第10話 少女椿

文字数 2,967文字

 
 (めぐむ)が美子をベッドに寝かせる。
 起きると言われているが多少の不安はあるが今の状況では目覚めるのを待つしかない。

 寵に呼ばれて眠る美子を見つめる麗音愛。

「……美子……」

「……美子さんの事、本当に大切なんだね。恋人っていうのかな?」

「ええ!?」

「え!?」

 ささっと寵をベッドのカーテンの外へと連れ出す。

「違う違うよ! そんなんじゃないから!」

 照れなのか顔を赤くして、小声で叫ぶ麗音愛。

「……そ、そうなの?」

「幼馴染だよ、小さい頃からの! 家族みたいなもんだから!」

「……そうなんだ……すごくすごく想ってるから……」

 笑顔のなかに、ほんの少し長い睫毛が愁いに揺れる。

「美子はさ、俺の兄さんのことずっと好きなんだよね……」

 麗音愛はふっと思い出す。
 小さい頃から、いつも兄を追いかけて微笑む美子。
 お土産などいつも届けてくれるが、最近は忙しい兄が不在だと寂しい顔になる美子。

 その麗音愛の顔があまりに切なく美しくて、寵は今の状況を忘れるかのように見とれてしまった。

 ハッと我に帰る。

「美子さんの事巻き込んで、ごめんなさい……」

「あの状況じゃね……俺が必ず、美子を元の世界に戻してみせる」

 ぐっと力強い意志の宿る微笑みだった。
 姫を守る騎士のような……。
 その表情にまた引き込まれていく。

「安心して! ってか! 持ってきたから体育着! これをとりあえず着てくれ!」

「あ」

 ばさっと体育着のバッグを渡される。

「タオルも入ってるよ」

「……ありがとう……」

 麗音愛も麗音愛で自分の顔をじーっと見つめてくる寵に少しどきまぎしている。
 今の乱れた格好のせいもあるだろうが……。

 さっき顔を洗ったらしく、最初に顔を見た時の印象以上にもっともっと美少女だった。

 紅夜に似てると言われれば似ているかもしれない。
 美子が百合のような少女とすれば、寵は牡丹や椿のような華やかさがある。
 そして凛とした強さを感じた。

 カーテンを開けて、麗音愛のジャージを着た寵が現れる。

 ぶかぶかの指定の黒ジャージ姿の少女。
 それなりに長身の麗音愛のジャージを小柄な寵は着ればそうなるだろう。

 ぶらぶらと袖をぶらさげている。

 なんだっけ、これ萌え袖? 萌え袖よりもっとぶらぶらだけど。
 なんだか、可愛い。

 ボサボサだった髪も手ぐしで整えたらしく
 長さはところどころ違うが光沢のある赤茶色の毛がぴょこぴょこ跳ねて
 なんだか可愛らしさを上げている。

「……ど、どうしたの?」

「えっあ、いやなんでも!」

「Tシャツも借りちゃったけど良かったかな?」

「もちろんだよ」

「それで……あの、言いにくいんだけど……」

 頬を赤くしながら、言いにくそうにもじもじする寵

「? どうしたの? 臭かったりした?」

 もちろん毎回洗ってはいるのだが、母親からは
『いつも男ども臭い!』と言われる毎日なので焦りもする。

「違うの……あの……さっき下着まで切られちゃって下も上も……」

「へぇ?」

 変な声が出た。
 でも考えればそうだろう。
 それは、そうだろう。
 そうでなきゃ、さっきのあんな素肌ブレザーにはならないはずだ……。

「やっぱり嫌だよね! 下だけでも返したほうがいいかな」

「大丈夫! 大丈夫! 気にしないでくださいっ!!!」

 色んな妄想が駆け巡り、麗音愛は思考を停止させた。
 こんな状況で自分は何を考えているのかと……自重しようと思っても
 17歳。
 いくら顔が整っていても思春期の男子だ。

 下だけでも返すって! どんな格好になってしまうのか!

 素肌ジャージ……ジャージ自重……。
 そんな言葉が頭に浮かんだ。

「……借りちゃって、すみません……」

 寵も寵で麗音愛の香りのするジャージに身を包むことに、なんだかムズムズする感情を抱く。
 感じたことのない感情ばかり湧き上がる不思議。

「そういえば、君のことなんて呼べばいいのかな……」

「あ……」

 紅夜と繰り広げた会話を聞いて「『(めぐむ)』と呼ぶわけにもいかない。
 意識的に名を呼ばないようにはしていたが……今後名前を呼べないのも困る。

 2人は保健室の椅子に座りポツポツと話始める。

「結局、嫌がっても聞いてもらえなくてずっとその名前で呼ばれてたんだ……。
 母様からも呼ばれていたと思うから……でも、私は嫌で……あれを思い出すから……」

「うん……元の世界では
 改名だってできる世の中だよ。俺も改名できるように日常では玲央で生活しているんだけどさ」

 でも、麗音愛は明日死ぬ身の親不孝者なら
 母さんの付けてくれた名前のままのほうが良かったかもしれない、なんて思ったりもしていた。

「私も……新しい名前ほしいな」

「自分で名乗ってもいいんじゃない? タケルって昔の俺みたいにさ」

「じゃあ……どんな名前がいいかな?」

「えっ」

「一緒に考えて……ほしいな」

 美子と昔、空き地で名前を考えた時を思い出す。
 美子には、ただの子どもの遊びの延長だったかもしれない。
 それでも自分には、あの頃の自分には助けだったのだ。

「そっか……君はなにか好きなものとかあるの?」

「名前になるような?う~~ん、
 う~~~~ん、星も好きだし、そよ風も好きだし」

「自然が好きなんだ?」

「あんまり娯楽もない暮らしだったから……
 あ、あの花綺麗」

 麗音愛が後ろを向くと、保健室の壁に1枚の絵が飾ってある。

「椿だね、素敵な花だよね」

「つばき……園芸の花はよく知らないの」

 寵は立ち上がって、椿の絵を見に歩く。

「花が落ちるから不吉だって話も有名だけど
  綺麗な花を民衆に広めたくなくて阻止しようとした話だ!って
  亡くなった祖母が話してた。
  家にもあったよ。道場だったのにさ
  俺も好きだな……椿」

「……じゃあ……椿にしようかな」

「えっ」

「駄目?」

「いや、早いなと思って」

「椿がいいなって思ったの、変かな?」

 何故か実家の椿の花を一緒に眺める少女の姿が見えた気がした。
 雪の降るなか、息を白くさせ椿のように鮮やかに笑う少女。

「……とても似合ってると思う」

「へへ……あの咲楽紫千くん」

「玲央でいいよ。麗音愛でもいいし……
 いや、俺のこと麗音愛って呼んでもらってもいい? 嫌で変えるって言ったのに
 今は……なんだか」

 さっき感じた思いがこみ上げる。
 今はこんなにも家族が恋しい。

 呪いだってなんだって、
 やっぱり自分は咲楽紫千麗音愛として生まれて、みんなが自分を愛してくれていたと信じられる。
 今朝のことなのに、どれだけ遠く感じるだろう。

 あの家に帰りたい…….

 母が自分がタケルと名乗っているのを知った時の顔を思いだす。
 名前には反抗したけど、愛されてないと思ったことはなかった。
 全然、親孝行もしていないかった。

「麗音愛……」

「あ、いや」

 涙がこぼれそうになるのを慌てて誤魔化す。

「椿ちゃん、さん?」

「椿でいい……!」

「椿」

「はい」

 そう言って、微笑む椿は無邪気でとても可愛らしかった。
 花が咲き乱れたようで心臓がキュッと熱くなる。

 そうだ。
 押し寄せて引く波のように
 強気になったり弱気になったり
 明日はもう死ぬんだ、なんて思っていたらいけない。

 美子も椿も守りたい……。

 自分が死ぬ気だったら、きっと守りきれない。
 椿が紅夜のもとで寵と呼ばれながら生きていくことを阻止するんだ。

 元の世界に3人で戻るために
 戦うんだ――全力で!!

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登場人物紹介

咲楽紫千 麗音愛 (さらしせん れおんぬ)

17歳 男子高校生

派手な名前を嫌がり普段は「玲央」で名乗っている。

背も高い方だが人に認識されない忘れられやすい特徴をもつ。

しかし人のために尽くそうとする心優しい男子。

藤堂 美子(とうどう よしこ)

17歳 女子高生

図書部部長

黒髪ロングの映える和風美人

椿 (つばき)

後に麗音愛のバディ的な存在、親友になる少女。

過酷な運命を背負うが明るく健気。


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