第22話 微笑み涙

文字数 2,616文字

 

「あの子、まさか邪魔する気!?」

「美子ここから出してくれ!」

「無理よ!」

 母親の細剣を繰り出して、ヴィフォに体当たりする椿。
 他の術者にも、炎で攻撃をしている。

 この結界を守ろうとしているのだ。

「椿ーーーーーーーーーー!!!」

「玲央! 玲央! 今は逃げよう! 私は帰りたい!! こんなところで死にたくない!」

「それは、みんな同じだろ!? 椿だって、こんなところにいたくないはずだ!」

「だから、それはあの子の運命なんだよ!」

 運命?
 運命って?
 麗音愛は、思い切り刀を握りしめた拳で結界の壁を殴った。

「玲央ーーー!?」

 バリィイイイイイイイン!! と殴った部分がガラスのように割れる。
 そこから身を乗り出し、上昇しながらも叫んだ。

「椿ーーーーーーーーーー!! 来るんだ!!
 弓を使って飛べ!!! 早く!!! 俺が引っ張る! 早く来い!!」

「玲央なにするの!」

 乗り出した部分が結界の修復で腹部を思い切り裂き血が吹き出る。

「椿ーーーーーーーーーー!! 来い!!」

「麗音愛……」

 上空から雨のように、麗音愛の血が椿の顔にかかった。

「寵様!!!」

 沢山の部下が椿の元へ走り来るのが見える。
 最初は麗音愛達に攻撃をしようとしていたのが今はもう椿への捕縛へと動いている。
 それは椿にもわかった。

「麗音愛……」

 椿はぐっと胸元の珠の首飾りを握りしめる。
 麗音愛の第ニボタン。

 優しい笑みを思い出す。
 昨日の優しい花火が、胸元で咲いた気がした。

「椿ーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

「麗音愛!!!」

 椿はルカとカリンに思い切り火炎を浴びせると
 弓を構え飛び立った!

 麗音愛はもっと身を乗り出し、止めようと足に抱きつく美子も気にする余裕もなく
 思い切り手を伸ばす。

 血だらけで、ボロボロの椿が手を伸ばしてくる。

 泥だらけ、傷だらけ、自分のジャージを着て
 ボロボロの布に包まれて、でも瞳はキラキラして……椿の瞳が濡れている。

「あと少し!」

 椿の手を握って引き寄せた瞬間、麗音愛はぐっっと堪えきれず血を吐いてしまう。
 麗音愛の血だらけの口元を手のひらで、椿が拭った。

 そのまま両手で麗音愛の頬を、包むように触れる。

「椿……」

「麗音愛、ありがとうね」

 椿がにっこりと、瞳を細く微笑んだ瞬間。

 溜まっていた大粒の涙が落ちていく。

 キラリ輝く涙。

 椿は麗音愛に頬ずりをした。
 2人の頬が触れ合う。
 血だらけの頬。だけど温かい。

 落ちる涙。

 麗音愛は、椿の身体を抱き寄せようとした。

「ありがと……」

 耳元で囁かれ、

 今、確かにしっかり抱き締めたはずなのに、椿はバイバイと手を振ると
 腕の絡みから離れて、一気に落ちていく。

「つば……」

 もっと身を乗り出しても指先はもう届かない。

「椿!? 椿!! なんでだよ!!!」

 椿は答えず、泣いたまま、ヘヘっと笑って……落下していく。

「下がって玲央!!」

 無理やり穴から剥がされた麗音愛はドスンと結界内に倒れ込む。

「何考えてるのよ!!!」

 美子はまた護符を取り出し、必死に詠唱をしている。
 透けた結界から、降りた椿が見える。

「あの子が選んだんでしょ自分で! 傷は大丈夫なの!? 無茶苦茶だよ」

 美子が怒りながら言う。

 降りた椿は……戦っている。
 抵抗している。

 ――違う、違う違う違う

 自分達を逃がす為に、選んだだけで椿が選びたかったわけじゃない。

「もう私達には興味ないみたいだから、このまま帰られると思う
 このままおとなしくしててよ!」

 運命ってなんだ

 知らなければ良かった?

 だけど自分は知ってしまった。
 強い力に抵抗して戦う少女を。

 1人でも、酷い環境で育てられても彼女が行動したのは、見知らぬ誰かのためで。

 あんなに純粋な少女の過酷な運命。

 そんな事になったら殺してくれと頼まれた約束を
 断って、そんな事には絶対させないと誓ったはずなのに
 自分達を逃がすために、あの涙の笑顔。

 優しい頬ずりがの温もりが、今までの戦いで受けたどの傷よりも自分の心を切り刻んでいく。

 知らないままでなんて、もういられない。
 あの子を見捨てたら、自分はもう自分でいられない。

「美子、向こうへと繋がった瞬間、俺に教えてくれ」

「え? 私も、こんな状況は初めてだから……」

「じゃあ十分、向こうに帰れたと思ったら教えてくれ」

「どうして……?」

「俺はまたここに戻る、椿を連れて行く」

「なんで……どうしてそこまで……」

「早く向こうへ繋げてくれ!!!」

「そんなこと言われても……」

 グンッと魂が引き伸ばされる感覚が2人を襲った。
 何かから出たという引っ張られる感覚がある。
 紅い世界から出る扉から出る・出られる……!

 出られる……!
 その感覚に美子は喜び、そこへ手を伸ばし泳いでいく。

 麗音愛は、抵抗した。
 流れる光の、戻そうとする、全ての力に抵抗する。

 紅い世界に無理やり手を伸ばし、そこに留まろうと捕まった。
 大量の水が襲いかかるように、麗音愛を無理やり引っぱっていく。

 それは自分を世界に戻そうとする祖父達の愛なのかもしれなかった。
 それでも麗音愛は抗った。

 引きちぎられる痛み。

 そんなもの、こんなものに乗り込んだ自分への罰だ。

 どうして乗った。

 あの子を裏切った。

 ありがとうなんて、言われる事はしていない。

 みんな優しい、誰も自分を嫌わない世界。

 でも、それは無関心っていう事なのかなと
 少しそれに気付いていた。

 寂しい呪いに少し気付いていた。

 自分はいても、いなくても変わらないんじゃないかって。

 人と深い付き合いもできなくて漂うような存在だった。

 だから
 昨日会ったとか、そんな事は関係ない。

 たった1日だって
 17年生きてきたなかで

 あの子は自分と話をしてくれた。
 戦って…………弁当を食べて、花火をして、一緒に戦って

 笑い合って……
 心と心が通じて
 命の温かい温もりを感じた。

 見てー! と花火をした時の椿を思い出す。

 ありがとうって自分が言わないと
 必ず守るって
 自分は決めた。

 死ぬことなんて怖くない。
 この呪怨のように成り果てるだけ、
 そうなったら自分もこの刀になって永遠の地獄まで付き合えばいい。

 その前に謝らないと
 だから、もう一度会わせてくれ!!!!

 全身を剥がされるような痛みが襲う。
 今まで無理やり修復してきた身体からまた血が吹き出て崩壊しようとする。

 それでも!!!

 引きちぎられそうな腕に必死に力を込めた。

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登場人物紹介

咲楽紫千 麗音愛 (さらしせん れおんぬ)

17歳 男子高校生

派手な名前を嫌がり普段は「玲央」で名乗っている。

背も高い方だが人に認識されない忘れられやすい特徴をもつ。

しかし人のために尽くそうとする心優しい男子。

藤堂 美子(とうどう よしこ)

17歳 女子高生

図書部部長

黒髪ロングの映える和風美人

椿 (つばき)

後に麗音愛のバディ的な存在、親友になる少女。

過酷な運命を背負うが明るく健気。


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