第6話 これで終わり、そのはずが

文字数 4,116文字

 
「ばっ!!! かじゃないの!!!」

 キィーンと耳が鳴る大声で少女が喚く。

「勝手に話を進めないでよ!! どうして私がお前にそんな理由を……」

 あ、少し女の子らしい話し方になった、と麗音愛は思う。

「にやつくな! 気持ち悪い!!」

「――でもさ、決着つくかな?
 俺、さっきのどろどろの出し方もうわかったから
 また出せるし……」

 嘘八百。
 だが、まだお互いに剣先は向き合ったままだ。

「じゃあ、またやってみろ!!」

 やっぱり駄目か! と麗音愛は刀で向けられた少女の細剣を弾く。

「お前みたいなバカなぼっちゃんは虫唾が走る!
 能天気の平和ボケ!」

「平和なんだよ!!」

「!」

 距離をとるのか、後ろに下がっていく少女。

「平和なんだよ! 今はさ!
 俺たちみたいな子どもは学校へ行って!
 楽しく平和に過ごすものなんだよ! そういう権利があるんだよ!
 お前は……君はさ、どうして戦っているの?
 そんな血だらけになってまで戦う理由が知りたいんだよ。
 君の意志なの?」

「うるさいぃ!!」

 ブレザーの胸元に手を入れると、そこから何か首飾りのようなものをズルっと出した。
 何個かの珠が連なっているように見えたが
 認識した瞬間に、手元には弓が構えられている。

 そうだ! 弓矢があったんだ!! 距離をとって殺すつもりか、やばい!!

 どろどろとまた麗音愛の足元から闇が溢れ出す。

 嘘八百! と思った意識とは逆に無意識にコントロールができているのかなんなのかわからないが、
 延々に湧き上がる油田のように吹き上がり、
 麗音愛を包みながら、少女の方に鋭く尖り先を向ける。

 この槍のように尖った先は、飛んでいきそうな気がした。

 少女も麗音愛周りの恐ろしい形状に息を飲む。
 蠢く(うごめ)不気味な無数の槍が全て自分に向けられているのだ。

「ま、待て、()たないでくれ……やめろよ……多分、君が射ったらこれも動くから……」

「そんなもの向けて、そんな命令よくできるな!」

 麗音愛も麗音愛でこの気持ちの悪い槍達がいつ飛んでいこうとするのか気が気じゃない。

「ねぇ、俺らがもし相打ちになったらどうする?」

「っ」

「俺は絶対に1人では死なないよ。
 それで君も命を落として、残るのは武器だけ……。
 それでいいの?」

「……それは……」

 麗音愛は必死に見つめて訴えた。少女の瞳が揺らめく。

「君も俺も死んだら、残った武器は誰かのものになってしまうだろ」

「それは絶対に駄目!」

「じゃあ君が選ぶのは2つに1つ。
 この刀を諦めるか、俺に協力を求めるか……」

「……」

 少女は弓を降ろした。
 そして錫杖を持ち直す。
 そのまま、麗音愛に背を向けて歩き出した。

「えっ、あ……」

 麗音愛も歩こうとすると黒い塊が邪魔をする。
 ねとねととまとわりついてくるが、足をドン! と踏みつけると消えた。

 少女が諦めた……?

 何も言わずに歩いていってしまう。
 体育館には足音と錫杖のシャンシャンという音が響く。

 慌てて麗音愛も歩き出す。

「1人で行くの?」

「……」

「……さっきはああ言ったけどさ、事情がわかれば俺も……協力できることがあるかもしれないし」

「……」

 スタスタと歩く少女の周りで話す自分は、ナンパ男みたいだ、と頭の片隅で思う。

 麗音愛の方を見もしないで歩く少女は、やっぱりボサボサの髪でも顔立ちは整って美人だ。
 笑えばきっともっと可愛いだろう。

 『何を考えているんだか!』と頭を振る。

「さっき、後継者はすぐ渡したって言ってたよね、だから誰も殺してないんだろ?」

「ふん! お前は、他の武器を手に入れて最後にぶん殴りに来るから……」

「だから……」

 と言いかけて
 麗音愛も左手で自分の頬をピシャリと叩いた。

 本当に何を考えているんだか!

 殺人をしていなかったとしても、学校を破壊し美子を自分を恐怖に貶めた
 犯罪者であることには間違いない。
 別に自分がこれ以上首を突っ込む必要はない。

 もとの日常に戻ればいい。

「……この状態から元に戻してくれるんだよな」

「……結界は施した場所でしか解術できない……」

「美子のとこに、さっきの女の子を襲う怪物とかこの世界にはいないよな?」

「……いない……」

 ホッと安堵する。きっと不安だろうけど、伝えた場所できっと待っていてくれる。
 元に戻してもらったらすぐに迎えに行こう。

「今ここにいるのは、私とお前達だけ……ぐふっ……」

「!」

 ぐらっと少女がバランスを崩した。
 ぐっと後ろから抱きとめる。

 そして気付いた。自分の黒いどろどろがわずかに残り少女を苦しめている。
『どっかいけ!』と念じると、黒いチリになって飛散した。

「はぁ……」

 毒が抜け楽になったような顔をする少女。
 ふぅと息を吐いて寄りかかる、そこは麗音愛の腕の中。

「うわ! 離して!」

「わわわわ!! ごめんっ!!!」

 シャリン! と錫杖で威嚇しながら、またズンズンと歩きだす。
 今までの戦いで飛び跳ねた血がそこらそこらに落ちてる。

 自分がこういった状態になってしまって……呪われて? いる状態で
 また普通の生活に戻れるのだろうか?

 でも、戻らなければ
 窓の外の黒を見る。
 こんな世界にはいられない。

 いたくない……。

 律儀に少女は破けたボロ布を拾った。
 もしかして大切なものだったのでは……。
 とは思うが同情の余地なんてないぞ! とまた麗音愛は首を振る。

 くんくんとボロ布のニオイを嗅いで彼女は千切れていても、それを身にまとった。

 そこは気にするんだ! と麗音愛はふっと笑うと
 極限の状態が続いてから少し安心したからなのか
 笑いがこみ上げてきて止めようにも止まらない。

「なに、笑ってる! お前ほんといい加減にしないと!!」

「ごめっ! ごめんっ……ふふっ本当にごめんっ……」

「緊張感のないやつだ! 今なら殺せる気がする……」

 そう言いながらも、攻撃する気はないようだ。

 玄関まであと少し。

 名残惜しいなんて思わない。思わない。思わない。

 さっきまで殺し合いをしていたのに……それはわかってる。
 だけど、この何か事情がありそうな同じ年頃の女の子が1人でまたこの黒い世界に行ってしまうのを
 ただ見ているだけでいいのかという気持ちになってしまう。

 いやでも、たまたま自分は助かっただけで最初の攻撃なんて躊躇なかったし……。

 わからない、何が正しいのかなんて。

「……君、名前はなんていうの……?」

 誰に言い訳するものでもない。
 結局、この瞬間の感情に流される。聞きたくなったから聞いてみた。

「名前なんて無い」

「無い……名前が……? 俺に名乗る名前はないってことかな……」

「……捨てた……もう……。お前は沢山名前があるみたいだな? れおんぬとかタケルとか」

「タケルは……違うよ。麗音愛も今はちょっと俺には派手すぎるかなって事で玲央って名乗ってるんだ」

 嫌味を言っても素直に返してくる麗音愛を見て、ため息をつく少女。

「名前こそ……呪い……みたいなもんだ」

「でも名前がないと呼ぶ時に困らない?」

「……誰からも呼ばれない……もう、黙れ」

 相変わらず、玄関の水槽はブクブクと音をたて綺麗な水だけがライトアップされている。
 少女は錫杖を持ち上げ、何か唱えて始めた。
 また血が垂れる。

「……」

 治療とか……と思ったが、もう仕方ない。
 これで終わりだ。

 多分警察でいっぱいの玄関に戻る。
 一体なにがあったのか聞かれるだろうか?
 こんな刀を持っているところを見られたらなんて言われるかわからない。
 美子も心配だし、先に美子の元へ行っておこう。

「……それじゃ」

 麗音愛にもこの場で何を言っていいかわからず、その場を離れようとする。
 きっと数10秒もあれば戻るだろう。

 まさか警察に捕まるようなこともないだろうしと、
 また無表情に戻った少女に背を向けた。

「いてて……」

 左手の火傷した手のひらを見ると、ぐちゅぐちゅと何か蠢いている。呪怨が自分の体を再生させているようだ。

「うわぁ……」

 確かに痛みは少しずつだが引いているような気もする、一体自分の身体に何が起きているのか。

 呪い……自分には呪いがかけられてると?

 名前も呪い……か……。

 ジャリイインジャリイィイイン!!

 と錫杖の音が響き
 うかうかしてられない!と走り出す。

 少し楽な気持ちになっていた自分に喝を入れる。
 美子はもしかしたら、泣いているかもしれない。震えているかも……。

 早く4階の音楽室へ向かおう。

 美子に叫んで伝えた『月光の謎のありか』
 昔、大ヒットになったテレビゲーム
 『小学生探偵クロスケ~銀の時計とマグロのクローヨー~』に出てきた謎解きだ。
 この学校では音楽活動が盛んなので、音楽室は解放されている。

 あのテレビゲームは兄と美子と3人で大盛りあがりで毎日謎解きをした。

 きゃっきゃと騒ぐ様子が思い出される。
 やっぱり自分は明るい平和な世界でいい。
 この力も、自分が使わなければどうにかなる!

「よっと!」

 2階の階段を登り切る。

「ん……」

 違和感。

 階段にある窓は相変わらず真っ黒だ。
 月も見えない。

 嫌な予感がした。

 息を切らせて階段を駆け上がる。
 廊下は真っ暗だが
 そのまま、突っ切る!


「美子ぉおお!!」

 叫び、ドアを開け音楽室に飛び込んだ。

 シ……ン……

「美子?」

 そこに誰の姿もない。

 変わらず暗い音楽室。

「美子? 俺だよ! 玲央だ! 迎えに来たぞ!」

 もしかしたら隠れているのかもしれないと思い、そのまま中に入る。
 机の影を覗いたり、掃除用具入れを覗くがいない。

 心臓が嫌な音を叩く。

 窓の外もまだ黒い。

「美子! タケルだ! 返事してくれ!」

 本物じゃないと疑っているとか?と秘密の名も言いながら
 隣の準備室に入ってみる。

「!」

 準備室のカーテンの影に落ちているのは……麗音愛の携帯電話だ。

「美子っ!!!」

 やはり美子は此処に来ていた……!!
 それなのに、何故美子は此処にいない……!!

 美子から離れた自分を百回串刺しにしても足りない。
 絶望のなか
 麗音愛は走り出す。

 騙されたのか!

 騙されたのか!!

 あの子に!!

 くそ!! 嘘だろ……!!

 絶望とともに憎い、憎いそんな気持ちが勝手に沸き上がってくる。

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登場人物紹介

咲楽紫千 麗音愛 (さらしせん れおんぬ)

17歳 男子高校生

派手な名前を嫌がり普段は「玲央」で名乗っている。

背も高い方だが人に認識されない忘れられやすい特徴をもつ。

しかし人のために尽くそうとする心優しい男子。

藤堂 美子(とうどう よしこ)

17歳 女子高生

図書部部長

黒髪ロングの映える和風美人

椿 (つばき)

後に麗音愛のバディ的な存在、親友になる少女。

過酷な運命を背負うが明るく健気。


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