恐怖のサメ屋敷!鮫肌のしたたり

文字数 6,642文字

 カッと光る稲光。轟く雷鳴。近い。かなり近いよ。
「ここでまちがいないんだね?」
「うん」
 スマホの地図アプリで場所を確認する。
「お土産物屋さんで聞いた住所はここだよ」
 サメがぶち破ったガラスは信じられない早さで修繕され(むしろガラスが割れた場面がCGだから予算がかかる。だから一秒でも早く直ってる状態に戻したいんだ。予算的には)、クリスタルビーチ記念館の営業は再開されていた。
 市長が食われた現場には、花とロウソクがそなえられている。
 何事もなく営業されていた土産物屋さんで、サメの牙のペンダントを作った人の住所を聞いて、やって来たって訳。
 
 カッとまた稲光が光る。照らされる表札。
「アームストロング……まちがいないよ。ここが、あのおじいさんの家だ!」
 謎おじぃの本名は、アダム・アームストロング。黄金の銛の英雄、アームストロング船長と同じ苗字だった。この辺によくある苗字なのかな?

「おっきなお屋敷だねー」
「ああ、豪邸って感じだな」
 キャラメルの箱みたいにきっちり四角い。色は白で縁取られた黄色。海風にさらされてだいぶ灰色っぽくなってるけど。
「って言うか、元豪邸、かな?」
 何て言うんだっけこれ、ヴィクトリア様式?
 でも、尖った塔とか、煙突とか、不自然な突起物がごつごつつき出してる。CGで合成した?
「ひゃっ」
 雷がとどろく。まるで『正解!』とでも言うように。
 何となくこれ、見覚えあるぞ。付属物込みで。どっかのホラー映画のセット、流用してたりしない?
「すっごい古いお屋敷」
「うん、地下室に井戸とかありそう」
「あー。ありそうだね」
「ザ・呪われた館って感じ……入ったら暗がりから何か出るんだ」
あ、だめ。想像したらどんどん止まらなくなってきた。
「サミィ?」
「きっと、クローゼットとか、ベッドの下とか、バスルームとか、それから、それから、地下室の井戸とかから何か出る。きっと出る!」
「サミィ!」
 ぎゅむ。あったかくってやわらかい。このハグそろそろおなじみになってきた。
「大丈夫よ、何があっても私が守るから!」
「お姉ちゃん……」
「おう、何が出ても、あたしがぶっ飛ばしてやるぜ!」
「シンディ!」
 嬉しいけど、それ、また死亡フラグぅう……。

 ぎしぎし言う階段を上って古い古い頑丈そうな木のドアへ。玄関前のテラスには、古い古いロッキングチェアーが風にきぃきぃ揺れている。緑青の浮いたドアノッカーは、よりによってサメの形をしていた。くわえているのは、船の舵輪。
「いかにも海の男って感じ」
 舵輪をにぎって、鳴らそうとしたら、落ちた!
「うわぁ!」
「手入れ悪っ!」
「どうしよう、ノックするしかないかな」
 雷がドッカンドッカン鳴ってるし風もすごい。果たして聞こえるだろうか?
「ねえ、ねえ、サミィ、シンディ」
「なぁに、お姉ちゃん」
「インターホン、あるよ?」
「……ほんとだ」
「警備会社のセキュリティシステムも入ってる」
「意外に近代的なのね」
「ごめんくださーい」
「どなたかな」
「あの、先程、海岸でお会いして、ペンダントいただいた者です」
「おお、あのお嬢さん方か! ちょっと待ってておくれ、今鍵を開けるから」
 がしゃがしゃがしょごしょがっしょん!
「すっごい音した」
「鍵を開けるってレベルじゃないな」
「用心深いのね……」
 かちゃり。
 あっさりドアが開いて、謎おじぃが顏を出す。ビーチで会った時とまったく同じ。
「よく来た、さあお入り」
「おじゃましまーす」

 中は明るくて、広い。
 とか油断してたらいきなり玄関ホールの二階からサメぇ~~んっ!
「サメだーっ」
「おちつけ」
「あれは木彫りじゃよおじょうさん」
 ほんとだ。吹き抜けの玄関ホール、二階部分の手すりにとりつけた盾型の板にとりつけられた、木彫りのサメだった。(鹿のはく製とかでよくある感じの)
「ま、まぎらわしい」
「本物はいろいろと問題があるからのぉ」
 どんな問題なんだろう。
「おっと、危ない!」
「うわあぁっととととっ」
 上ばっかり見てたら足下に危険が危ない! 玄関ホールの床のど真ん中に、穴が! 真っ黒な水が染み出して、床板が腐ってる。防水シートはおろか、新聞紙すら敷いてない!
「そこ、地下から海水がしみ出しておるのじゃ。気をつけておくれ」
「はーい」
 やっぱり井戸、あるのかな。
「あの、一つ質問していいですか?」
「おお、何なりと聞いておくれ」
「その雨合羽、家の中でも着てるんですか?」
「落ち着くんじゃよ、海の男だからのぉ」

     ※

 お屋敷のインテリアも海のものばかり。舵輪だったり、マストだったり帆だったり、魚とりの網だったり。部屋の窓も丸かったりして、船っぽい。カーペットの模様も海。壁にもイルカや貝殻、コンブや珊瑚が描かれている。これだけ海のものがあるのに、あいつだけがいない。玄関ホールのアレ以外は。
「さ、お入り」
 案内された客間には、真ん中にどーんと錨が置かれてた。
「ここまで、海を主張する……」
「落ち着くんじゃよ」
「海の男だからですね」
「うむ。そのへんの椅子に座っておくれ、今、お茶をいれてこよう」
「いえお構いなくっ! 飲み物は持参しましたからっ」
「はいっ、ムーンバックスのコーヒーです。コーヒーでOKですよね!」
 ここで下手にシーンアウトしたら、その間にサメに襲われちゃう!
「おお、ムーンバックスのコーヒーは大好物じゃよ!」
 さすがスポンサー様定番商品。
 ふた付きの紙カップに入ったコーヒーを手に椅子に座る。アームストロングさんは古いロッキングチェアに。私たちはクッション張りのソファに。
「さて……何を聞きたいのかな、おじょうさん方?」
「サメ」
「う」
「ホワイトシャークの真実を教えてください。あんな、子供向けのアニメみたいな作られたきれいごとじゃなくて、事実を。真実を!」
「ううっ」
 手応えあり。すかさずたたみかける。
「あなた、知ってますよね? だから止めたんですよね? 海に入るなって」
「ううむ」
「だから、これをくれた。サメから身を守るお守りだから!」
 ペンダントを掲げる。
「おおっ、こ、これはっ! この紋章はっ」
「え、紋章?」
 これは、私がびっくり。青白いサメの歯の真ん中に、赤い印が浮かんでる。これ、見たことがある。ルーン文字だ。まっすぐな縦線の真ん中に横向きにつき出した三角。
「ソーン。雷神トールの印!」
「そーなの!?」
 表面を指でなぞる。彫刻されてる訳じゃない。サメの歯の内部に赤く浮かんでる。
「やはり、これはあんたが持つべきものだったのじゃ!」
「へ?」
「それは、わが家に代々受け継がれてきた物。奴の攻撃から身を守る力がある」
「!」
 記念館で襲ってきたホワイトシャーク。あの時、サメをはじき飛ばした青いバリアー……あれは、このペンダントの力だったんだ!
「奴って?」
 おそるおそる問いかける。予想はつくけど、確かめなきゃ。
「ホワイトシャーク。悪魔の白いサメじゃ!」
 どーんっと雷が落ちた。
「これも運命じゃ……今こそ語ろう。ホワイトシャークの真実を!」
「そう、それを聞きにきたんです!」

 サメ映画のお約束。サメ真実はくどいくらいにくり返す。観客に印象づけるため。(たぶん)

「今こそ語ろう!」
 アームストロングさんは、いきなり椅子の後ろから大きな本を取り出して、ばらっと開いた。そりゃあもう重たそうな金具のついた分厚い本。表紙は革?
「それ何ですか?」
「ホワイトシャークの真実の伝説を記した本じゃ!」
 ぱらぱらとページをめくる。ふちどりに蔓や花をあしらった、すごくきれいな中表紙には確かに『ホワイトシャークの伝説』と金箔が押されてる。所々に染みがあるけれど、元はきれいな本だったんだろうな。あと挿し絵もすごく凝ってる。小道具班頑張った! きっと設定資料集にイラストが乗る。
「時は十八世紀」
「あ、記念館のアニメと同じ」
「こっちがオリジナルじゃ!」
「ですよね」
「時は十八世紀。クリスタルレイクビーチは貧しい村じゃった。その年は冷たい雨が続き、霧に閉ざされた海は荒れて魚は獲れず、住民は対に苦渋の決断を下したのだ」
 ごくり。
 口ににじんだつばを飲み込む。
 いやな予感しかしない。
「すなわち。霧の深い夜に灯台のあかりを消して」
「ええーっ!」
 それ絶対やっちゃいけないやつだー!
「岸で明かりを振って、沖を行く船を浅瀬に誘導し……」
「座礁しちゃう」
「その通りじゃ。そして積み荷と、金目の品物を奪って乗組員の死体は海に沈めサメに食わせた」
「生き残りがいたら?」
「こん棒で殴ってから海に放り出した」

 ぎゃーっ!

「海賊だーっ」
「もっとタチが悪い!」
「なかなか稼ぎは良かったらしいぞぃ」
「マジっすか」
「町一つが潤うくらいじゃからな」
「ってことはこのお屋敷は、掠奪行為の産物」
 あ、黙ってる。つまり、イエスってことだ。
「しかし悪事はやがて思わぬ所から漏れる。ある時座礁した」
「させたんですよね」
「……座礁させた船に乗っていた一等航海士には、結婚を控えた美しい婚約者がおった」
「うっわあ」
 存在自体が死亡フラグだ。
「二人はこの航海が終わったら結婚するはずだったのじゃ」
 さらに倍!
「一等航海士は、婚約者の肖像画と髪を一房収めた大層美しいロケットを身に付けておった。純金と象牙で作られ、細かな細工を施され、美しいサファイアをはめこんだロケットを!」
「もしや」
「その通りなのじゃああ! そんな値の張るものを欲の皮のつっぱった略奪者どもが見逃すはずは無いッ!」
 いきなり熱が入ってきましたアームストロングさん。しかも、だいたいその通りの文章が本に書かれてる。それっぽい凝ったフォント……じゃないよ筆跡で。
「売り払われたロケットを、偶然、美しい婚約者が見つけてしまった! 何たる巡り合わせ、あるいは……生きたまま海に放り出されてサメに食われた一等航海士の怨念のなせる技かもしれぬ」
「生きたまま海に投げ込んだんかーいっ!」
「うわああああこの腐れ外道がーっ!」
「とんでもない! マジでとんでもなーいっ」
「細かな細工の間に残る血痕を目にして、娘は知ったのじゃ。愛する若者の命を奪ったのが、惨たらしい掠奪であったと! 海の事故ならばまだあきらめもつこう。だが、無慈悲にも殺されたのならば! 娘は怒った。怒り狂った。そして略奪者への復讐を誓ったのじゃ!」

 ばん!

 見開きで描き込まれた挿し絵には、長い髪を逆立たせ、ロケットを握り、断崖絶壁に立つ美女の姿が描かれている。その形相は、地獄だった虚無だった。怒りと悲しみ、怨みが入り混じり、互いに打ち消しあってできた無表情。
「無理ないと思う」
「むしろ怒っていい」
「そして彼女は、悪魔と契約したのじゃ」
 突然の悪魔。
 次のページ、いきなりの黒ミサ!
「斜め上の行動力!」
「悪魔の力を借りて、自らを生け贄として凶暴な白いサメ……ホワイトシャークを呼び出したのじゃ!」
 魔法陣。逆さの五芒星、ヤギ頭の悪魔、そしてサメ!
 あっ、白いサメなのは、モノクロの挿し絵に色を塗らずに済むから?
「ホワイトシャークは彼女の怨念の化身。クリスタルレイクビーチを襲い、人を食った。建物を食った。船も食った! 全部食った。何もかも食った! この町にあるものは全て掠奪とは無関係ではなかった。故に片っ端から飲み込んだ! 飲み込むほどにサメは巨大になり」
「待って、最初は小さかったの!?
「ほんの4mほどじゃな」
「ちっさ……」
 いや待て、落ち着こう。体長4mのサメはそれなりに大きい。(現実世界基準で)
「やがてホワイトシャークは山をも飲み込むほど巨大なサメとなって、町の生き残りを全て飲み込もうと迫った! その時」
「アームストロング船長が」
「うむ。掠奪の首謀者であったエイブラハム・アダム・アームストロング船長は、自らが犯した罪を償うべく……」
 また黒ミサーっ!
「悪魔と契約した」
 悪魔、働きすぎ。
「悪魔には悪魔をぶつけるしかないんじゃよ!」
 出た、B級映画の力押し理論。しかもこれ、自分が登場人物としてその場にいると何となく思ってしまう。『なるほど、そうだったのか!』『だったらしかたないな!』って
「悪魔から授かった三本の銛を手に、ホワイトシャークに立ち向かったのじゃ」
 うん、確かにあの銛って悪魔が持ってる槍っぽい。
「岬の崖から山のごときホワイトシャークの頭に飛び移り、銛を打ち込んだ。一本、二本、三本……そして三本めの銛を打ち込んだ時」
 次のページには、サメ肌に突き立つ黄金の銛、そして柄を握る骨の手。
「アームストロング船長の肉体はその場でぼろり。塵となって崩れ去り、銛を握る骨だけが残った。そうしてホワイトシャークは海底深く封じられたのじゃ……」
「あのー、アームストロングさん」
「なんじゃね、おじょうさん」
「ちょっと失礼」
 ぺらぺらっと本のページを戻す。苦渋に満ちた船長の絵まで。
「この人、あなたに似てますよね。苗字も同じ、アームストロングだし」
「うむ。わしの先祖じゃ」
「と、言うことは全ての元凶は」
 本が落ちる。
 アームストロングさんは拳をにぎりしめ、涙を流して叫ぶ。
「我が先祖なのじゃーっ!」
 すごい勢いで雷が鳴った。がたっと壁に飾られた肖像画が落ちる。あったんだ、絵。古めかしい船長服を着て、左目に眼帯をつけて、黄金の銛を持った男の人が描かれている。
「やっぱりそっくりだ」
 役者さん、同じ人なんだな。メイクと衣装で差分出してるだけで。
「先祖の悪行をつぐなうべく、わしは世界中をさすらって探し続けたのじゃ」
「何を?」
「武器じゃ!」
 つかつかと歩いて行くと、アームストロングさんは、壁にはりついた木彫りのヒトデをかちりと押した。
 ばーんっと壁が開いて、出現する武器、武器、武器!
 マチェーテ、クックリ、カトラス、バイキングソード、ナタ、フランベルジュ、マンゴーシュ、エストック、手裏剣、日本刀、斧、チェーンソー、ハンマー、バトルアックス、ハンドアックス、メイス、モーニングスター、青竜刀、アフリカンスローイングナイフ、テルビーチェ、フランチェスカ、ハルバート、三節棍にトンファー、十手にサイに刺股、クロスボウ、コンポジットボウ、弾弓、ブラジオン、カタール、その他名前も知らない武器がぎっしりびっしり並んでる。鉄の玉座だ。武器の壁だーっ!
「ホワイトシャークを倒すための、武器を!」
「すげぇ……」
「博物館みたい」
「個人的なコレクションってレベルじゃないぞこれ!」
「あんましサメ退治に向いてるように見えないけど」
「銃が無いですね」
「所持に許可がいるからの」
 斧はいいんですか斧は。あと非常用の赤い斧がさりげに混ざってるのは武器扱いだからですか。
 分類も威力も使いかたもばらばら、何よりアレが無い。肝心要のアレが足りない。
「チェーンソーが無い……」
「はっはっは、何を言っておるのじゃおじょうちゃん! あれは工具じゃろ、武器じゃなくて」
 しまった。
 これがサメ映画の登場人物の発想か! チェーンソー=対サメ兵器ってあくまで観客の視点(オーディエンスアイ)でしかないんだ。
「わしはいつか、必ずホワイトシャークの封印が解かれると信じておった。そしてついに! ついに恐れていたことが起きてしまったのじゃあああっ!」
 何か白いものを握って高々と掲げた。
「それはっ?」
「アームストロング船長の骨じゃ!」
「マジ?」
「300年前の骨にしちゃ白くてきれいですね」
「ずっと海中にあったからの。悪魔との契約によれば、船長の右手はホワイトシャークを封印する間、銛から離れぬことになっておった。それが、ある日井戸から出てきたのじゃ……その時、わしは確信した! 奴が目覚めたと!」
「タンマタンマ! 今井戸って言いませんでした?」
「うむ」
「この家、井戸あるんですか」
「おお、あるとも。地下室にな!」

 ぎゃーっ!
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登場人物紹介

鰐口ささめ
16歳、サメ映画大好きJK。炎天下の強制ボランティアで熱中症に倒れ、見捨てられ、その死は隠匿される。
無惨な前世を救済すべくお地蔵様の慈悲により金髪ビキニ娘サミィとして転生するが、そこはサメ映画の世界だった。
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キャシィ
サミィの姉。グラマーな金髪美女。アメリカの大学生。妹をでき愛するお姉ちゃん。

彼氏に二股をかけられたあげく一方的に別れを告げられ、傷心を癒すべく妹と幼なじみのシンディと共にクリスタルレイクビーチにやってきた。

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シンディ
キャシィとサミィ姉妹の隣に住む。姉妹とは幼なじみ。鍛え上げた体とライフセイバーの資格を持つ男気のある姐さん。
父親は消防士。
傷心のキャシィを案じて二人をクリスタルレイクビーチに誘う。

待ち受ける災厄を知る由もなかった。

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