第15話 椿!戦力確認

文字数 2,839文字

 

 朝7時23分

「ん……」

 眠っているような眠っていないような状態が続いて目が覚めた。

「はぁ……」

 朝からつい、ため息をついてしまう。
 激動の1日は今日も続く……。

「あ……」

 というか、女子が同室にいるのだった。
 
 やばいな、どうすると気配を察したが、どうやら保健室は無人のようだ。

 椿の結界は張ったままのようだし、なんとなく2人で
 顔を洗いにというような会話が聞こえた気もするのでトラブルではないだろう。

 よし! 今だ男子トイレ!!

 ガラ!! と勢いよく保健室を飛び出すと

「あ! おはよ! 麗音愛(れおんぬ)!」

 元気の良い椿の声が聞こえた。

「うわ!! おはっ」

「??」

 椿に背を向けて、麗音愛は一目散に男子トイレに向かおうとするが

「どうしたの!? どこ行くのっ!!」

 追いかけてくる椿!

「追いかけてこないで!!」

「なになに!?」

「トイレ!」

「あ、なんだ」

 パッと走るのをやめて、美子の元へ戻る椿。
 猫っぽくもあり、犬っぽくもある。

「あ~~もう焦る、椿のやつ……」

 トイレで顔を洗いつつ、ボサボサの髪を撫でつける。
 歯ブラシに手をかけた時、麗音愛には見慣れた整った唇が目に入る。

 そういえば……。

 昨日、美子(よしこ)と……。

 好きな女の子に求められたキスを
 あの状況では卑怯なような気がして断った。

 美子が兄を好きな事は知っていた。
 でも、もったいなかったのかなぁなんて気にもなる。
 でも、しなくてやっぱり良かったとも思える。

 椿も近くにいた。
 いや、別に椿は関係ないのだが……。

「まぁともかく!」
 
 ピシッと頬を手で叩いた。
 混乱した美子の目の前では
 美子を元の世界に戻すということを今の目的として掲げてはいる。

 だけど椿はどうなる?

 そのまま、さよなら。
 紅夜の好きにさせます、なんてそんな事は絶対できない。

 ここを逃げ切ったとしても、どこまでも追ってくるだろう。

 勝てるわけもない、途方もない敵に
 ただの高校生の自分がどこまで何ができるか……。

 それでも1人で闘う道は、もう選んでほしくない。

 でも椿はそう思っているんだろう。

 昨日の『もう1人でどっか行くとか言うのナシ』で伝わっているといいが……。
 きちんと伝えるべきなのだろうが、それもなんだか気恥ずかしい。

 でもこれから、知らないふりをして生きていく選択肢はなかった。
 背中に担いだ刀を見て『やっぱりこれの影響かな?』と自分の心の変化を思う。

 保健室に戻ると2人が待っていた。

「おはよう、2人ともどこ行ってたの?」

「おはよう、少し外の様子を見に椿さんと歩いてきたの」

「おはよう~! 自動販売機でジュース買ったよ~~~~いいでしょ」

「良かったね」

 にっこり笑う椿に麗音愛も笑顔で返す。
 椿は元気そうだが、美子は顔色が悪い。

「大丈夫?」

「うん……玲央、昨日……」

「少しは眠れた? 布団フカフカだったろ?
 眠れたなら良かった気にすんなよ」

 軽く昨日の話題を流す。

「うん……」

「ゼリー飲料飲んだら? 少しでも栄養とって」

「そうだね……ありがとう」

 2人の間に流れる空気の微妙さに椿も、なんともいえない気持ちになる。

「椿は朝から唐揚げ焼きそばパン?」

「うん! 2個目!! 美味しい! サイダーも美味しい!」

「俺も食うかな!」

 麗音愛は髪がちょっと跳ねてても、唐揚げ焼きそばパンを食べてても
 今日も美少年だ。
 椿が焼きそばパンを食べながら横目で麗音愛を見つめる。
 美子のためにも場を和ませようと、笑う優しさも綺麗だった。

「さて、と」

 食事も済ませ、麗音愛と美子は制服に着替えたが、結局、椿は麗音愛の体育着のままだ。

「その、萌え……いや、長くて戦いにくくないのか?」

「大丈夫! むしろ動きやすい!」

「私の、女子のを着たら?」

「いいの、これがいい……駄目?」

「椿がいいなら俺はいいけど……そんなお古でいいの?」

「うん! これ可愛いもん」

「そ、そう?」

 この体操着は
『女子からはダサい!』と大層、評判が悪かったものなので
 麗音愛は不思議に思ったが
 美子はもちろん理由は察しているようだった。

「あれ、玲央そのボタンは?」

「あぁ、どっかいった」

「そうなの……付け直す?」

「いーよ、もう学ランもボロボロだし」

「……」

 説明するのもおかしい気がして誤魔化す麗音愛と、ぎゅっと胸元を確認する椿。

 夜が明けても、紅い不気味な空。
 3人でグラウンドに出る。

「特訓開始か」

 特訓といっても決闘前に疲れ果てては意味がない。

 昼には終わらせ、その後はイメージトレーニングや作戦を立て戦いに備えることにした。

 どこで紅夜やコーディネーターが見ているとも限らない。
 実戦もあまり派手に見せない方が良さそうだ。

「情報をまとめていきたいわ
 椿さんは、その108の武器? のうち
 細剣と、青竜刀、錫杖、薙刀、弓矢を持っているのね」

 美子は生徒手帳にメモし始める。

「うん、一ヶ月じゃそれしか」

「一ヶ月で5つとかすごいな……今の後継者がもう弱いのか」

 椿は丁度、一ヶ月前に家を飛び出したらしい。

「一ヶ月で4つなの、この細剣は母様のなんだ。
母様も継承者の1人だったから」

 椿のお母さん、壮絶な過去を聞いた。
 紅夜に襲われ、椿を産み、その後その細剣で自らを……。

 椿は、どんな気持ちでその細剣を振るうのか。

「どうして椿さんは、他の武器も使えるの?」

「武器に干渉して使役できる。
母様の一族の桃純(とうじゅん)家はそういう一族だったみたい。
 継承者がいなくなってしまったら、その武器を代わりに管理できるように……。
 桃純家じゃなくても武器として使うことはできるみたいだけどね。
 だから武器の気配みたいなのも、かすかに分かるけど継承者の力次第では気配を消すこともできるみたい」

 桃純家……今まで聞いた事もなかったが祖父や兄は知っているのだろうか。
 椿の母の悲劇も、その娘が受けてきた扱いも。

「椿さんの持つ武器は今どこにあるの?」

「桃純家の能力で一つ一つを珠にして持ち運べるんだよ。
 えっとあーでも……ちょっと見せられない」

 見せようとしたのに、胸元をぎゅっと握りしめる椿。

「どうして?」

「えっとえと、一族の秘密みたいな……ごめんなさい
 今度準備してからなら見せられるかな」

「……ううん、いいのよ。使えるのなら」

「正直、あんまりまだ慣れていない武器もあるんだ。
 青竜刀は重いし薙刀は大きいし、錫杖は結界を張る目的な感じだし……弓矢は好きだけどね
 でも、やっぱりこの剣が使いやすいかな!」

「椿さんは、戦いの力はどこで?」

「私は訓練は禁止されていたから……。
 筋トレメインで!
 それでも母様の部屋にあった本を読んで独学というか、イメージというか……」

「嘘でしょ……そんなことで……」

 美子は、何度も驚きながらメモしている。

 一応は戦略を考えたいという事でだったが
 少しは椿の無邪気さで距離も縮まったかなと思っていたが
 また異質なものを見る目に戻ってしまったように見える。

 椿は、そんな事は気にせずニッコリ笑った。

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登場人物紹介

咲楽紫千 麗音愛 (さらしせん れおんぬ)

17歳 男子高校生

派手な名前を嫌がり普段は「玲央」で名乗っている。

背も高い方だが人に認識されない忘れられやすい特徴をもつ。

しかし人のために尽くそうとする心優しい男子。

藤堂 美子(とうどう よしこ)

17歳 女子高生

図書部部長

黒髪ロングの映える和風美人

椿 (つばき)

後に麗音愛のバディ的な存在、親友になる少女。

過酷な運命を背負うが明るく健気。


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