第5話 麗音愛!呪怨発動!!

文字数 4,908文字

 
 今までのあの恐ろしいやり取りをしていた相手が、本当にこの子どもなのか麗音愛は目を疑う。

「子ども……が、なにをしてるんだよ……」

 ギロリと少女に睨まれる。
 中学生くらいなんだろうか。
 可愛い少女の顔をしているが、なんとも自信はない。

 髪は自分で適当に切ったかのように、ボサボサのショートボブのような髪。
 服装も、ブレザーにパンツスタイルで男子の制服のようだ。
 だけど、さっきまでの不気味な声は??

 麗音愛の問いかけには答えず、少女は錫杖で串ざすように振りかざす。

「うるさい!!」

 女の子の声にノイズが混じったような声。

「どうしてだ! なんでこんな事する!!」

 同じような問いかけを何度もしているのに、またしてしまう自分に呆れる。

「うるさい!!!」

 シャンッ!!と錫杖が鳴ると、一気に女の子の声になる。
 なにかの術だったのか!?

 話をしながらの余裕は麗音愛にはない。
 あの武器をどこに隠しているのかはわからないが錫杖のうちにどうにか決着をつけたいが……。

 迷ってはいられない。
 美子の命と、自分の命と……天秤にはかけられない。

 少女が睨みを利かせた。
 さっきの火炎攻撃をしようとしている! と直感でわかった。

 とっさに刀を突き出し、攻防が始まるが
 少女の顔を見ると、燃やした殺気が続かない。

「もう、やめよう! 俺はこんなことしたくない!」

「お前の話なんてどうでもいいよ!」

 ますます少女の顔は怒りで歪む。

 少し距離をおき左手に錫杖を持ち直すと、右手が身体に隠れて見えなくなった。

 なにかの攻撃の型なのかと思ったが回転したかと思えば
 少女の両手には大きな薙刀が握られている。

「!?」

「はぁっ!!」

 一瞬あっけにとられた。
 その隙間を狙って薙刀が突っ込んで来る。

 ヒュッ! と
 耳に聞こえる音がゾクリとする。
 避けれなければ目に突き刺さっていただろう。

 さっきから何も事態は好転なんてしていないのに、少女の顔を見て安心したような気持ちになった自分を恥じる。

「女を先に殺すぞ!」

「!!」

 ありがたいとは言えないが、殺気、決意がまた蘇る。
 だけども薄暗いなかリーチの長い薙刀が相手では、麗音愛も防御で精一杯だ。

 ただ、この短い時間で麗音愛の感覚は研ぎ澄まされていくのを感じる。
 充電でもされていくような感覚。

 暗いのに、何故か夜目も利く。

「くそっ!」

 少女は何度打ち込んでも、かわされることに苛立っているようだ。

「忌々しい呪いだな!!」

 確かに、麗音愛の動きが素早いというより先に打突がずれている気もする。

「呪いって……」

 犠牲者だの、生贄だの、呪いだの聞き流せないことばかり言う。
 だが、今そんなものに気を取られたら負ける!

 負けは死だ。

 麗音愛はふーーーーっと息を吐く。
 と、一目散に少女に背を向けて走り出した。

「なっ!?」

「美子ぉおお!! 月光の謎のありかの場所にいろ!!」

 玄関にいるはずの美子に聞こえるように大声で言う。
 離れるのは不安だ。
 でも、今は自分と一緒にいるほうが危険なはずだ。

 麗音愛は長い足で懸命に走る。
 陸上部に勧誘されたことは1度もないが足は速いほうだった。

 開いていてくれよ!!!

 少しの賭けをした。
 こんな事が始まってから、何度命を賭けているだろう。

 後ろから少女が追いかけてくる。
 多分怒りに燃えているだろう。

  『殺してやる!』と
 必死になって切りつけてくるだろう……。

 開いてた!!!

 麗音愛は体育館に向かっていた。体育館の扉は開いている!
 そのまま全速力で走り込んだ。

「待て!!!」

 バレーボールのネットが張ったままだった。
 もしかしたら誰かいたのかもしれない。
 これも時間稼ぎに使える!!!

 かなり差が開いていたようだ! 
 その間に体育館の照明を点けることもできた。

 走り後ろを向くと、切り裂く風が吹いた。

「ギリギリ! よし!」

 ヒュン! と風が何度も吹く。

 麗音愛の予想通り、少女は細剣に持ち直していた!

 刀と薙刀ではあまりに分が悪い。

 この少女が一体どんな能力を持っているのかわからないが
 薙刀の大きさが彼女が扱える大きさではないような気がした。

 もっと大男の持ち物のような……。

 構えて走るのも困難だろう。
 だから敢えて武器を変えさせる行動にでたのだ。

 テレポートのような術はもっていないのが、幸いだった。

 ただこの作戦も賭けの中にまた賭けがある。

 細剣のほうが、少女の攻撃力はまた上がる。

「ぐっ!」

 麗音愛の腕から血が滲む。

 肉だけでも鋭い痛みが走る。

 肉を斬らせて骨を断つ――なんて恐ろしい言葉だ!

 この賭けに勝たなければいけないのに
 結局相打ちの勝利しか頭に浮かばない。

 体育館の床に、麗音愛の血が落ちていく。

 少女の表情もこわばっている。
 ニヤニヤと楽しむような姿ではない。
 必死に殺そうとしている顔だ。

 子どもが必死に子どもの自分を追いかけ殺そうとする。

 異常な状況。

 だが止めてくれる大人なんていやしない。殺し合いはこのまま続く。
 お互いの踏み込み、切り合う足の音が体育館に響き渡る。

 どう決着をつけたらいい!!

 この少女を殺せば、俺は勝てるのか!?
 勝てるのか! 殺せば! 断てば!
 殺せない! 殺さなければ、殺される!!

 殺せば終わる!
 命を停めろ!!

 麗音愛の精神は疲れきり、
 気付かないまま誘われるままの方へと流れた。

 そして自分の精神整合が刀とガチりとハマった時、
 ぎゅうっと自分の血を白い上靴のスニーカーで踏みつけた。

 血が体育館の床に模様を描く……。

「!」

 ど……ろどろどろどろ……。
 どろどろどろどろ…………。

 明るくしたはずの体育館が暗転したかのように暗い。

 そこまでの血ではなかったのに
 足元からまるで泉のように血が吹き出してくる。

「なんだっ!?」
「きゃっ!!」

 血は黒い怨念の塊のようになり、大量の手が生え少女を襲いにかかる。

「えっ」

 ハッとすると、明るい体育館のなかで黒い手の化け物が少女を羽交い締めにしている。

 どろどろと溶けたり盛り上がったりするその何かは
 顔のように見えるような腕のように見えるような……。
 不気味に少女に絡みつき締めていく。

「……俺の……力?」

 ただその状況を見つめる麗音愛。

 この刀を手にした時から感じるイメージ
 そして
 さらしくびせんのかたなという呼び名……。

 晒首ってことなのか怨念の……刀……?

 考えながらも、片膝が落ちる。
 ハァハァハァ……汗と血が交じり落ちていく。

「うあっうううっ……」

「!!」

 少女は抵抗しようとしているが、首を締められ呻いた。

「や、やめてくれ! もういい!! 離せ!!」

 無数の呪い手は麗音愛の方にも向かう。その指の先の爪は鬼のように尖り
 麗音愛にも襲いかかろうとする、が

「いいから()ね!!」

 麗音愛の一喝で塊は飛び散る肉塊のように飛散した。

 ドタっと放り出され落ちる少女。

「おい!」

 声をかける自分が滑稽に感じる。

 『おい!』って言ったあとに、なんていうつもりだ?

 大丈夫かって?

 また、こんなことやめようって?

 自分で殺せないなら、さっきの塊に殺してもらった方が良かったんじゃないか
 そう考える間に少女は立ち上がり、細剣を向ける。

「……」

 麗音愛の攻撃が当たったところもあったのか彼女のブレザーも裂けて血が滲み
 先程の攻撃でかなりのダメージを受けたのか、足はガクガクと震えている。

「……生贄が……こんなに抵抗しやがって……」

「……さっきから……生贄とか被害者とか……なんなんだよ……」

 目の前にいる少女は、可哀想だ。そんな見た目だ。
 でも、それでもまだ剣を構えて殺意は消えないのだ。

『ふっ』少女は皮肉な笑いをする。

 多分、時間稼ぎだろう。それはわかっていた。
 それでもいい。
 どうしても殺せない。そんな余裕はないのだが。

 戦っている自分と同じ顔をしてるんだと、麗音愛は思う。

 この必死な顔……殺意の先に、何かあるような
 美子を守ろうとする自分と同じ……そんな風に思えてしまう。

 剣先をこちらに向けながら少女もまた膝をつく。
 呼吸を整えようと細く息を吐く。

 麗音愛もまた膝をつきながら刀を向ける。麗音愛は荒く息を吸い込んだ。

「今までの持ち主……後継者達は……すぐ渡したぞ。
 もう、そんな時代ではないんだ……個人の人権の尊重……ってな」

「……俺だって、できるならそうしたい……」

「だから……ぐっ……お前は呪われているんだ……がぁっ」

 ぐぼっと血が口から吐き出される。
 そんなにもダメージがあったのかと
 苦しそうな少女を見ていられず、刀を向けながらも目を伏せた。

 麗音愛も汗と血にまみれ、息を荒くして膝をついているのに
 憂いを帯びたような表情は、少女から見ても
 恐ろしささえ感じる美しさだった。
 神の国からきた天人のような――。
 それとも鬼か、つくられた人形か――。

「……お前は……注目されないだろう……」

「えっ……」

「お前にかけられた呪いは……そういうものだ……。
 誰もお前を気に留めない……」

「……」

「そこらへんの石ころと……同じ……。
 そうやって……世間から隠して……その刀を背負わせて……」

 麗音愛の瞳が泳ぐ。

「生贄だろう……? お前が死んでも……いいって思ってる……」

「……違う……」

 はっきりと生徒たちが見えるように、光る体育館の照明。

 赤と青の輪が映るような、しっかりと光って2人を照らす。

 そんな場所に似合わない、血だらけの2人。
 呼吸ももちろん合わない。

「そんなこと、絶対にない……」

「なぜ……? 捨て石だよ……」

「親は子どもを愛するものだ、俺は父さんと母さんにそう言われてきた……」

 ギリッと少女が歯を噛む音がした。

「そうか、じゃあなんで助けに来ない」

「お前の結界のせいなだけだ。子どもは親にとって宝物だって……そうじいちゃんも言ってた……」

 ふと蘇るあたたかい手のひらの温もり、頭を撫でられる感触を思い出す。
 間違ったことは言っていない! と麗音愛は強い目で少女を見る。

「ここまで利用されていて、洗脳されて……いるんだな」

 洗脳なんて言葉にはギクリとするが、この破壊者の言葉に踊らされてはいけない。

「……誰からも、愛されない呪いだぞ……お前にかけられたのは」

 麗音愛はとても素直に、親の愛を受けて育った、と思っている。

 沢山の愛情と思える言葉や行動で、ぬくもりですくすくと育った。
 大切なのは家族だと、言えると思っている。

 周りは気恥ずかしさなのか、反抗期か、反発する同級生の方が多いが
 麗音愛には親への反発もない。
 自分のことを尊重し、愛してくれることに素直に感謝していた。

 その積み重なった歴史を、こんな言葉だけで覆されはしない。

 今朝の祖父が託したこの刀は事情があったんだろう。
 最初の電話でも心配していた、兄だって電話をくれたじゃないか
 あれ……兄はこの状況を知っている……?

「……」

「血の繋がりが尊いなんて、戯言だよ……親と子なんて呪いみたいなもんだ……」

「なっ……」

 少女は勝ち誇ったような、だけども辛そうな顔をする。
 ただ傷が痛むだけでそう見えるのかもしれない。

「お前がどれだけ、そんな話をしようと俺の心は変わらない……」

「なら、また殺し合いをしよう。勝った方がその刀を手に入れる!」

 ガバっと少女が立ち上がるのに合わせて、焦り麗音愛も立ち上がる。

「じゃあ何故この刀が欲しいのか理由を教えてくれ!!」

「えっ」

 突然、自分の口から出てきた言葉に麗音愛も少し焦る。

「そんなに必死になってこの刀が欲しい理由はなんだ! 殺されるなら俺だって理由が知りたい!」

 だけど、そうだ。これは自分の本心だ!と思い、大きな声で麗音愛は言う。

 少女は目を丸くする。
 質問をされたのは初めてだったのだろうか。

「でも俺は殺されたくない……だから理由次第ではこの刀と一緒に、お前の力になる」

「!」

 ますます少女の目は丸くなった。
 スルスルと出てきた言葉は、やはり自分をも驚かせた。

 だけど、いいんだ。これでいい。

 驚く少女に麗音愛はにっこりと、汗が流れる額はそのままに微笑んだ。



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登場人物紹介

咲楽紫千 麗音愛 (さらしせん れおんぬ)

17歳 男子高校生

派手な名前を嫌がり普段は「玲央」で名乗っている。

背も高い方だが人に認識されない忘れられやすい特徴をもつ。

しかし人のために尽くそうとする心優しい男子。

藤堂 美子(とうどう よしこ)

17歳 女子高生

図書部部長

黒髪ロングの映える和風美人

椿 (つばき)

後に麗音愛のバディ的な存在、親友になる少女。

過酷な運命を背負うが明るく健気。


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