第14話 ドキドキ保健室心攻防

文字数 4,201文字

 

 とりあえず保健室に戻った。

 ベッドや水道、冷蔵庫もあるので拠点は保健室という事に決めた。
 部屋程度の結界なら特に苦もなく張り続けられるらしいので一応椿に結界を頼んである。

「美子は眠らないの? 俺が見張ってるよ」

「ベッドも2つしかないし、私はさっきまで寝ていたしね。
 どうにか作戦も練りたいし……2人は仮眠してちょうだい」

「寝られそうにないな……」

「お願いよ、少しでも回復しておいてもらわないと……ちょっとリラックスできる系のものも買ってきたし、試して」

 安眠系ドリンクや、ラベンダーのアロマグッズ
 目を温めるグッズなどを渡された。

「私は床で寝るから、2人はベッド使って休んだら?」

 ベッドが2つしかないからという言葉に反応した椿が言う。

「え!? まさか、よく映画とかで
 軍人がベッドより床のほうが寝やすいとか…」

「そこまで私もひどくはないけど……
 飛び出してからは野宿暮らしだし床でも寝れる」

「えっお風呂は?」

「心配しなくても、ちゃんと洗ってる! 
 川とか銭湯には行ってたし……これも洗ったよ」

 ボロボロ布は捨てる気はないようだ。

「川……?」

「うん、あのざぼーんと入ったりはしないんだけど
 清めの儀式でよく川で浴びたりもしてたし……でも臭いかな?」

 じっと不安そうに麗音愛を見るが、

「大丈夫!」

 と大声で否定した。
 実際に臭いなんてことはない。

「へぇ? 玲央、よく知ってるね?」

「戦いで協力する場面もあったから」

 今までにない美子の絡みに麗音愛も少し戸惑いながら
 極めて冷静にかわしている、つもり。

 でもそんな話をしていたら、自分の方が心配になってきた。
 デオドラントシートで拭いたが汗まみれ血まみれの1日を過ごした男子高校生だ。

「私、寝るの短くてもいいから、学校の水で身体を洗ってきてもいいかなぁ」

「水って……」

「ダイジョブダイジョブ、思いっきり水かぶるわけじゃないもん」

「椿さん……よく見たら髪も自分で切ったような……」

「男のフリするために切ったの」

「えー……」

 美子も、麗音愛がさっき言わんとしたことが少しわかってきたようだ。

「少し整えてあげる、その後シャワー室があるから案内するわ」

「髪を? 時間もないのに……ありがとう! 切り終えたら
 勝手にシャワー入ってそこら辺の教室で寝るよ
 ってそれも不安かな? 戻ってきたら隣の理科室で寝る! ね」

「そんな」

「2人は2人の方がいいよね
 せっかく美子さんが目覚めたんだもの、麗音愛も話したいと思うし」

「そんな……俺がついていくから。寝る時だって3人のほうが安心だ」

「いいの! 大丈夫! 
 でも私が裏切るとか心配ならもちろん見張っていいけど」

「……じゃあ、こんな時だけど私もシャワー浴びたいな
 みんなで一緒に行きましょう。玲央もそうする?」

 少しの時間だが、美子も椿の純粋さというか
 子猫のようなほおっておけない雰囲気に無意識に心の防御が下がってきているようだ。

「実際俺も浴びたいと思ってた……行こう!」


 戦闘の達人がもしいたら自分達の行動はどう見えるんだろう。
 明日の戦いを前にわざわざ髪を整えるとか、
 シャワーを浴びるとか無駄なことなんだろうか。

 戦いの練習をしたり作戦を立てたり
 いろいろなことをできる時間でもある。

 でもこの少しホッとする今がとても明日のためになる気がした。
 この先にいる自分に向けての1番のバトンに思えた。


「もう少しあったまって!」
「大丈夫だよ」
「いいから! 女の子は身体冷やしたら駄目なの」

 と大声が聞こえるシャワー室廊下。

 体育系じゃないので、シャワー室を使ったことはなかったが
 麗音愛の男子側にはその声は聞こえないようにできているらしく
 2人の慌ただしさは麗音愛には聞こえなかった。

 真夜中の温かい湯が
 麗音愛の肉体と精神をほぐす。
 怪我は既にもう消えていた

「あ~」

 勝手に声が出る気持ちよさ。
 1日がプレイバックする。

「あ~~」

 殺されかけ、殺されかけ、殺されかけ

 抱きしめて……。

 明日にはどうなるのか……。


 ぶるぶると頭をふって、シャワー室を出た。


「俺は出たよ!」

 女子シャワー室の前から声を掛ける。

「玲央! 頭濡れたまんまでしょ? 風邪引くよ」

「うん、早くこっち来たほうがって思って、まぁ自然に乾く」

「こっちに来なさい!」

 女子シャワー室の更衣室に連れ込まれドライヤーをかけられる。

「美子……あの」

「風邪引くから」

「自分でできる……」

「そうだよね、
 やだー私、小さい頃剣一くんと3人で銭湯に行った時を思い出したりして……」

『ふふっ』と少し美子が笑ったことが麗音愛には嬉しかった。
 自分でドライヤーを当てていると
 首元が温まり欠伸が出る麗音愛。

「シャワー浴びたら少し寝れそうになってきたかも」

「じゃあ3人とも寝ようよ! 丑三つ時って何もうまくいかないよ!
 眠って疲れを落としてから起きようよ、それから夕方まで頑張る
 どうかな??」

 椿はアホっぽく言うが、まっとうな意見な気がする。

「私は、そこら辺で寝てくる。誰もいないならどこかの家でも入ればいいんだもの」

 まだ、そんな事を言う。

「そんなの駄目だ、危ない」

「私は寝ないで作戦を考えたいけど……」

「寝不足は一番判断力を低くするよ!」

「う、そうだよね……」

「俺が民家から布団持ってくるから
 君たち女子は保健室のベッドで寝る! これが最善じゃないかな」

「玲央、あなた変わった? ううん、元々行動力は地味にあるんだよね」

「裏方人間だから」

 麗音愛の呪いは、美子にもやはり効いているのだろうか。

 兄の剣一と比べて自分を卑下していたが
 絶対! 麗音愛も負けてない!! カッコいい!!
 そう椿は思う。

 でももし呪いが消えたら、その時はみんなが麗音愛を好きになるのかも……。
 また、モヤモヤするような気持ちになってきたので頭を振った。

「すみませんー! お借りしますーうらー!!」

 校門前の大地主町内会長、林さんの家の布団を適当に借りてきた。

 別世界とはいえ、心苦しいのは変わりない。
 客間の押入れに入っていたので客用だろう。

 気合いで布団一式一度で運び終えた。

「おやすみ!」

 結局、寝間着には美子も椿も体操着を着た。

 椿がブカブカなのに
『麗音愛の体操着がどうしても動きやすくていい!』というので
 麗音愛は保健室にあった体操着の着替えを適当に着て寝ることにした。

 保健室のベッド2つが並ぶ前に布団を敷いて、眠りにつく
 美子も結局寝ることになった。

 おやすみ、と言って数分後
 椿は寝息を立て始める。

「玲央……」

「ん……」

 身体が温まり、ふわっときた眠気に誘われていた玲央が眠る布団に美子の体温が近づく。

「玲央」

「っ!?」

 眠る麗音愛を見下ろすように美子がいる!

 目の前に現れた美子に驚く麗音愛の口が手で塞がれた。

「し! ごめん起こして、静かにして聞いて……」

「!?」

「し! 静かに!! あの子が起きちゃう
 お願いよ、あの子を信用しないで。玲央……私帰りたい、死にたくない」

 椿を信用するなって?
 必死に帰りたいと思う故だろうか……。

「明日は美子には手を出させない……。絶対俺が元の世界に帰す」

「玲央……私と玲央の2人で、だよ」

「それは……」

「あの子のために命を懸けないでお願い……」

「美子……」

 潤んだ瞳で美子はそっと玲央の唇に近づく。
『え!?』と麗音愛は動揺で鼓動が高鳴る。

 ずっと想っていた女の子の唇。
 それでも……ぐっと美子の腕を掴んだ。

「駄目だよ」

「え?」

「そんなことしなくても大丈夫、絶対俺が兄さんのとこに帰すから」

「玲央……うぅぅううう……怖い私……」

 麗音愛の胸元で小さく嗚咽しながら泣く美子
 麗音愛はその肩を抱いた。

「俺も怖い、でも美子のために頑張るから」

「私は玲央にも死んでほしくないの、
 自分だけ助かりたいなんて思ってない」

「うん、わかってる、不安にさせてごめん、俺が悪いんだ、ごめん」

「玲央も巻き込まれただけだよ……謝らないで……」

 小さい頃のように、泣く背中を優しく何度も撫でた。

 今は聡明としているけれど、子どもの頃おっとりしている美子は皆についていけずに、よく泣いた。
 そんな時はいつも麗音愛が立ち止まって一緒に慰めたものだった。

「なんだろう……こんなこと前にもあったかなぁ
 剣一くんにはいつも慰めてもらったの覚えてるけど、きっと
 タケルって呼んでた時にはあったのかな」

「うん……あったのかもしれないな……」

 何をしても過ぎ去る風のように忘れられてしまう悲しさ。

 それが当たり前なんだと思っていたけど、やっぱり胸は苦しくなる。

 これも呪いのせいだったんだろうか……。



 椿の瞳は天井を見ていた。

 2人の会話ははっきりと聞こえなかったが、美子は戻っては来ない。
 そのまま2人で布団で何をしているのだろう。

『駄目だよ』

 と聞こえたような気がした。
 何が駄目だったんだろうかと考えてしまう。

 やはり違う教室で眠れば良かった。

 2人は何をしているんだろう
 また胸の疼く。どうして疼くのかわからない。

 出逢ったばかりの子の事で、どうして。

 心臓がどうにかなってしまったんだろうか?
 椿はボロボロ布を抱きしめた。

 ゴソ……。

「!」

 隣のベッドに静かに入る音が聞こえた。

 泣き疲れ、眠った美子をそのまま布団に寝せて
 麗音愛は一緒に眠るわけにはいかないのでベッドに入った。

 麗音愛は考えていた。

 自分も泣き叫ぶような状況にいるはずなんだろう。

 ただ、晒首千ノ刀の影響か、亡者達の怨念なのか
 心の中も変化が感じる部分もある。

 ざわざわと恐ろしいなにかが侵食してくる……。

 油断をすれば獲って喰われそうな、そんな感覚が引っ切り無しに襲ってくる。

 戦場の荒れ地の真ん中にいつも立っているようで
 生とか死の感じ方が鈍くなっている自分もいる。

「……椿」

 カーテン越しに小声で麗音愛が椿に話しかける。

「! はい」

「美子の方が入り口に近いから、結界最大限で頼む」

「はい」

「ありがとう」

 椿が起きている事は気配でなんとなく、わかった。

「寝てる時にごめん、あと、もう1人でどっか行くとか言うのナシだよ」

「麗音愛……うん」

「おやすみ」

「おやすみなさい」

 麗音愛の優しい声を聞くと椿は今までの疼きや不安が消し去ったように思えた。
 仕切りのカーテンをチラと見つめ、第二ボタンを握りしめて眠りにつく。


ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

咲楽紫千 麗音愛 (さらしせん れおんぬ)

17歳 男子高校生

派手な名前を嫌がり普段は「玲央」で名乗っている。

背も高い方だが人に認識されない忘れられやすい特徴をもつ。

しかし人のために尽くそうとする心優しい男子。

藤堂 美子(とうどう よしこ)

17歳 女子高生

図書部部長

黒髪ロングの映える和風美人

椿 (つばき)

後に麗音愛のバディ的な存在、親友になる少女。

過酷な運命を背負うが明るく健気。


ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み