き残るために!
(えーとえーと、あと何だろう、サメが来る条件って何だろう)
 ああ、何てこと。「ホワイトシャーク」は劇場版で見るのを楽しみにしてた。何てったってシリーズ初の4DX上映だもの、期待度MAXで事前情報を仕入れなかった。
 だから全然わかんない、これから一体何が起きるのか!
 白いサメが出るのは確か。さっきマッチョなサーファーを一口で飲み込むのを見たから。全部飲み込んで一瞬で消えたから、ビーチにいた人は誰もヤツに気づかなかったんだ。だから誰も通報しない。何て素早いサメなんだ! サメは生きてる限り大きくなる、だからあのサイズのサメはものすごく長い時間を生き続けている。サメは泳ぐのをやめると溺れてしまう。だから、あのサメは気の遠くなるような長い時間を泳ぎ続けてるんだ。つまり、ものすごく、鍛えられている。素早く動けるのも道理!
「あ」
 うわぁん、私までモノローグが説明口調になってる。サメ映画世界に、とりこまれてる。
 サメ映画の登場人物に転生したからだ!
 いけないいけない、流されちゃいけない。このまま流されてたら、サメ映画のお約束通りに食われてしまう!
 とにかく、絶対ビーチには出な

 ざっぱぁん。

「え、うそ」
 墓場だ。墓場にいる。
 きらめく太陽。白いさらっさらの砂浜。波の音。
 いきなりビーチですよ。
 波打ち際ですよ。自分は動いてないのに、世界がぐるっと動いた。動いたって事すら気づかなかった。
 カットが切り替わった? シーンチェンジ? OK、ヒルイラム。余計な移動画面はカットするんだね。お得意のぶつ切り場面転換、安定のサメ映画クオリティ。
「もはやお家芸、いや様式美」
 サメ映画で、金髪、ビキニでビーチにいる。すーっと顏から血の気が引く。こう、熱と血流がすーっと足下を通り越して地面に吸いこまれる感じ。がたがたと体が細かく震える。今は夏でビーチにいるのに。いや、だからこそ!
「もうだめだ、死神の足音が聞こえる……」
 ざぶざぶ、ざかざか、ざっざかざっざか、妙に軽快な足取りで走ってくる。
「あっ、見て見てキャシィ、向こうからよさげなマッチョメンが」
 錯覚じゃなかった!
 シンディの指差す先には、無意味に水しぶきを蹴立てつつ、プロモーションビデオみたいにスローで走ってくるマッチョメンが三人。そろいの黒いブーメランパンツ、ゆっさゆっさゆれる大胸筋、輝く白い歯。さわやかな笑顔。
 ピンチだ。ここでお姉ちゃんたちが意気投合したら。んでもって、うっかりクルーザーとかシーカヤックとジェットスキーとかパラセーリングに誘われたりしたら。

 三十秒でサメが来る!

「あーっ、めまいがー」
 おでこをおさえて、ふらっと倒れる。幸い下は砂浜、やわらかい。ちょっと熱いけど、ぼっふーっと上手い具合に着地完了。
「きゃあサミィ、どうしたの!」
「まだ日差しがきつかったか。早く、涼しい所に!」
 アドレナリン大量分泌、ぎゅんぎゅん脳みそを回転させる。生き延びるには、何ができる。どうすればいい?

 サメ映画のお約束。ビキニ着て水に入ったら一分でサメ。

 とにもかくにも大至急、ビーチから離れなきゃ。せっかく転生したのに、このままじゃまた死んじゃう。サメに食べられちゃう! そんなの嫌だ。私、死にたく無い!
 おじぞー様の転生特典って確か一回だけのはずだし、そもそも今生じゃ私愛されてるし虐げられてないし。恵まれた来世に転生する理由が無い。今の、この人生を守り通さなければ。持てるサメ映画知識を総動員して。それぐらいしか、役に立つものがない。だけどこれなら自信がある。だってだって私、サメ映画大好きだもの! 蓄積してきたサメ映画の数々が今、生き延びるための知恵となる。力となる!
「冷たいものが……ほしい……クリーミィでリッチなスムージーとか」
「わかったわ!」
 ふわっと体が宙に浮く。てっきりシンディかと思ったら、白いむっちりした腕、おしあてられるやわらかみ……お姉ちゃん。お姉ちゃんにお姫様だっこされてる。力強い。
「すぐそこの、ムーンバックスカフェへ!」
 BINGO! やっぱりあった、ムーンバックスカフェ。ヒルイラム映画の定番スポンサー。

 サメ映画のお約束。スポンサーのお店には、サメは来ない。新製品を飲み食いしてるとさらに安全。

     ※

 白い三日月に座ってほほえむ人魚ちゃん。リニューアルの度にアップになってゆき、そのうち顔だけになるんじゃないかって都市伝説めいたうわさもある。もうすでに下半身見えてないから人魚かどうかも(言われないと)わかんない。
 ムーンバックスカフェ、通称ムンバ。このクリスタルレイクビーチ支店は、ラタンの椅子やテーブルを使い、壁の絵もヤシの木やソテツにフェニックス、ハイビスカスにジャカランタ。熱帯の木々や花の間を色鮮やかな鳥の飛び交う南国模様。BGMもレゲエミュージックと自然系ヒーリングを中心に流して、トロピカルでラグジュアリーな雰囲気がとってもおしゃれで癒される!
 ……って何、私、モノローグで宣伝してるかなっ。
(やばいやばいやばいよこれ、取りこまれてる。一秒ごとに、着実にサメ映画世界に取りこまれてる、まるでサメに飲み込まれるように!)
 うう、だめだ、想像しちゃいけない。丸のみされたらどの時点で意識消失するんだろう。意識のあるまま消化されるとか嫌すぎる……あ、でもそう言うの映画であったな、サメ映画じゃなかったけど確か海洋モンスターもので。
(だから忘れて。忘れるんだってば、私ぃいいっ!)
 モノローグ多めだから多分ここは吹き替えの声優さんが好きにアドリブしてる場面。いや、今は台本のチェックが入るから吹き替え版のシナリオライターかな? もっともチェック入れるのがそもそもヒルイラム社だし、好き勝手はそのまんまの可能性がっ!

 とにもかくにもここはセーフゾーン。
 恐れ多くもスポンサー様のご加護により、少なくとも宣伝してる間はサメは来ない。たとえ終わった直後に食べられるとしても。
「さっ、サミィ、ここに座って」
 とさあっとラタンの長椅子に降ろされる。さらっとした布張りのクッションが心地よい。ふっかふかのふわっふわ。天井ではプロペラっぽい扇風機がゆっくり回り、白いカーテン? が頭の上を、まるでお姫様のベッドみたいに斜めに覆ってる。完全に視界は遮られないけど、ほどよいプライベート感。しかも強すぎるクーラーの風を和らげてくれる。
「ふわー、こんなのドラマでしか見たことなーい」
 あ、そうだ、ムンバってセルフサービス式だっけ。飲み物買いに行かなきゃ。
「サミィ、ここで荷物見ててね」
「飲み物は私たちが買ってくるから」
「あっ、はい」
 お世話されてしまった。ナチュラルに。しかもさりげなく私に『荷物番』の役割をくれた。してもらうだけじゃないんだよって言う安心感。
「何がいい?」
「えーっと……」
 安全性が高いのは、新製品。店内を見回す。一番目立つポスターは?
「あ、あれ! リッチでクリーミィなトロピカルマンゴースムージィ!」
「OK、リッチでクリーミィなトロピカルマンゴースムージィね!」
 スポンサーの商品名は正確に。くどいくらいに連呼する。それが、サメ映画サバイバルの掟。
「あと、しっとりふんわりパンケーキ三種類のベリーソースとホイップクリームのせ!」
「OK、いつものね」
「うん、いつもの!」
 ほんとは頼むの初めてだけど。あこがれて見てるだけだったけど。いつものって言われると、なんか、うれしい。まるでほんとの姉妹みたい……ううん、転生したから、今はほんとの姉妹なんだ。こうして目を閉じると思い出の数々が……

 ってお姉ちゃん、面倒見良すぎ!
 (サミィ)ってば、人生のあらゆるピンチでお姉ちゃんとシンディに助けられてる。スクールカースト上位のセレブグループに目をつけられた時も。無駄に上昇志向の高い学校の先生に意味もなくいじめられた時も。たまたま入ったコンビニに強盗がいた時も!
 両親の記憶は曖昧。一応いるみたいだけど、多分映画には出てないんだね。
 ってか、私の生涯、波乱万丈にもほどがあるだろ! それともこれがアメリカンティーンズの日常ですか? あと、シンディ強い。銃を持った強盗を、消火器で殴り飛ばしてた。
『パパは消防士だからね!』
 そこ、関係あるのっ?

「はい、おまたせ」
「ありがと……って、でかぁっ」
 スムージィも、パンケーキも、日本で慣れ親しんだサイズとはケタ違い。しかもホイップクリームが見本写真よりてんこ盛り。
良心的なお店だ。のびあがってカウンターの奥を見る。「店長」とプリントされたTシャツを着たXLサイズのおヒゲのおじさんが、にこっと笑ってウィンクしてくれた。
 気持ちのいいウィンク。きっとイタリアンだなっ!
 でもあのTシャツ、なんで、漢字? 流行ってるの?
「おいっしぃいいいっ! つめたーいっ! あまーいっ!」
 パンケーキも、スムージィも、天国の味がした。映画で見て美味しそうだなって思ってた。いろいろ想像したけど、それよりずっと美味しかった。語彙力ふっとぶくらいに美味しかった。
「何これーっ、こんなに美味しいスムージィ飲んだことなーいっ」
「あらあらサミィったら、よっぽど暑かったのね」
「天国の味がするぅうう」
「そんなにマンゴー好きだったのか」
「パンケーキおいしーっ!」
「ふふっ、サミィったら。ほっぺについてるわよ」
 お姉ちゃんは、私の頬からパンケーキのかけらをとって、ぱくり。口の中に入れた。
「ひゃっ」
「ふふっ、あわてんぼさん」
 いつもやってるんだよね。ものすごく自然な動作だったもの。
「めまいは? もう大丈夫かい?」
「うん、もう平気、汗もすーっと引いたよ」
 はっ。
 しまったぁ!
 とっさに本当のことを答えてしまった。仮病つかってもうちょっと安全地帯にいる時間を引き伸ばせば良かった!
(だってだってお姉ちゃんもシンディもすごく優しいし、心配かけたら悪いかなって!)
「まだ外に出るのは、ちょっと早かったかな……」
 お姉ちゃん、ほんと心配性。って言うか。今までここまでだれかに心配されたことも世話されたこともなかった。
(だけどうっかりビーチに出たら、お姉ちゃんもシンディも一緒にサメに食べられちゃう)
 ビキニ娘はまとめて食べられる。それがサメ映画のお約束。
「ぼうし……」
「え?」
「帽子、取りに戻る」
「そうね!」
「おお、そうだ、帽子は大事だ!」
「上着も羽織りましょう!」
「よし、ロッジに戻るぞ!」
 やった、何か知らないけどビーチ行きを回避した。ロッジに戻れる!
「あ」
 閃いた。そうだよ、何もかもこのビキニのせいなんだ。だったらビキニを脱げばいいじゃない。ナイスアイディア、えらいぞ私!

 甘かった。

「しんじらんなーいっ!」
 ロッジに戻って、ベッドルームに入って、自分のスーツケースを開けて、そして絶叫。
「あれもビキニこれもビキニ、全部ビキニ!」
 着替えが、全部、ビキニ。赤いの青いの白いの黄色いのピンク、紫、ミントグリーン、ミックス。
 片っ端からひっぱりだしたけど全部ビキニ。
 全部フルーツとかマカロン、シャーベット、ケーキ、アイスクリーム、お菓子モチーフの可愛い系。フリルとかリボン多め、年齢を考慮した衣裳デザインかっ!
 でもビキニ。全部、ビキニ。そこだけはゆずらない。
「ビキニしかなーいっ! どゆこと? 寝る時もビキニなのっ?」
 この、ふわっとした布で明らかに水に入るのにむいてないのとか、ナイト用ビキニかもしれない……あり得る、アメリカなら。
「お? もしかしてこれ、上着?」
 とくんとときめく希望のかけら。息を弾ませて引っ張り出してみたら、ビーチパーカーでした。
「水着からは逃れられないんだ……」
 フードつきのタオル地、ミントグリーン、背中にチョコレートクッキーの刺繍入り。(ここまで徹底してお子様か!)
「でもでも、あるだけラッキー!」
 胸にあててみる。
「もーちょっとすそが長いと、いいなあ」
 とにかく、ビキニの上に何か着られる。これだけで生存率が上がる。(映画序盤なら)
 パーカーを羽織ってたら、こん、こんっとドアがノックされる。
「サミィ、いい?」
「はーい、どうぞ」
 お姉ちゃんが入ってきた。うわー、部屋に入るのにノックされたこと、一度もないや。お母さんいつも何も言わずにドア開けて入って来る人だったから。私がいようといないとお構いなし、机の中も鞄も勝手に開けたし私あての手紙も開封してた。パスワード設定してなかったら多分スマホも見られてた。腹いせにひっぱたかれたけど。
「帽子買って来たわ!」
 お姉ちゃんはかがみこんで、ぽすっと帽子を被せてくれた。観光地によくあるお土産用のキャップ。たぶん、クリスタルレイクビーチのロゴとサメのワッペンがついてる。(見えないけど)
「うん、おにあい」
「ありがとう」
 あれ? このパーカー、意外に長かったな。腰までしかないと思ったのに、太ももまであった。袖も長めだし、ちょっと大きめなのかもしれない。
「さっ、行こうか」

 しぃまったぁ!

 まぶしい日差し、足下にさらりと暑い白い砂浜。
 ハロー、ビーチ再び。
 油断した。またしても、またしても場面転換されたーっ! おのれヒルイラム。
「わーっ、いい天気」
「見て見て、バナナボートがあるよ、乗ろう!」
「いいね、いいね!」
 あーあーあー、死亡フラグがお手手つないでやってきた……。
 お姉ちゃんたちは知らない。だってサメ映画の登場人物だから。

 ここにサメが出ると、私だけが知っている。
 
 どうする、どうする、心臓が早鐘を打つ。汗がふきだす。また目まい起こして倒れる? いや、ダメだ、さっきもうスポンサーのお店が出たからしばらくこの手は使えない。
 いっそ雨か。雨が降ればっ!
 雨、降れ! って、いくら念じても無駄か……だって私はビキニ娘その3、もしくは水玉ビキニ。どんなに願ったところで映画の内容は変わらない。脚本家か監督、プロデューサーもしくはもっと偉い人でもない限り!
 その時、雲行きが変わった。
 物理的ではなく、雰囲気的な意味で。

「あら、キャシィ」
 
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登場人物紹介

鰐口ささめ
16歳、サメ映画大好きJK。炎天下の強制ボランティアで熱中症に倒れ、見捨てられ、その死は隠匿される。
無惨な前世を救済すべくお地蔵様の慈悲により金髪ビキニ娘サミィとして転生するが、そこはサメ映画の世界だった。
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キャシィ
サミィの姉。グラマーな金髪美女。アメリカの大学生。妹をでき愛するお姉ちゃん。

彼氏に二股をかけられたあげく一方的に別れを告げられ、傷心を癒すべく妹と幼なじみのシンディと共にクリスタルレイクビーチにやってきた。

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シンディ
キャシィとサミィ姉妹の隣に住む。姉妹とは幼なじみ。鍛え上げた体とライフセイバーの資格を持つ男気のある姐さん。
父親は消防士。
傷心のキャシィを案じて二人をクリスタルレイクビーチに誘う。

待ち受ける災厄を知る由もなかった。

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