第9話 死闘命令~残酷な口づけ~

文字数 3,757文字

 
 部下達と一体何をさせようというのか?
 余興、じゃれあい――嫌な予感しかしない。

「お前の戦いを俺に見せてみろ。
 俺を楽しませてくれよ? コーディネーター、今出せる人数は何人いる?」

「現在、召集をかけておりますが10名ほど……申し訳ございません」

「10名、まぁまぁだ。
 10名1人ずつ……明日お前は形が残っているかな?
 慈悲を請うなら、お前は俺に
 楽しみを差し出さなければならない……世の中はそういうものだ」

 なぶり殺しにするつもりか。

「そんな条件! こちらが不利すぎる!」

(めぐむ)、お前には聞いてない。咲楽紫千と話をしている。」

 激しい紅夜の気が放たれた。

 寵が麗音愛(れおんぬ)を見る。
 麗音愛は頷いた。そして首から刀を降ろすようジェスチャーする。

 兎に角、まずは美子だ。

「わかった! 明日その戦いに挑む! だから美子(よしこ)を返せ!」

「いいだろう、コーディネーター」

「はい……」

 パンパンとコーディネーターと呼ばれる女が手を叩くと、体育館の入り口から女がまたやってくる。
 パンツスーツでSPのような雰囲気だ。
 美子は来客用の車椅子に乗せられてぐったりとしている。

「美子……!!」

「お静かに、今は起こさない方が良いでしょう。眠っております」

 まともな大人の対応をされて、麗音愛は戸惑いながらも車椅子を引き取る。
 逆に危険なようにも見えるが、自分の黒い呪怨の波にうねうねと車椅子の周りを守らせた。

「大丈夫そう……?」 

「うん、大丈夫そうだ! ありがとう、あんな事までしてくれて、本当にありがとう!」

 こんな状況でも無事を確認できてホッとする麗音愛。
 その涙の滲むような綺麗な笑顔に、寵は何やら変な動悸を感じた。

「……?? なんだろ心臓」

 肉塊の玉座でいつの間にかワインを飲んでいる紅夜。
 新しく入ってきた女の身体を愛で撫で回す。

「それでは約束通り
 明日はコーディネーター達と死闘をしてもらう」

 交換条件は飲んだ。もう引き返せない。

「死闘……」

「戦うって何故私じゃなく、彼なの!? 彼は関係ない!!」

「関係ないわけはない
 咲楽紫千(さらしせん)家の者だ。これを見ろ」

 紅夜が白いワイシャツを捲ると下腹部に大きな穴が空いている。

「紅夜様!!」

 悲鳴をあげコーディネーター達が群がった。

「剣五郎といた若いのにやられた。刀は違ったが、あれもお前の一族だろう」

「えっ」

「一族の罪は一族が償うものだ」

 祖父といた若いの……兄さん……??

 今日は大学に行くと言っていたはずだった。

 それとも……父さん……??
 自分は家族に何を隠されているんだろうか……。

 自分は生贄……。
 不穏なワードが胸を過る。

 いや……祖父も兄も心配して自分に電話をくれたんだ。
 でも……確かに兄はこの状況がわかっていたような……。

 不信感が胸に広がるが、今はそんな時ではないと頭を切り替える。

「じゃあ美子は元の場所に帰してくれ」

「それはお前にとって都合が良するぎだろう? 誰を相手に交渉してるつもりだ
 ……なんだかお前の顔は見にくいな……刀の呪いなのか」

 この呪いは災厄にも効く呪いなのか。

「俺が戦って、美子はどうなる?」

「そうだな……それも決めておくか10人倒せたら解放しよう」

 部下を10人倒せば、美子は解放される!
 希望……真っ暗闇に一粒の光なのかもしれない。
 でも暗闇じゃない。
 絶望からは、這い出た一歩だ。

「寵、お前も細かいことに拘るのなら
 これから俺と生きていくのに鬱陶しくて敵わん。

 寝床でまで首を斬るだの言われたら興ざめするから
 お前も明日戦って現実を受け止めろ。

 そいつが殺されるところを目の前で見て絶望して可愛いお姫様になるんだよ」

「何を、勝手なことばかり言うな!!!」

「手足ぐらい失った身体でも俺は構わんよ、可愛い娘」

 笑顔でゾッとすることを言う。
 肉塊の玉座から立ち上がったかと思えば寵の前に現れる。

「ひっ!」

 絡みつくように寵を抱きしめると、まとったボロ布をはぎとりそのまま寵に口づける。

「!!」

 麗音愛が刀を構えるのを、コーディネーターが右手で遮った。

「今、死にますか?」

 寵が暴れるのを羽交い締めにしながら、舌を絡めているのがわかる。

 口づけにしては卑猥な音が響き、寵の苦しそうな拒絶が息になって漏れる。

「んっ! んーーー!! んん」

「ふむ、甘くていい……こっちはどうかな……」

 抱いたまま制服のズボンに手をかけると、まるで紙切れのようにビリビリと破けた。

「んっ!!」

 寵の表情が叫びに変わる。

「邪魔だ! どけ!!」

 麗音愛が叫ぶと一気に黒い呪怨が爆発したようにコーディネーターと紅夜に襲いかかる。
 刀を構え飛んだ。

「この野郎……!」

 瞬間
 紅夜の手はざっくりと裂け、麗音愛はもう既に距離をとり、寵を片手で抱きかかえていた。
 コーディネーターは2人とも動けずにいる。

「こんな事は許さない!」

「紅夜様!!」

 だらんと真っ二つに裂けた右腕からドバドバと流れる血
 一瞬ギロリと麗音愛を睨んだが、またニヤニヤとし始める。
 寵をなぞった指をぺろりと舐めた。

「いい……純潔なのはわかったし
 ……明日、お前の死体を寝床にして楽しもう」

「む、娘だって言うのに、なんでこんな事するのよっ!?」

 おぞましい事をされたショックでうまく話せない寵だが必死に叫ぶ。

 紅夜の元に駆けつけたコーディネーター2人は
 裂けた手に舌を這わす。
 獣が傷をなめているようだが、その顔は恍惚で治療行為なのかはわからない。

「俺と篝の娘のお前は俺の血半分だろう? そのお前と俺の娘はもっと濃い血になって……。
 その娘が……って、そしたらいつか俺と同じものが生まれるんだろうか……そんな興味だ」

 紅夜の腕はうねうねと回復を始める。

「うっ」

 あまりにおぞましい話に寵は吐き気を催し、麗音愛に抱きついた手に力が籠もる。
 麗音愛も支えるように強く抱きしめた。

 この状況で何ができる自分に……!!
 明日10人倒して勝てば美子を返すその時
 寵を連れて逃げ出せる隙もあるかもしれない。
 結界から逃れれば祖父やその仲間が紅夜をどうにかしてくれるかもしれない……。

 いや……そんな覚悟では勝てない
 逃げ出そうなんて考えじゃきっと勝てない!!

 あいつを紅夜を滅ぼす覚悟で挑まなければならない!!

 麗音愛の殺気が黒い霧のように目に見えた。

「じゃ、明日な寵」

 紅夜は去る前に麗音愛を睨みつける。
 麗音愛の背後の呪怨が弾けた。

「!」

「やっぱズレるな」

 当たっていたら頭を撃ち抜かれていたかもしれない、それでも萎縮せず
 紅夜を睨む。

「久しぶりの余興、楽しみだ」

 体育館に飛散した肉塊や血がずるずると音を立てて紅夜の後を追う。

 ぐちゃぐちゃ……ずずっ……ぐちゃ……

 コツコツと長い髪を揺らし紅夜はコーディネーターとともに歩いて体育館の外玄関から
紅い世界のグラウンドへ出て行き……消えた。

「……」

 消えて分かる恐ろしいほどの重圧、久しぶりに息が吸えた気がする。
 必死に気で負けないよう抵抗したが身体にも精神にも負荷が掛かり過ぎた。

「はぁ……」

 麗音愛は刀を降ろし
 2人は抱き合ったまま、お互いにもたれ掛かるように脱力した。

 ふんわりと柔らかい抱き心地。

「ん!?」

 と、目に飛び込むのは女子の胸元!!
 先程シャツの胸元も裂かれズボンも裂かれ
 素肌にブレザーをまとっただけのような!あられもない姿になっている!!!

「あっ!」

「だっ! あっ! わっ! ごめん!」

 2人はバッと離れると
 ごめんごめんと連呼し寵から背を向けると、体育館を見回してボロ布を拾いにいく。
 自分の学ランを貸してもいいが、これを女の子に腰にまけと言う勇気もなかった。

 ボロ布はボロボロ布になっていたが、寵に渡した。

「見てないから! 俺の学ランも貸すので必要なら言ってください……」

「ありがとう……」

 寵は麗音愛の方を見ながら布をまとう。
 さっきまで、あの殺気を放っていた男とは思えない。
 呪う亡者達も今は消えて、麗音愛の肩に少し煙のようにまとっているだけだ。

「もう、整えたので大丈夫」

 とりあえずはバスタオルのようにぐるぐる巻きにしたらしい。

 改めて向き合うも、言葉もなにもでてこない。
 何から話せばいいのか、何を話せばいいのか……。

 少しの沈黙。

「あの、ごめんなさい……私が死ぬ前にあなたに謝る時間ができたことだけ良かった……
 巻き込んでごめんなさい……怖い思いをさせて怪我をさせて……」

「君が、来なくても……きっと災厄には巻き込まれていたんだと思う。
 この刀も俺のものだって話だし……家が関わっているみたいだしね……君が気にすることないよ
 俺も本気で斬りかかっちゃったし……」

 借りてきた本を忘れて謝った時のように、さらっと麗音愛は微笑む。
 また変な動悸が寵を襲う。

「歩ける……? 傷は……とりあえず場所を移動しようか」

「大丈夫、私も傷が回復しちゃうんだ……」

 無意識に身体を見てしまいそうになり慌ててまた顔をそむけた。

「お、俺の体操着があるはずだから持ってくるから。
 とりあえず保健室に行こう」

 まだ美子は寝ているが早くベッドに寝かせてあげたい。
 晒首千ノ刀は呪怨を巻きつけて腰にぶら下げた。

 麗音愛の高校はエレベーターもある。
 電気も通っているようなので使用した。


ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

咲楽紫千 麗音愛 (さらしせん れおんぬ)

17歳 男子高校生

派手な名前を嫌がり普段は「玲央」で名乗っている。

背も高い方だが人に認識されない忘れられやすい特徴をもつ。

しかし人のために尽くそうとする心優しい男子。

藤堂 美子(とうどう よしこ)

17歳 女子高生

図書部部長

黒髪ロングの映える和風美人

椿 (つばき)

後に麗音愛のバディ的な存在、親友になる少女。

過酷な運命を背負うが明るく健気。


ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み