第11話 これがなんの欲望か

文字数 3,818文字

 コンコン

 保健室のドアがノックされた。

 バッ! と2人とも刀と剣を構える。

(めぐむ)様、食料をお持ちいたしました」

 コーディネーターのようだ……。
 用心しながらドアを開ける。

 最初に現れたスカートのスーツの女だ。

「危害を加えることはありえませんので、ご安心ください」

 そうは言っても刀は仕舞えない。

「明日の紅夜様への余興ですが、16時の日暮れ……から開始いたします」

「16時!? 朝からなのかと思ってた」

「紅夜様も今夜はお楽しみがございますので……寵様も十分に休養をお取りください」

 これからの時間が長いことが
 吉と出るか凶と出るか……。
 運任せにしてはいけない。
 吉にすべく行動するのみ!!

「こちらの世界は紅夜様の創り上げた世界です。鏡の国ではございませんが
 国一つなぞらえて作っております。
 生ける者はおりませんが、物はそのままございます。
 外に出て……修行なんてことも可能ですよ。
 紅に染まっており大変美しい世界ですからお散歩でもいかがでしょうか」

「国一つ……」

 普通のことのように言うが、とんでもない話だ。

「さぁお待たせいたしました」

 台車に乗せた弁当類や缶詰類、水、日用雑貨などが運び込まれる。

「すごい量だけど……」

「不自由のございませんように……寵様そのお召し物……。
 男の匂いのついたものなどいけませんが」

 コーディネーターは元々秘書にしか見えないのだが
 メガネをクイッとあげ、まさにお嬢様の教育係のような事を言う。

「やめてよ! その言い方! ただ借りただけ」

 紅夜の部下らしく、身体は肉感的でスーツなのに、
 ぴったりと密着していて身体のラインがくっきりと浮き出ている。

「後ほど、お届けにあがります……先程のご寵愛でお身体が疼きであれば
 私がお清めとしてお相手いたしますよ。許可は頂いております」

「もう出てけーーーー!!」

 ビターンと椿(つばき)がドアを閉める。

「いちいち変態くさくて嫌だ!! あの女」

「……お相手って」

 戦うことではないよな……と……。

「何考えたの!?」

「いやいや」

「……疼きとか……まともに男の子と話した事もなかったのに、
 口だって……気持ち悪さしかないよ……」

「……ごめん椿……」

 この世で一番憎い、しかも父親にあんな事をされショックだろう。

 だけど、麗音愛もなんて言葉をかけたらいいかわからない。

「やだな、麗音愛(れおんぬ)が気にすることないよ! 拭けば大丈夫!
 うがいも百回はしたもん」

 ゴシゴシと体育着の萌え袖で唇を拭く。
 自分の匂いがしないかな、大丈夫かなと思いながらも
 なんだか表情がコロコロ変わって目が離せない。

 学校に通っていたら人気者になっていそうだなと麗音愛は思う。

「これで、もうさっきのはなかったことになるよね?」

「うん、消えたよ、大丈夫」

「……私、男ってあいつらみたいに汚くて大嫌い! って思ってた。
 力が強くて、いつも押さえつけられたり……殴られたり……。
 今回も最初はお話して協力してくれるように頼んだの。
 でも全員男で、罵倒されて攻撃されたり、協力するって言ったのに閉じ込められて
 身体に触れてこようとしてきて……だから髪を切ってズボン履いて男のフリしたの」

 ペラペラと話すが、内容はとんでもなく酷い。

「!! 本当に?」

「うん……もちろん私もやり返しちゃったけどね。
 だから、麗音愛の名前を見た時から女の子だと思って少し期待してたんだ。
 女の子だったらもしかしたら協力してくれるかもって思ったの」

「そうか……」

「ごめんね、だからその反動から……つい」

 祖父もその組織にいるはずなのに、腐りきった組織になっているようだ……。
 一体どんな目にあいながら生きてきたのか想像できない。

「いや、謝るべきは、ただ紅夜の子どもだっていうことで
 酷い仕打ちをしてきたこっちの組織だよ……。
 でも、そんな汚くて暴力的なことが男だって思わないでほしい……。
 優しい男もいるし、なんていうか……」

 自分の口下手さが歯がゆい。

「うん! 麗音愛みたいな男の子もいるってわかったから」

「椿……」

 出会った時のあの気迫、あの殺意
 全てが全身全霊をかけて父親を止める決意故だったのだろう。
 あんな目にあって、もう許せるのか? と聞かれたら
 自分は許せると言える。

 美子はどう思うか不安はあるが……。
 責めることはできない。
 自分の意志はこうだと決めた。

 ぐーーーーーぐぅううううう
 ぐぅうう

「わっ!」

 椿の胃が
 食べ物の匂いに反応したようだ。

「ご飯食べようか?」

「うん」

 美子はまだ眠っている。
 少し心は痛むが先に夕飯を食べることにした。
 時計を見ると22時3分。

 元の世界ではどうなっているんだろうか
 自分が帰ってこないと、心配しているだろうか……。
 それとも時間が止まったりするんだろうか……。

 届けられた荷物には
 ホコ弁のような出来たて弁当も入っていた。
 あのコーディネーター秘書が買っている姿を想像する。
 あいつらもあいつらで何者なのだろう。

「こ、これデミグラスハンバーグ弁当だって」

「うまいよね、それ」

「食べた事ないんだけど……すごく美味しそう」

「うん、食べよう」

「麗音愛は?」

「俺は……唐揚げ弁当」

「唐揚げ……食べるんだ? 普通の人みたい」

「なんだと思ってるの? 俺のこと」

 2人で笑いながら弁当を選んだ。

 2人での保健室の時間は不思議に思えた。
 あれだけ殺し合う戦いをしたのに、今は笑いながら弁当を食べている。
 椿は偏ってはいるが
 沢山の本を読んでいて、美子のために読書を頑張っていた麗音愛とも話が合った。

「美味しかった~~ごちそうさまでした」

 椿は結局1日ぶりの食事だと言い訳に
デミグラスハンバーグ弁当とチキン南蛮弁当とミートソーススパゲティと
 麗音愛の唐揚げを一個食べた。
 こんなご馳走は初めてだと驚きながら食べていた。

「ごちそうさまでした」

「あ! 美味しかったとか言っちゃった……こんな貢物」

「いいよ、作ってくれた人に罪はないんだから、あいつらとは関係ない
 美味しかったよね」

 飲みきったお茶を見て、新しいお茶を椿の横に置く。

「ありがとう……」

 椿は考え事をしていた
 まだまだ話さないといけない事は沢山ある。
 何も知らない麗音愛に伝えておかない事はいくらでもある。
 修行だってやらないといけない。

 だけど……今は、この時間が……。
 この時間を壊したくない……。

「椿? ジュースが良かった?」

「……ジュース……」

「大丈夫?」

「……うん」

 2人の距離はちょっと近い。
 保健医の1人用の机で椅子を並べて弁当を食べた故。

 椿は、麗音愛に触りたかった。

 これがなんの欲望かわかるまでにも、なってない。

 紅夜を倒すために、必死で武器を探す旅に出たが
 まさかこんなにも早く自分を見つけにくるとは思わなかった。

 狼狽した自分を何度も
 命を顧みず、あの化け物に刀を向けて助けて抱きしめてくれた。

 その温もりは本能まで安心させてくれた。
 心地よくいつまでも抱きしめてほしかった。

 学ランの肌触りと少しだけ触れる素肌の熱さが心地よかった。

 体ごとの温もりが安心した……。
 安心できる温もりが、欲しかった。

「疲れた? 具合大丈夫?」

「うん」

「横になったら?」

「大丈夫……麗音愛は?」

「俺も平気だよ」

 自分の命が終わる前に、少しくらい自分の欲望を……考えてもいい……?
 そんな事をぼんやり考えてみる椿。

「麗音愛……」

「ゴミ、こっちに」

 ふわっとした長い睫毛に、ゴミをただゴミ袋に入れる横顔に目が奪われる。

「? なんか俺の顔やっぱり変?」

「え?」

「すごい呪いだの、なんだの言われるから、そこまで酷い面なのかなーって
 確かにモテはしないけど、ヤバいのかな……」

「え……そんな」

「俺は全然! モテないけど、兄さんはカッコよくてすんごーくモテるんだよ
 生徒会長にもなってさ、ファンクラブもあったんだ。
 美子もそんな兄さんが
 好きでさ、ずっと憧れてるんだよ
 だけど……おれは全然! モテないんだよな~~~~
 あはは……はぁ言ってて虚しいかも」

「麗音愛!」

「えっ?」

「麗音愛は……かっこいいよ」

「な、どうしたの!?」

「かっこよくて、それで……見てたら、わ、わかんない」

「ん?」

「な、なんだろう?」

「えぇ???」

 なんだか恥ずかしくなって混乱する椿。

「あ、ありがとう……弁当まだ食べたいの? 
 おだてなくてもまだあるよ
 俺はお腹いっぱいだから。美子の分もまだあるし」

「ち、ちがう」

「ち、違うのか……」

 殴られたり、なじられたり
 そんな事されてもいないのに、何故か心臓がねじ切られたように痛む。

 心臓がズキズキする。

 わかって! わかって! ってエゴのような
 願いが爆発しそう。
 でも何をわかってほしいのか自分でもわからない。

「椿?」

 うなだれたように下を向く椿に不安そうに麗音愛が声をかける。

「……ありがとうね、そんな風に言ってもらえてさ嬉しいよ
 スイーツ食べる?甘味はドーナツやチョコがあったよ」

「……」

「いっぱい食べたらいいよ、俺も中学生の時いっつも腹減ってたし
 まぁ今もだけどさ。腹減るとイライラもするし成長期は食べないとね」

 いらないと言おうとしたけど、ちょっと気になる。
 なんだか麗音愛の言い方が気にかかる。

「麗音愛……なんだか私のこと中学生だと、思ってる??」

「え? あ~、あれ……いや」

 明らかに焦っている麗音愛の顔。
 椿の顔が歪む。
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登場人物紹介

咲楽紫千 麗音愛 (さらしせん れおんぬ)

17歳 男子高校生

派手な名前を嫌がり普段は「玲央」で名乗っている。

背も高い方だが人に認識されない忘れられやすい特徴をもつ。

しかし人のために尽くそうとする心優しい男子。

藤堂 美子(とうどう よしこ)

17歳 女子高生

図書部部長

黒髪ロングの映える和風美人

椿 (つばき)

後に麗音愛のバディ的な存在、親友になる少女。

過酷な運命を背負うが明るく健気。


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