第2話 襲撃!夕暮れに、珈琲の香りは射たれ

文字数 2,771文字

 
 デフォルトの携帯電話の呼び出し音が、部室に響いた。

「電話……私?」

「あ、俺だ……ん? ……じいちゃんだ」

 『遅くなりすぎたかな!?』と
 内心少し焦るが『約束は破ってはいない!』そう強気で通話ボタンを押した。


「はい」
『麗音愛!!』

 ビクッとする祖父の怒鳴り声。

『麗音愛! 今どこだ!?』

「え? がっこ……」

『刀は持っているか!?』

「え? うんじいちゃ……」

『それを抜いて戦え!! お前ならできる!!』

「えっ?」

『すまん!! 儂らで止めることができなかった!! すまん! 今からそこに現れる!!』


 ビリビリと緊迫した声は一気に麗音愛を恐怖に落とし込む。

「じいちゃん!? 何が来るのさ!?」

『すまん!! 今ここを始末してすぐに駆けつける!
 守ってくれお前自身を!!
 その刀はできれば渡すな!!
 麗音愛!! すまない!! どうかどうか!!』

「じいちゃん!!」

『麗音愛死ぬな!! 自分を守ってくれ!』

 ブツリと切れる通話。
 ドクドクと耳の鼓膜を揺さぶる脈が心臓と全身を飛び跳ねる。

 何か大変なことが起きて、祖父が大変な目に合っている。

「どうしたの?! おじいさまがどうかしたの!?」

 なんなんだ、一体なんなんだ

 祖父は今大変な状況だ。

 でも……なんと言っていた??

 そこに 現れる

 ここに……?

 何かがくる

 なぜ俺に死ぬななんて……言うんだ……。

 恐怖で冷たい汗が一気に吹き出した。

「美子逃げるぞ!!」

「え!?」

「早く!!」

 麗音愛は美子の手を掴んで図書館を飛び出した。

 暗い、暗い、暗い、暗い廊下。

 図書館は5階の角にある。
 玄関に向けての長い廊下を走り出した。
 何が来るんだ。

 激しく脈打つ心臓が追いかけてくるようだった。
 兎に角、今は此処を離れて自宅へ戻る! 美子も家へ帰す!
 帰巣本能なのか、それしか今は思いつかない。

 強引に引っ張るように5階の廊下を突っ走る!!!
 真っ暗な廊下を、足がもつれても走る!!

 それが瞬間、まるでスローモーションのように感じた。

 そして廊下もまるで光が溢れたかのように真昼のように全て見えた。

 そして麗音愛には、はっきりとわかった。

 来ることが。

 そしてもう一つ、はっきりとわかった。

 それが最悪のものだということが。

 フラッシュのように光る廊下!!

「きゃあああああああ」

 激しく耳を突き刺す破壊音。

 次つぎと5階の窓ガラスが割れていく。
 麗音愛は美子をかばい抱きしめた。

 不快に何かが突き刺さる嫌な音が割れるガラスの音に交じっている。

 襲撃されている!? 何かに狙われている!

「矢!?」

 教室の壁には矢が刺さり続けた。

「教室に入るぞ!」

 真っ暗な教室の扉を開け飛び込み美子を抱きしめる。
 ガクガクと震える美子は何か言おうとしながらも震えでしゃべることができないようだ。
 必死に身体を縮こませ、貫通するような勢いの矢から身を守ろうとした。

「……」

 ガラスが割れる音は静まる。

 2人は本能的に息の音も抑えるように細く吐く。

 さっきの感覚はなんだったのか……。

 最悪なものがくる

 自分を追ってくる。
 自分を……奪いにくる。

 自分を……?

「こわい……お母さん……うぅっ」

 美子は外国からのミサイルが飛んできたとでも思っているのかもしれない。
 でも、そうではないのがわかる。

 祖父の電話もあるが自分のなにかが告げている……。

 恐怖で震える身体と破裂しそうな心臓が
 そしてこの背中の刀が……。

 爆撃のような音は止んだ。
 カラカラと崩れる壁やガラスの音、そして恐怖に怯える呼吸と動悸。

「……終わった……?」

 ぐっと麗音愛の胸元を美子は引っ張ってしまう。
 抱きついたまま手がこわばって動かせないようだ。

「いや……まだだ」

 キラリと真夜中に降る雪のような煌めきが見えた。
 それが細い金属……剣だということに気付くのに3秒の時が過ぎた。

「――お前のその刀……奪いに来たぞ」

 その切っ先は確かに、自分の眉間の先にある。

 煩く激しく心臓が動く。打つ。
 たった、たった10分前は、違う意味で激しく動くはずだった。
 暗闇で幼馴染と2人、お互い抱き合って……。
 それが、死に直面する事態になるだなんて、どうして想像できただろうか。

「――情けない……」

 細い金属を目の前に突きつけられていても、その声には違和感を覚える。

「自分の刀すら、自分で持たず……守られ……情けないとは思わないのか」

 低い、かすれた声。 
 暗い暗い教室で、影しか見えない。

 だけど、人間だ。

 そして、麗音愛に向けられていた刃が、
 何故か抱きしめ、隠している美子に向いている気がする。
 ガクガクと美子は震え、その男の言葉を理解もできていないようだ。

「――さらしせんれねあ……少し期待していた。強い女だったら、と……。
 でも無駄な希望だった……おい、お前、そこの……その刀を渡せ」

「……」

「お前の主人、さらしせんれねあ……はもう、戦える状況でもないだろう」

 ぐっと手が剥がせない麗音愛の胸元のシャツに美子はまた力を込める。

「――おい、その刀を渡せ……ん……?」

 麗音愛は自分の胸元を握りしめる美子の手をそっと握った。

「お前も……女か……? 男の格好をしているから勘違いしたが」

「……俺は男だ……」

「――男……??」

 さらりと麗音愛の髪が揺れる。

 麗音愛は
 見目麗しい美少年なのだった。

 通った鼻筋
 潤む瞳は睨みを利かせても輝いている。

 まつげは濃く長くビロードのようで
 肌は滑らかで、絹糸のような髪は艶があり
 唇も美しく整っている。

 すらりとした手でまた美子の手を握りしめた。

「そして俺が咲楽紫千麗音愛、れねあじゃない……れおんぬだ……」

「――なんだって……?」

「俺が……咲楽紫千だ……」

 さーーっと月明かりが教室に入る。
 明かりに照らされた麗音愛は、光るような美しさだった……。

 数秒が長く感じられる。

「――女の後継者だと、少し咲楽紫千に会うことを期待した私がバカだった……」

「……」

 月明かりに照らされた襲撃者はボロ布をまとった風貌だ。

 顔も布で覆われゾッとする姿だ……。

 朝に工事現場で見た男……!

 幻ではなかった。

 だが
 細い剣の切っ先は相変わらず麗音愛に向けられているが

 今の会話……。
 少し話ができる相手なのかと麗音愛は期待した。

「……頼む……この子は関係ない……」

「――」

 話を聞いてくれている! ぎゅっと美子を抱きしめながら
 麗音愛は必死に頼みかける。

「この子だけでも逃してくれ!! 何も関係ない!!」

「――」

 きっと美子だけは助けてくれるはずだ!
 そう思えた。
 化け物じゃない、話ができる人間だと麗音愛は思った。

「ならお前が守ればいい。死なないように――!」

 ひゅんっと風を切る音がした。

 それは人を斬る音、殺す音。
 麗音愛が初めて聞いた殺意の音だった。


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登場人物紹介

咲楽紫千 麗音愛 (さらしせん れおんぬ)

17歳 男子高校生

派手な名前を嫌がり普段は「玲央」で名乗っている。

背も高い方だが人に認識されない忘れられやすい特徴をもつ。

しかし人のために尽くそうとする心優しい男子。

藤堂 美子(とうどう よしこ)

17歳 女子高生

図書部部長

黒髪ロングの映える和風美人

椿 (つばき)

後に麗音愛のバディ的な存在、親友になる少女。

過酷な運命を背負うが明るく健気。


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