第16話 紅イミテーションの空の下で

文字数 3,298文字

 
 麗音愛の事も聞かれたが
 とりあえずはこの刀の名前が晒首千ノ刀ということ。

 亡者達の怨念が自動的に麗音愛を守ったり攻撃をすること。

 ある程度は麗音愛も変化させ使えることができること。

 毒のような作用もあるようだ。

 麗音愛の足元から
 ぐちゃぐちゃと黒い溶岩のような蠢く沼から
 手や牙、怨念こもった首のようなものが湧き出て消える。

 その様を見て美子は声も出ない。

「玲央……あなた精神的なものは大丈夫なの?」

「ん? まぁそこそこ、なんか変化あるかな? わかる?」

「あるの……?」

「まぁ、多少はね」

 能天気を装ったが、逆に不気味に見えただろうか。

「そんな……」

「どっかおかしい? どうしてわかったの?」

「う、ううん……そういう侵食みたいなの、よくあるじゃない
 そういう漫画とか小説でも読んだことあるし」

「俺にもわかる、闇落ちしちゃったよ、みたいなね」

 ゆらゆらと無数の手が伸ばされ、それを麗音愛は弾き消した。
 ドンと踏み潰すと黒い霧のように消えていく。

「玲央……」

「大丈夫、もう考えたって仕方ない。
 だけど、俺が変わってしまったらゾンビみたいにでもなる時が
 あったら……椿に成敗してもらうよ」
 
 不釣り合いに微笑む麗音愛。

「玲央やめて!」

 美子が叫ぶ。

「ごめんごめん。そんな重く考えなくていいよ。大丈夫! 
 もともと咲楽紫千の刀なわけだし戻ったらじいちゃんに聞いてみるよ!
 よし! 椿、少し戦う練習をするかー」

「あんまり、黒いの出さないでよ」

 遠巻きに2人を見ていた椿が冗談めかして言った。

「努める」

 麗音愛と椿はグラウンドの真ん中へ駆けていく。


 今日もしかしたら死ぬかもしれない、それなのに麗音愛のあの落ち着き……。
 もう変化は起きているのか。
 それでも玲央に刀を置いてもらうことはできないと思うと美子は唇を噛んだ。


 細剣と刀、当たれば死ぬ武器で斬り込み合う2人。

「さっきの話だけど!」

「んぁ!? なに!」

「成敗とか! 無理だから!」

「え!?」

「麗音愛を成敗なんてできないよ! あてにしないで!」

 椿の身のこなしはアクションスターか、という軽さ。
 歌って踊って戦うミュージカル映画かのように細剣を操る。

 やはり刀で相手をするのは、とんでもなく厄介だ。
 よく昨日は死ななかったものだと思う。
 やはり殺す気まではなかったのか。

「ゾンビになったら頼むって!」

「いーーーや!」

「美子を襲ったりしたら困るから!」

「!」

 椿の剣の鋭さが増し、麗音愛の隙を狙う。

「うわ!」

 背後から飛び出た呪怨の牙が椿に向かうのを、麗音愛が自分で叩き落とす。

「あぶね―!」

「麗音愛、危ないよ!」

「今の隙の狙いも危なかった!」

「特訓だもん! じゃあ交換条件!」

「ん?」

 何の話だったっけ? と止まる麗音愛。
 そう自分がゾンビになったなら……。

「私が、あの男に囚われるような事があったら命を断ってほしいよ」

 突然の衝撃な願いに、刀を降ろしてしまう麗音愛。

「死ぬより辛い、わかるでしょう?あいつの話、一緒に聞いたよね」

 紅夜の計画……。
 自分の娘を……口にも出せない悍ましさ……。
 受け入れる人などいないだろう。

「そうならないように、する」

「え?」

「そんなことにはならない、させない。
 ……だからそんな約束しない」

「……」

「絶対、させない」

 自分の語彙力に情けなくもなるが精一杯、これだけは伝えたい。

「……」

「えっと……」

 椿に無言でじーっと見つめられ、やっぱり間違えたかなと不安になり始める。

「ふふっ!! うん!! じゃあ麗音愛もゾンビにならないでね!!
 私は嫌だからね!」

 にぱーっと笑う太陽のような椿の笑顔を見ると何か安心した気持ちになる自分に気付く。

「え、そこは交換条件にならないの?」

「ならない! ほら練習! 燃やすよ! ほら!」

「おい! 椿!」



「遊んでるみたい……」

 遠くから2人を見守る美子。
 なんだか、イラつく。

 どうしてだろう、麗音愛の眼差しが、笑顔が自分以外に向けられるのを初めて見たからか。
 苛立ちもあって大声で叫んだ。

「玲央! 椿さん! 私、保健室に戻っていいー!? 少し気分が……」

 すぐに麗音愛が走ってくる。

 呼んだらいつも、来てくれる、自分の幼馴染。
 そう思うとイラつきが少し落ち着いた。

「大丈夫? 俺もついていくよ」

「ううん、特訓を続けて? 
 ごめんね怖くて気分が……保健室で少し横になりたい」

「椿に、結界を張ってもらうよ」

「ううん! 余計な力を使わなくていよ、図書室に本を探しに行くかも
 何か……作戦のための。
 だから、いちいち動いたとか気にしてもらうのもきっと疲れるんじゃないかな?
 だから構わなくていいよ」

「でも……」

「心配してくれるの?」

「そんなの、当たり前だろ」

「どうして……?」

「どうしてって……」

 紅い空でイミテーションなのに風が吹く。
 2人の髪が揺れる。

「ううん、いつもありがとう玲央」

 自分には好きな男がいるのに、自分を追ってきてくれる男は離したくないのか。
 美子はそんな考えを浮かべ掻き消した。

「礼なんて言うことないだろ」

 いつものように微笑んだ麗音愛の笑顔が、美子の胸を打つ。

 ドクン、ドクン、ドクンドクン

 当たり前のように当然に、平均的なこととして日常にどれだけ繰り返したか。

 見慣れた幼馴染の笑顔が、何故かとても綺麗で儚げででも強くもあり
 男性的で女性的で、どちらともいえない美しい表情に見えた。

「玲央……?」

 本当に幼馴染なのか? と疑ってしまうほど見惚れてしまった。

「うん? 本当に大丈夫? 顔……赤いよ、熱……?」

「! あ、うん。私貧血かな……横になってくるね」

「美子」

「大丈夫! 1人で」

 ドクドクと鳴る胸を押さえながら、歩き出す。
 一体何が……ぎゅっと胸を押さえる。

 振り返って見れば
 そう、いつもの幼馴染だ。

 この紅い空のせいか
 眠らされた薬の幻覚か何か、死ぬかもしれない恐怖で高ぶって
 想い人とその弟を重ねてしまっただけだ……。

 兄弟だもの、似てるんだ
 そうだと自分を納得させながら歩いていく。幻だ。

 ふらふらと歩いて行く美子を遠目で見守る麗音愛に椿が近づく。

「美子さん、大丈夫?」

「うん……」

「……一緒に行かないの?」

「うん……1人で大丈夫だって」

 また長い睫毛が愁いに揺れる。
 その綺麗な横顔を椿は見つめた。そして自分の母を思い出す。

 母親の篝は人間としての最高の美貌の持ち主として不幸にも紅夜に目を付けられてしまった。

 狂ってしまったと話に聞く母しかあまり覚えてないし
 一緒にいられた時間も短かったが死に際の美しさだけは心に残っている。

 恐ろしい程の際立つ美しさ。
 朽ちる前の強烈な華の香りのごとく、涙を流し狂う母は美しかった。

 首元を切り血を流す姿ですら、美しかったのだ。
 この細剣の細やかな彫刻や美しい色石が紅に染まって……。
 白い頬はますます白く、流れる涙こそ宝石のごとく……。
 唇から滴る血……。
 
「椿?」

「あ……」

「どうした?」

「ううん……ただ……。ただ……麗音愛が綺麗だなぁって思ったの」

「ま、またそんなバカなこと」

「とても綺麗、あなたは」

 笑いながら椿は、そんな事を恥ずかしげもなく言う。
 いや、少し恥ずかしかったのかもしれない。
 あははと笑ってグラウンドに駆けていった。

 どうしたら、そんな風になれるんだろうと麗音愛は思う。

 素直に、自分の心を気持ちを伝えられたなら――。

 いつからだろう、どうせ誰も気に留めないから
 自分の心を話す事なんて忘れていた……。 


 麗音愛も椿の後を追う。

「麗音愛?」

「いや、頭ぼーっとしちゃうな、お互い。また練習するか!」

「うん、お互いってなに」

「お互い~俺も椿もさ」

「私ぼーっとなんて、してない!」

「あはは」

 まだ何を言っていいのかわからない。
 何を伝えたらいいか、わからない。
 自分の気持ちもわからない。

 だってまだ若くて
 確かなものなんて、なにもない。
 どろどろで、どろどろで……。

 再構築する前の(さなぎ)だから、全てが溶けて混ざる。
 伝えたい気持ちも言葉も溶けて混ざる。

 そして時間は止まらず、闘いへ進んでいく。

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登場人物紹介

咲楽紫千 麗音愛 (さらしせん れおんぬ)

17歳 男子高校生

派手な名前を嫌がり普段は「玲央」で名乗っている。

背も高い方だが人に認識されない忘れられやすい特徴をもつ。

しかし人のために尽くそうとする心優しい男子。

藤堂 美子(とうどう よしこ)

17歳 女子高生

図書部部長

黒髪ロングの映える和風美人

椿 (つばき)

後に麗音愛のバディ的な存在、親友になる少女。

過酷な運命を背負うが明るく健気。


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