第7話
文字数 7,929文字
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「ウェイン・ボルダー連れ去りに関与した人物はライナス・シュルツ、そして護衛に扮したハサド・バーキルの二名。ライナスは担当患者であるエドウィン(エディ)との面会を依頼し、ホテルからリー・イーシンとウェイン・ボルダーを連れ出し、その後、車中にて催眠ガスを使用しウェインを誘拐した――」
イーシンはむすっとし、カーニヒの説明を遮る。
「誘拐の経緯は説明しなくていいわ。それより誘拐犯二人の情報とエディについて詳しく話して」
イーシンとマルクはホテルのリビングでカーニヒの説明を聞いていた。
ウェインがさらわれ一刻の猶予もない状況ではこちらが折れざるを得ず、イーシンからカーニヒに連絡し助力を請うた。
カーニヒは資料を一枚めくり、説明を続ける。
「ライナスはヨルダン川西岸地区在住の精神科医で、イスラエル国籍を持つユダヤ人です。イスラエル政府が押し進めている入植地で生まれ育ち、医師になってからは地元で開業しています。ハサド・バーキルはガザ地区出身のパレスチナ人、弟が一人います。弟の名はジャミル・バーキル。ジャミルはサイードの部下としてエルサレム襲撃事件に関わっています。旅客機をハイジャックし、聖墳墓教会を自爆攻撃しようとした実行犯の一人ですが、イスラエル軍に撃墜されています」
ウェインは空からの有人攻撃をアメリカ軍に進言し、結果、旅客機による自爆攻撃を防いだ。知っているのは、ごく一部の人間のみ。弟が旅客機ごと撃墜された恨みというなら、ハサドとライナスはこの事実をどうやって知ったのか。
ちらりと、イーシンはカーニヒを盗み見る。
「……ライナスはともかく、そのハサドは要注意人物として監視しなかったの。弟がハイジャック犯なら当然、兄であるハサドを捜索するでしょう。エルサレム襲撃事件の後でもハサドを捕まえていたら誘拐は防げたんじゃないの」
カーニヒは手にした資料をめくる。
「撃墜された旅客機の乗員乗客三二〇名全員が死亡したと見られています。遺体の損傷が激しく、いまだ一五〇名余りが行方不明または身元が判明しておりません。
サイードは末端に至るまで部下に覆面をさせていました。以前、偵察衛星で撮影したサイードの部下の覆面画像と、空港内に設置した監視カメラ及び搭乗手続き時に提示されたパスポートの写真等を照合及び解析し、ハイジャック実行犯と推定される五名全員の身元が判明したのはつい一週間前です。
その後、速やかに実行犯五名の身辺を調査しましたが、ジャミル・バーキルの父母は既に他界しており、兄ハサドが唯一の肉親です。イスラエルに依頼し、捜査員をガザに潜入させハサドの自宅を調べましたが、もぬけの殻でした。近隣住民に聞き取りを行ったところ、『何年も前から人の姿は見ていない』とのことです。……ハサドに関しては以上です」
涼しい顔で資料をめくるカーニヒに、イーシンは噛みついた。
「それで終わりっ。ハイジャック犯の身内が行方不明だったら捜索するでしょう。いなかったですませたわけ」
カーニヒは憎たらしいほど平静を保っている。
「ガザはパレスチナ自治区です。イスラエル兵が侵入すれば銃撃戦になりかねません。先日も武力衝突があったばかりです。我々アメリカ軍に他国の領土を捜査する権限はなく、またイスラエル軍との関係を損ねてまで捜査を要請できません」
溜まりかねてイーシンは文句を言った。
「あれこれ言い訳しているけれど要はあんたたちの失態じゃない。ライナスとハサドの正体を見抜けずみすみすウェインをさらわれ、行方も分からない。調べようともしない。貴方たちプロでしょう。職務怠慢も甚だしい」
「まったくだ」
黙って聞いていたマルクが同調する。いつもなら怒鳴り散らしているところだろうが、また途中で帰られてはかなわない。そう分かっているから顔を真っ赤にして額に青筋を何本も立てながらも、黙って聞いていたのだろう。
カーニヒは顔色一つ変えず説明する。
「ライナスは、アメリカ軍基地敷地内にある施設を出入りする際、顔認証、指紋認証、それと虹彩認証、つまり目の虹彩を分析するシステムを通過せねばなりませんが、そのどれもパスしています。パスポートとIDカードのチェックも機器で読み取りますが、同様にパスしています。イスラエル市街地では、路上でも、ホテルであっても、目視でのチェックが大半になります。機器でパスしたものを人の目で偽物と見抜くのは難しいでしょう。見張りや護衛の失態とまでは言えません」
「さっきからのうのうとくっちゃべやがって、いっぺんどつき回す」
マルクは眉間と額の筋肉を隆起させ、両手を組み太い指をバキバキ鳴らす。
――……どう考えてもアメリカ軍とイスラエル軍の失態でしょう。なんで、そんなに平然としているのよ。
イーシンもイライラが最高潮に達しているが、辛うじて平静を保つ。
カーニヒの機嫌を損ね、また帰られては困るのだ。
以前、エルサレム襲撃映像を観ながら、「アメリカ軍とイスラエル軍がエルサレムを火の海にしているみたい」と揶揄したことがある。
その時、無表情だったカーニヒが不快感を露わにしたのだ。カーニヒはアメリカ軍に対し忠誠心と誇りを持っている。アメリカ軍への侮辱は禁句なのだ。
カーニヒの徹底した無表情は動揺を隠す彼なりの防御策なのかもしれない。弱みを見せまいと、こちらの発言に警戒していることは想像できる。
「……ウェインがどこへ連れていかれたか、調べているんでしょう。いつ、分かるの」
カーニヒは手にした資料を閉じる。
「街中に設置された監視カメラ及び、同時刻、同じ場所を通っていた車載カメラ、偵察無人機(ドローン)等のデータを解析し、潜伏場所の特定を急ぎます」
「どれくらいかかるの」
「……早ければ明日にでも。遅ければ一か月以上、というところです」
「そんなに待てないっ」
「どけっ、そいつは俺がぶん殴る」
マルクが拳を振り上げる、がしっとイーシンはマルクの腕を掴んだ。
ここで怒ったらまた振り出しに戻る。
イーシンはギリギリとマルクの腕を掴み、力いっぱいマルクの腕を押し下げる。マルクの手をソファの肘かけに押さえつけ、冷ややかな視線を向けるカーニヒに言った。
「ウェインに会いたがっていた子、エドウィン、エディだったわね。その子と話がしたいわ。ライナスに診てもらっていたなら、何か気づいたことがあるかもしれない」
返答に間がある。
「……心理的な負荷を考え、ウェイン・ボルダーがさらわれた事実はエドウィンには伝えていません。ライナスに会い、話をした者は大勢います。エドウィンにこだわる必要はないでしょう」
イーシンは違和感を覚えた。が、口にはしない。
「……それでも会いたい、と言ったら」
カーニヒは表情を変えず、「対応します」と応じた。
イーシンはカーニヒにエディとの対面を要求した。
「エドウィンのいる施設へ連絡を取ります。しばしお待ち下さい」
カーニヒが携帯を手に奥の部屋へ消えてすぐ、マルクはイーシンを問い詰めた。
「おい、何か隠しているだろ。言えっ」
イーシンはマルクの顔をまじまじと見上げる。
「ウェインのことになると聡いわね」
マルクはイーシンの胸ぐらをつかむ。
「冗談を言っている場合か。分かったことを話せ」
イーシンはマルクの手を軽くはたき、しわになったシャツを引き伸ばす。
「カーニヒがエディの心理的な負荷を考えるほど優しかったかしらと疑問に思っただけ。それに、知らなかったとはいえサイードと関わりがあるライナスをサイードが治めていた村の生き残りであるエディの担当医にさせる。そのライナスの手によってウェインは誘拐された。アメリカ軍にはウェインをアメリカへ帰国させる責務があるにもかかわらず。
普通に考えたら致命的な失態よね。それなのにカーニヒは大して動揺しているように見えない。感情を押し隠しているだけなのかもしれないけれど……。おかしなことばかりだわ」
マルクが至極真面目な顔で言ってのける。
「要するに、カーニヒとライナスはグルってわけだな」
イーシンは絶句し、呆然とマルクを見上げる。
「……さすがに、……ないでしょう。……それは……」
「ないってどうして言い切れる。あいつは元から信用できん」
イーシンは動揺している自分自身に困惑する。心のどこかで疑っているのだ、アメリカ軍がこんな致命的なミスを犯すだろうか、……わざとではないかと。けれど、もしそれが事実だとしたら……。
イーシンは改めて打ち消す。
「ない、と思うわ。アメリカ軍がテロリストと手を組む理由が分からない。ウェインをさらわせてテロリストの居所を突き止める、としても、アメリカ軍の失態を演じてまでするメリットが分からない。失敗すればカーニヒだけでなく、アメリカ軍の信頼も失墜する。……それに、カーニヒがウェインをテロリストに売るほど非情とは思えない」
自分に言い聞かせているみたい、とイーシンは言葉を切る。
イーシンはそっと額に手をやる。
カーニヒがテロリストに協力している、……可能性は否定できない。
しかし、カーニヒが、あの潔癖すぎる男が裏切るだろうか。軍と国のためならばそれもあり得る、のかしら。……もしテロリストと組んでいるなら、相手は世界一を誇るアメリカ軍、こちらは銃器の扱いが多少上手い一般人。戦力も情報収集力も何もかも圧倒的に不利だ。
カーニヒが奥の部屋から戻ってくる。
イーシンは額を押さえたまま、すぐに顔を上げられなかった。
「どうしました」
カーニヒに問われ、イーシンはゆっくりと額から手を離し、顔を上げる。
「ちょっと、考え事をしていたわ。……それで、エディとは会えるのかしら」
カーニヒは「イエス」と答えた。
「すぐに向かいましょう。私がご案内します」
マルクは怒りを露わに拳を握りしめ、カーニヒを睨み据えていた。
※
軍用車両に乗り込み、エディがいるホームへ向かう。
運転は兵士が、助手席にはカーニヒが座り、マルクとイーシンは後部座席に座った。
「エディをイラクからイスラエルに連れて来た理由って何かしら」
イーシンは窓の外を見ながら、独り言のように疑問を口にした。
エディはイラクにあるサイードが治めていた村の生き残りだ。サイードの部下が反乱を起こし、サイードの村を襲った。瓦礫に埋もれていたエディをウェインが助け出した。怪我は負っていなかったが、敵意を剥き出しにし、ウェインの腕に噛みついていた。
身寄りを探す時間はなく、イラクの病院に置き去りにした。それが一か月前だ。
助手席に座るカーニヒが答える。
「エドウィンの村は壊滅状態でした。イラク国内の治安も悪く、子どもの保護施設は不足し、身寄りも見つかりませんでした。それに――」
カーニヒは一度、言葉を切る。
「それに、エドウィンはサイードが治めていた村の生き残りです。イラクに残せば、テロリストの仲間として迫害を受けるでしょう。それならばイラク国外のアメリカ軍基地内にある施設へ入所させた方が安全と思われました。精神的に落ち着けば学校に行かせ、里親を探すことも考えています」
カーニヒの説明ではエディはアメリカ軍基地内にあるホームに、他の子どもたちと一緒に住んでいるという。死別や虐待により親と暮らせなくなった子ども達が里親が見つかるまでの期間過ごす施設だ。
ホームにはマザーと呼ばれる養育者が五人、ソーシャルワーカーやカウンセラーと連携し、エディを含む十二人の子どもたちと一緒に暮らしているそうだ。
エディは大人を、特に男性を怖がるため学校には行けず、マザーが勉強を教えているそうだ。子ども間の交流は良好のようで、マザーたちの声かけにも反応するようになったという。
ライナスは今までに三度、エディがいるホームへ出向き、診療を行っていたとのことだ。
イーシンとマルクはホームの庭でエディと会うことになった。
赤い三角屋根にベージュの壁、こげ茶色の窓枠には花が飾られ、童話の挿絵に出てきそうな愛らしい印象の家だ。芝生の庭に色とりどりの花が植えられ、子ども用の滑り台とビニールプールが置かれている。
四つか、五つくらいの金髪の女の子が花柄模様の水着姿でマザーらしき女性と遊んでいた。
イーシンはここに来た目的を忘れそうになる。
「……のどかねぇ。……いたっ」
ドスッ、マルクにわき腹を突かれ、イーシンは、“分かっているわよ”と、横目で睨む。
「私がいると子どもは緊張しますので離れた場所にいます。何かあれば声をかけて下さい」
「え、ええ……」
カーニヒはすたすたと表通りとホームが見渡せる位置へ移動した。
エディらしき少年が、三十代くらいの女性と一緒に出てきた。
イーシンはエディと目が合い、手を振る。が、エディはビクッと跳びあがり、さっと女性の背後に隠れる。
――……あらっ。
はつらつとした女性が目尻に皺を作り、自己紹介をする。
「私はアンディ、マザーとしてホームの子どもたちを世話しています。この子がエドウィン、エディです。エディ、ご挨拶は」
アンディに促されてもエディは顔を伏せ、マザーのスカートの後ろから出てこない。
アンディの勧めでイーシンとマルクは庭先に置かれたテーブル席に腰かける。エディは向かいの席に座るようマザーに促されたが、ひどく怯えたように俯き、マザーのスカートを掴み、頑なに座ろうとしない。
イーシンは途方に暮れた。
これほどとは、思っていなかった。話ぐらいはできるだろうと軽く考えていた。
初めて会った時より酷くなっている気がする。あの時はマルクの一挙手一投足にもびくびくしていたが、「殺しに行くなら連れて行って」と激してもいた。
あの激情はなりを潜め、ただ俯き怯える。イーシンが名前を呼んでも、頑なに俯き震えている。
これでは会話にならない。
イーシンは独り言のように話を始める。
「ウェインを覚えているかしら。生き埋めになっていたあなたを助け出した女の人。その人がね、誘拐されたの。……さらったのはあなたの担当医だったライナス」
ビクンッ。エディが大きく肩を震わせる。
「……ウェイン、おねえ、ちゃんが……、さらわれた……。ライナス、先生に……」
エディは酷く怯えた表情でわずかに顔を上げ、イーシンと目が合う。さっと、また俯く。
イーシンはゆっくりと、静かな口調で話す。
「それで、ライナスについて、何か気づいたことがあったら教えてほしいの」
エディは押し黙る。マザーのスカートを握る手が白く、震えていた。
「おい、貴様! てめえのせいでウェインはさらわれたんだ。ライナスって野郎はてめえがウェインの名を口走ったから会いに来たんだ。知っていることを言えっ」
マルクの怒声にエディは悲鳴をあげる。
アンディが両手を広げマルクの前に立ちはだかる。
「ちょっと、あんた、声が大きいのよ。離れていなさい、エディが怖がるわ」
「ガキの機嫌を取っている場合じゃねえだろっ」
「いいから、マルクを向こうへ連れて行って。カーニヒ大佐っ」
離れて立っているカーニヒをイーシンは呼んだ。カーニヒがこちらに向かって歩いてくる。エディはマザーの影に引っ込み、マルクはまくしたてる。
「お前、殺してやりたいって言っていただろ。村を焼いた奴らに仕返ししたかったんだろ。その敵の仲間にさらわれたんだ。怖気づいてないで言うことは言え。あの時のお前は礼儀はなっちゃあいなかったが敵をやっつけてやろうって気概はあった。あれは嘘だったのか」
「いいから黙りなさい」
バンッと、イーシンはマルクの口を塞いだ。
「むごっ」
マルクが目を白黒させ、カーニヒに腕を取られ連行されていく。
「こらっ、話の途中だ。おい、クソガキッ」
連れて行かれるマルクの口に手形がくっきりと残っていた。
「マルクがごめんなさいね。とにかく、少しでも情報が欲しいの」
エディは震え、マザーのスカートから離れない。
イーシンは小さなため息を一つつき、名前と携帯の番号を書いたメモをテーブルに置いた。
「私の番号よ。なんでもいいの、気づいたことがあったら連絡して」
イーシンは俯き震えるエディを未練がましく見つめ、席を立つ。
「お姉ちゃんは、ウェインお姉ちゃんは……どうなるの……」
深く俯き、声を震わせるエディを、イーシンは腰を屈め、優しく言った。
「もちろん、助け出すわ。必ず」
エディがマザーのスカートから手を離し、イーシンの胸に飛び込んだ。震える手でイーシンの服にしがみつき、声を絞り出す。
「……おじ、さんは、……おじさんは……あの人の、仲間、……じゃないよね」
おじさんっ。
イーシンはショックでぶっ倒れそうになった。
「……違う、でしょう……。……あの人とは、無関係だよね。……ウェインお姉ちゃんの味方だよね」
エディはイーシンのシャツをしっかりと握り、声を絞り出す。
「……おじさんは、止めて。イーシンって呼んでほしい……」
精神的ショックが大きすぎて、立ちくらみがする。
「どっちなのっ、違うんでしょうっ」
エディの金切り声にイーシンはハッとした。
「えっ、ええっ。……なに……」
エディは目を真っ赤にしてイーシンを見上げる。
「……ぼく、ぼくの村を襲った奴らはサイードの部下だって。村を治めていたサイードに見捨てられた腹いせに、ぼくの村を襲撃したって、あの人から聞いた。サイードの妻も殺されかけてこの近くの医療刑務所にいるって、聞いたんだ。だから、だからぼくは、どんな奴か気になって、ホームを抜け出して見に行ったんだ。……そうしたら、ライナス先生が、顔に酷い傷がある女の人をさらっていくところを、見ちゃったんだ」
イーシンは驚愕した。
シエナがこの近くにいて、ライナスがさらって行った。
「……え、……どういうこと、……なんて……」
イーシンは額に手を遣る。考えがまとまらない、同じ疑問が反芻する。
そんなこと、一言もカーニヒは言わなかった。
エディはシエナがさらわれるところを見ていた。
「……それは、……いつ……」
「昨日の……、時間は、時計を持っていないから、分からない。ホームを出たのが九時過ぎで、帰ってきたのが十時前だった」
ウェインがさらわれる前だ。ライナスはシエナをさらった後にホテルに来た。
イーシンはエディの両肩に手を置き、問うた。
「そのことは誰かに言ったの」
エディの肩は、否、エディの小さな体は小刻みに震えていた。シエナがさらわれる場に遭遇し、ずっと怯えていたのだろうか。
エディは責められたと思ったのか、悲痛に顔を歪める。
「いわ、なかった」
「どうして、どうして言わなかったの。周りの大人が怖かったから」
つい、責める口調になってしまった。
エディは大粒の涙を流し、首を横に振った。
「あの人が、あの男の人が、ライナス先生がさらった女の人を、抱きかかえて、車でどこかへ行った」
「共犯者がいたのね。あの男の人って、誰。知っているの」
エディは顔をぎゅっとしかめ、涙がぼとぼとと流れ落ちる。震える体を硬くし、涙で濡れた顔を上げる。泣き腫らした目でイーシンをひたと見つめる。
イーシンは困惑した。
エディは震える唇で、「あの、ひと、だよ」と囁く。
「え、誰」
エディは震える手をゆっくりと上げ、指をさす。
イーシンは振り返り、驚愕した。
エディのひどく怯えた態度。
それは、精神状態が悪いわけではなく、マルクの荒々しい態度にではなく、イーシン自身にでもなく、シエナをさらったライナスの共犯者が今この場所にいるからだ。
エディが指さす先にいたのは、アメリカ空軍大佐、――アイゼン・カーニヒだった。