第8話 妖魔王紅夜~紅の夜~

文字数 5,458文字

 

 麗音愛(れおんぬ)は、少女を背にして立つ。

 敵の赤い固体は全て、液体になって臓物と血のように落ちて血溜まりになっている。

「……さ、咲楽紫千(さらしせん)……」

 少女が座り込んだまま、麗音愛に声をかける。

 麗音愛は晒首千(さらしくび)ノ刀(せんのかたな)を横に構え、重心を低くした。
 もう、いつの間にかこの刀とずっと戦っているように。

 その後ろ姿が纏う気迫には少女すらゾクリとさせたが
 先程の抱きしめられた温もりは少女の心にも確かに生きた。

「咲楽紫千なんて呼びにくいよな
 みんな俺のこと、サラキンって呼ぶんだ、ひどいだろ?」

「えっ?」

「サラキンって呼んでいいよ」

 瞬間、少女の方を見て微笑んだ。
 戦場のアイスブレイクか。

「ふっ」

 先ほどまで狼狽していた少女も笑みをこぼす。

 そして、また細剣に持ち直して立ち上がり
 くるりと翻すと、麗音愛の背中の後ろに背を合わせる。

「最悪な状況だ、咲楽紫千」

「君が俺のとこに来た時から、ずっとだよ……」

「あの女の人は会えたの……?」

「……いない……」

 少女の気遣いが麗音愛にはありがたかった。

「頼む……美子を見つけたいんだ……」

「わかってる……でも……」

 じゅりゅじゅじゅじゅるりゅじゅ……。

 体育館の真ん中
 バレーボールのネットすら巻き込んで巨大な臓物のようなものが生まれ出る。

 手足はバラバラに生え、知恵があるとは思えない。
 真ん中にぽっかりと穴が開いている。

『めぇ……めぐぅむぅ~~~~~~~~~~~~~~~~』

 その穴から
 騒音のようなくぐもった声が聞こえてくる。

 少女がびくっと反応する。

『めぐぅむぅちゃ~~~~~ん』

「やめろぉ!!」

 めぐむは少女の名前なのか。

『だれなのそのおとこは~~~~~
 そんなぁみだらなむすめになっちゃったのぉ?』

「なんだ……?」

「咲楽紫千……き、聞くな!!」

『だれなのそのおとこは~~~~~~~~~
 そんなぁみだらなむすめになっちゃったのぉ?』

 ゾクゾクとする声、そしてあまりに禍々しい肉塊。

『そいつといろんなことしちゃってるの~~~~~~~~???
 めぐむちゃああんんんん』

 めぐむが叫ぶ前に、麗音愛が走り出す。

「黙れ!!!」

 麗音愛が叩き斬る前に肉塊は、ぶわっと分裂する

『ふふふふ……ふははっははは』

 分裂した肉塊が、麗音愛をめがけて押し寄せる。
 口はそれぞれに存在し、不快な笑いを聞かせる。

『きもちよかったぁ~~~~~~~? 
 ~~~さらきん~~~~~~~~~~~~~~~』

「黙れ!!!!!!!!!!!!!」

 めぐむも踏み出し麗音愛に襲いかかる肉塊を切り刻む。

「こいつは、一体なんなんだ……!?」

「これは……最悪の……災厄……」

「そんな紹介の仕方はないんじゃないか……? 実の父親に向かって……」

 体育館の入り口から、コツコツと男が歩いてくる。
 肉塊が飛散した上を踏み潰し、歩いてくる。

 麗音愛には大人が何歳くらいなのか予想をするのは難しかったが
 新任の教師ほどの年齢に見える。

 男の彫りは深く、長い髪は艶があり白いシャツの開いた胸元からは精悍な肉体が見てとれる。
 まだ若々しく見えるこの男が、少女……めぐむの父親?

「父親……?」

「違う!汚らわしいことを言うな!!!」

「違うものか……俺とおまえの母親が愛し合って生まれたのが(めぐむ)なのだから」

 先の割れた赤い舌をぺろりと出して男は微笑む。

「大きくなったな……綺麗だ……」

「やめろ!!!」

 青ざめた顔の(めぐむ)の前に、麗音愛が立ちはだかった。

「……せっかくの親子の再会を邪魔するな」

「……嫌がっているように見えますが……。
 それに……さっきのあの化け物たちの発言も娘にするものじゃない……」

「ん? なにか言っていたか? 俺が言ったわけじゃあるまい」

 あっけらかんとした様子。
 見た目はもちろん大人なのに、子どもがふざけているような表情だ。

「寵を独占したかったんだろう? 可愛くて喰いたくなったか」

 寵はワナワナと怒りに震えている。

「……その名前で私を呼ぶな……」

「なぜだ? 良い名前だ――俺たちの寵愛する寵姫なんだから……」

「……お前が母を犯し、私を無理やりつくって産ませて……母は狂って死んだんだぞ」

「!」

「いつくしみ、かわいがる……そんな意味の漢字をよく使ったな……」

「ふふ、お前が名前を呼ばれるたびに、俺がお前の母親を可愛がってあげた事を思い出して喜んでくれるようにな……」

「貴様ーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」

 寵が走り、斬り込む。

「娘よ」

 速い正確な斬撃だったはずなのに、気付けば寵は男に両手を捕まれ抱きとめられている。

「!!」

 麗音愛は正解の動きが判断できない!

「大きくなったな、何故こんな男みたいな格好してる?」

「やめろ! やめて!!」

 でも迷っている時間はない! 刀を構え突っ込む。寵を避け男の腕を狙った。

「邪魔するな」

 男が麗音愛を睨むと、宙に肉塊が牙を向いて現れる! 獰猛な犬の化け物が麗音愛に襲いかかる。

「寂しい思いをしてたのか? 俺もだよ……」

 べろりと寵の頬を舐める男。

「……母親の剣もよく似合ってるな」

「!! 殺す!!!」

「ふふ……睨む顔もそっくりだ……」

 寵の炎は肉塊達が己を焼きながら消してしまう。

 男の片手で両手首を掴まれたまま身動きがとれない。
 細剣だけは離すまいと必死で剣の握りを掴む。

 無造作に寵のワイシャツの首元を引きちぎった。

「なっ!! やだっ!!」

「やめろーーーーーー!!」

 麗音愛の叫びとともに、黒い槍が男めがけて放たれた。

「おっと」

 男は寵の手首を持って槍が来る方向にぽいっと投げ捨てた。

「!!」

 悲劇が脳裏をよぎる。
『消えろ!!』
 全意識を集中させ槍を飛散させた。
 と同時に男が麗音愛の腹を蹴り上げた。

「ぐふっ」

 麗音愛は吹っ飛ぶ。

「へぇ――お前はなかなか……人間にしては美しい……何故か既視感があるが――」

 吹っ飛ばされ血を吐く麗音愛のもとに駆け寄る男。

「女ではないのが残念だな、しかし俺は人間の性別など問わんが」

 倒れ込み動けない麗音愛の周りを怨念の黒い闇が蠢く。
 宿主を守るためか男に牙を向く。

「その刀……咲楽紫千家か? ふぅん……此処に来る前に、お前の血統筋に会ったぞ。剣五郎」

「!!」

 剣五郎は祖父の名だ。
 電話がきた時、祖父は焦りはしていたが
 こちらを心配していたので無事だと思っていたが……。

「剣五郎、俺が死んだと信じていたんだな
 墓参りに来たつもりだったのに、俺を見て腰抜かしたぞ。老けたな、あいつも。
 所詮ただの人間」

「……じいちゃんに……何を……」

「殺した」

 血が沸く。

「嘘だ、ははは」

 ぐちゃりと黒い牙を踏み潰す。ぐりぐりと踏み潰した後に麗音愛の太腿も踏み潰す。

「ぐっ!」

 刀を逆手に持って男に突き刺す! が男は余裕で避ける。

「ちょうど、寵が此処に向かっているのを感じてすぐ追いかけたから
 枯れ草どもなんてほっといたさ……そういや、れおれお叫んでたのお前のことか?」

 そうか……!
 最悪がくると感じた、あの気配は寵ではなくこの男の気配だったのか……!!

「死ね!!」

 背後から寵が斬りかかった。

「さっきから飛びついてきて、可愛い娘だ」

 トンと飛んで体育館のステージに降り立つ男。

 寵はすぐに麗音愛のそばに駆け寄る。

「大丈夫!?」

「うん、ありがとう……君は?」

「私も……」

 じゅくじゅくと身体の中を這っているのがわかる。修復しているんだろう。
 寵もシャツが破かれただけのようだ。ボロ布を首に巻きつけている。

「あいつは……一体何者なんだ?」

 男の長い髪は生き物のように広がったりうねったり動く。
 ふぁーとあくびをする。
 やはり筋肉質で高身長の外見とは似合わず少年のようだ。

「さっきまで寝てたんだ……。
 でもいい頃合いだな。寵……育ってない部分もまだあるようだが」

「あいつは……最悪の妖怪、鬼、悪魔なの……紅の夜……こうやと呼ばれてる
 人間の心なんてもってない、
 私が生まれた後に妖魔王・紅夜は退治したってみんなは言った。」

 麗音愛は寵の横顔を見る。
 ボロ布をまとって粗暴な言葉遣いをしていても、何故かどこか無理をしているような
 違和感を覚えたのを思い出す。

「でも私は死んでなんていないって気付いていた。
 きっと今日目覚めるって私にはわかっていた……
 でも誰に言っても誰も信じてくれない!
 だから私はこいつを殺すために、
 この剣を持って飛び出して、集めていたの……他の武器も……」

「もうすっかり平和ボケして、ガラクタ扱いだろう。没落した家もあるだろうしな
 寵、お前のしたことなどただの徒労だな」

「咲楽紫千の刀も108の武器の一つ
 ――紅夜を殺すための武器と言われているの……」

 そんな事情が……。
 髪の毛も正体を隠すために自分で切ったのだろうか。

「咲楽紫千の事情なんて今更、興味はないが
 役目を終えた気でいたから、その刀の始末要員か?
 お前と一緒に消滅させるつもりか
 綺麗な顔で生まれて可哀想な子供よ、俺のところにくるか?」

 さらっと酷い言い草で、べろっと割れた舌先を出す。
 だが、つまりは今のこの2人にはどうしたってこの男は倒せないということか……。

 それでも、どうにかしないといけない存在なのは身体と精神が、本能が痛いほど告げてくる。
 この男の話を聞くたびにゾクゾクと寒気が襲ってくるのだ。

「俺の存在は、もう既に神のようなものだからな」

「神様なのに、どうしてこんな風に娘を傷つける!?」

「咲楽紫千……」

「傷つける? 愛だ……娘を愛しているのさ」

「気持ち悪い……!!」

 寵は無意識のうちに麗音愛の影に隠れる。

「俺の娘に手を出すなよ
 さっき髪の長い女もいたな。寵ほどじゃないが、なかなかの器量ではあった……」

「!!」

「その人をどうしたの!」

 紅夜がすっと手をひるがえすと肉塊の玉座が現れ、そこにどっかりと座り込んだ。
 ステージの玉座から見下される。

「どうしただろうな」

 ゾクゾクと寵も今まで以上の寒気を感じたが
 それは紅夜の存在からではない。
 隣にいる麗音愛からだ――。

 彼の周りの怨霊達が麗音愛の殺気につられて沸騰した溶岩のように泡立つ。
 ここで飛び込んでどうにかなるものでもない。そうわかっているが
 憎悪が止めどなく溢れる。

「ふふ……まだ生きてるさ。多分」

「……」

 麗音愛は何も言わないままだが麗音愛の黒い怨霊はぞくぞくと辺りを飲み込むように
 牙と爪を紅夜に向けて広がり続ける。

「ひっ」

 寵の足元にもぐちゃぐちゃと広がり亡者の顔が見え、消え、見え、消え
 黒く蠢く。
 死体が山積みになっていくように、重なり紅夜へ向かう。

「美子はどこにいる」

 肉の玉座に座る紅夜の前に、麗音愛が立つ。

「面白いな、麗音愛、
 その生意気な目玉舐め殺してやりたいところだ……」

 カッ! と麗音愛の殺気が放たれた。

 一閃!!

 一気にその場が飛散し、撒き散る黒と赤、地鳴りがした。


「咲楽紫千ーー!!」

 爆風が巻き起こり、あやうく寵も飛ばされそうになる。

 やったのか!? 期待もあるが、この衝撃が麗音愛だけのものなのか判断もつかない。

「紅夜様……おいたが過ぎますよ」

「!!」

 紅夜と麗音愛の間に、見知らぬ女が立ちはだかっている。
 グレーのスカートスーツを着たメガネの女が短剣で、麗音愛の刀を止めていた。

「咲楽紫千逃げてっ!」

 麗音愛は身を翻して、女の斬撃をかわしステージから飛び降りる。
 女のスーツは裂け血が滲んでいるが、気にせず紅夜に跪いた。

「あぁ……新しいコーディネーターか」

「美子はどこにいる!?」

 コーディネーターは紅夜の顔を見る。

「教えていい」

「捕獲しております」

 一番聞きたくない返答だった。最悪の返答だ。
 麗音愛の心と連動するように、亡者達の闇は波打つ。

「美子は何も関係ない! 解放しろ!!!」

「咲楽紫千! つっ!」

 また爆発しそうな麗音愛の学ランの袖を、寵が掴むと呪怨の鋭い棘で指を刺された。

「っごめん……」

 寵が首を横に振る。
 寵の手から出る血を見て、深呼吸をする麗音愛。
 そうだ冷静にならなければ……交渉もできない。

「……」

「女の子を返して!!」

「寵……?」

 紅夜は歪んだ笑顔を見せる。膝の上にはコーディネーターを乗せ、
 コーディネーターの胸元の傷から溢れる血を舐めた。

「その子を返してくれないなら……私は……ここで死ぬ!!」

「なっ!?」

「寵様……!!」

「寵、何を言っている? お前の命は俺のものだよ」

 スラリと細剣を首元に近づける寵。

「母さんと同じように、この剣で首を斬る。
 止めようとしても、その数秒は絶対に咲楽紫千が阻止してくれるから……私は絶対に死ぬ!」

「何言ってる! そんなこと……!」

 止めようとする麗音愛に寵は真剣な目を向けた。
 黙っていて! と目がいってる。

「どうする紅夜!!!」

「……」

 じっと寵を見つめた後、ふぅ――っとニヤニヤと長い息を吐く。
 コーディネーターはその息を逃しまいと吸い込むように首を長くした。

「反抗期ってやつか……そして(かがり)はそれで首を切ったのか……そうか
 愚かだな……」

 麗音愛の方もじっと見る。
 ぎりっと麗音愛は睨みつけた。どちらの動きにも反応できるように神経を研ぎ澄ます。
 寵の細剣の刃が首筋に食い込もうと光った。

「コーディネーター、返していい」

「よろしいのですか?」

「別にいらん」

「それじゃあ早く解放しろ!!」

 麗音愛と寵の叫びが体育館に響く。

「調子に乗るな……余興だ
 明日、俺の部下達とじゃれ合ってもらう……咲楽紫千」

 紅夜はニヤリ微笑んだ。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

咲楽紫千 麗音愛 (さらしせん れおんぬ)

17歳 男子高校生

派手な名前を嫌がり普段は「玲央」で名乗っている。

背も高い方だが人に認識されない忘れられやすい特徴をもつ。

しかし人のために尽くそうとする心優しい男子。

藤堂 美子(とうどう よしこ)

17歳 女子高生

図書部部長

黒髪ロングの映える和風美人

椿 (つばき)

後に麗音愛のバディ的な存在、親友になる少女。

過酷な運命を背負うが明るく健気。


ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み