第4話 麗音愛VSボロ布男

文字数 2,485文字

 

「兄さん! 兄さん!?」

『麗音愛!! 大丈夫か!?』

「うん!!」 

『学校にいるのか!そこから出るんだすぐに!!』

「今から出るよ!」

『早く出ろ! っそこにっ……!! が……が出られなく……ぞ!!』

「!!」

 通話は雑音がまじり切れてしまう。
 美子は外を見て、安堵から2人は手を離し走っていた。

 あともう少し!!

「美子急げ!!」

「遅いよ」

 玄関の反対側の廊下から現れるボロ布。

「きゃあ!!」

 驚いた拍子で転ぶ美子。外の警官達は警戒しているのか誰も入ってこない。

「美子! 早く出るんだ!」

「あ、足が……」

「無理だよ」

 ボロ布男の手には、錫杖が握られている。
 細剣も青竜刀も影も形もない。

 シャリーーーーーン

 と廊下のタイルに錫杖が突き刺さる。

「やめろ!!」

「もうお前達は出られない……」

 麗音愛はまた走り出し、玄関のガラス扉に向かって刀を突き刺すように投げた!!

 激しい音を立て、玄関のガラスは粉々に砕け落ちる。
 まるで扉もコンクリの天井も崩れ落ちるかのように裂け切れ目が見えたが……。

「無駄だっ!!」

 まるで逆再生するかのように粉々になったガラスはまた繋がり始め
 全てが元に戻り始める。

「くっ!」

 麗音愛はすぐに刀を拾いに行く、刀は手に吸い付くように戻り構えた。

「美子! 大丈夫か?!」

「どういうこと!? 外が見えない! おまわりさん!! 助けて!!!」

「ここはもう別次元……お前らは……私の結界のなかにいる……」

 今までけたたましく鳴っていた警報も
 玄関ガラスの向こうで光っていたサイレンもシンと静まり返っている。
 ガラスの外は真っ暗闇……黒、というべきか。

 何故か玄関脇の熱帯魚の水槽はブクブクと泡音をたてたままだ。

 だけど、その中に魚は一匹もいない……。

 美子は座り込んだまま。放心したような横顔になっている。

 麗音愛は美子の手の中に先程、兄と話した携帯電話を握らせた。

 何も意味はないのかもしれない。

 でもこの結界というものが解かれる時がくるとしたら
 その時は兄が祖父が美子を迎えに来てくれるだろう。


 ボロ布男は、何も言わず動かず……。


 麗音愛は刀を構え、ボロ布男に向かって走り出す!!

 金属音とともに錫杖で弾き返されるが、それでも踏み込む。

 刀が折れる恐怖はなかった。

 刀を振り、踏み込み、踏み込む!!

 麗音愛に押され結果的に玄関から、美子からの距離がとられていく。

 鋭い錫杖からの打撃もかわし、切り込むが麗音愛の攻撃も当たらない。

「お前……一族の道具にされているんだろうな……」

「なにっを……!」

「兄弟はいるのか……?」

「関係ないっ!!」

 トーンと一層後ろに飛ぶボロ布男。

「ふぅん……じゃあお前やっぱり、生贄だね」

「――俺がっ 生贄!?」

 突然、出てきた恐ろしい言葉に麗音愛は反応してしまう。

「可哀想にな……お前」

「何言ってる! 俺が生贄なわけあるか!!」

「どうして?」

 先程までは、どちらかと言うと話す事も好まないような態度だったボロ布男が
 急に感情を込めたような声になって麗音愛は少し驚く。
 感情のない殺人ロボットというわけではないのか……。

「あ、当たり前だろ……俺の父さんも母さんも兄さんもじいちゃんも……俺を……愛してくれてる!!」

 言ってるそばから声が震えだしてきた。

 今朝のあの朝食の風景。
 あたたかいご飯。みんなの笑顔。
 もう戻れないのか、あの家族のもとに……。

「――気づけよ……お前は、そいつらにいいように使われるために生かされてただけだってことを」

「……そんなわけない……」

「じゃあお前はなんでここで私と戦ってる!?」

「うるさいっ!!」

 つい感情にまかせて大ぶりしてしまった麗音愛の脇腹に錫杖の横撃が入る。

「ぐっ!!」

 すんでのところで購買のガラスに突っ込むのは避けられた。

 息が……!
 息が止まる、初めての痛み。

 自動販売機の光が倒れた麗音愛と、ボロ布男を照らす。

「……お前は……人を殺して、楽しいのか……」

「別に……楽しみでやっているわけではない。その刀を寄越せと言っている」

「この刀……」

 人の命より重いものなんて、あるんだろうか

 もしかしたら、あるのかもしれない。
 自分の知らない大人の世界で……。

 でも、この刀が命より重いなんて事はないだろう。そうだ。こんな鉄の棒。

 こんなもの、すぐに渡して解放してもらおう。
 美子と一緒に、またいつもの日常に戻るんだ。

 これと交換条件で元の場所に戻せと、投げ捨てて拾わせればいい。

「どうした、早く渡せ」

「……っ」

 何故だろう……どうしてなのか
 こんな刀が捨てられない。
 くっついて離れないわけじゃない、離せば離れる。

 捨てたいのに……。

 何故だかその思いが波に消されるように、無くなってしまう。
 捨てられない……。

 波の中から無数の手が伸びて雁字搦め(がんじがら)にされているような……。
 叫ぶ声が聞こえるような……。

「……」

「……だろう、生贄には無理なんだよ……」

 顔もほとんど見えないのに、哀れみの目でも向けられた気分だ。

「違う!!!」

 ぐっと麗音愛は立ち上がり、刀をボロ布男に向けた。

「刀は渡さない!」

「じゃあ死ぬだけだ」

「お前も言っただろう! 死なないように守ってみせる! 美子も俺も刀も!!」

 言い切るより先に走り斬る!!

「ぐっ!」

 ボロ布男の防御が少し遅れた。

 刀と錫杖では、どう考えてもこちらが有利だ!!

 麗音愛の剣先はボロ布男に届いたように見えた……。

 が
 貫いたのはボロ布だった!
 逆にその布を利用して刀は絡め取られようとした。

 させるか……!!

 声に出す余裕はない
 その力に逆らうように刀を両手で持ち振り払う!

 ビリビリと身体にまとった布は破け、裂け落ちていく。
 体勢を立て直し、その布を掴もうとする身体にまた斬りかかる。

「あぁっ!!」

 この叫びは傷を負わせた叫びではなく、ボロ布が刻まれたことへの嘆きのようだった。

「この野郎!!!」

 顔と頭を包んだ布も引かれて落ちていく。

 年齢はまるで自分と大差ないような制服を身に着けた
 少女? 少年? が立っていた。

「えっ」

 麗音愛の長い睫毛が揺れた。


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登場人物紹介

咲楽紫千 麗音愛 (さらしせん れおんぬ)

17歳 男子高校生

派手な名前を嫌がり普段は「玲央」で名乗っている。

背も高い方だが人に認識されない忘れられやすい特徴をもつ。

しかし人のために尽くそうとする心優しい男子。

藤堂 美子(とうどう よしこ)

17歳 女子高生

図書部部長

黒髪ロングの映える和風美人

椿 (つばき)

後に麗音愛のバディ的な存在、親友になる少女。

過酷な運命を背負うが明るく健気。


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