第1話 託された刀・日常に溶け込む違和~

文字数 4,368文字



 「なんだか変な事になったな」

 咲楽紫千麗音愛(さらしせん れおんぬ)
 17歳・男子高校生は
 日本刀を背中に担ぎ、車から降り立つ。
 
 祖父に、『これを今日持っていてくれ』と言われ頼まれた。
 白鞘、休め鞘にびっしりと筆字で呪文のようなものを書き込まれた刀――。

 見た瞬間に真っ赤に染まったように見え、ゾッと寒気が走った刀。

 しかし普段優しい祖父が強い意志を見せて、そういうのだ。
 麗音愛は反論せずに、ぐるぐると布に包み竹刀袋に入れて背中に担ぐ。
 
 『そんなに固くならんくても、大丈夫だ。ただ持っていればいい』 

 学校へ行く用事があると言うと、祖父が兄の剣一が車で送ってくれるといった。

「兄さん、この刀は一体なんなんだろう?」

「さぁ? じいちゃんの言いつけだし。持っててやればいーじゃん」

 兄の車はやけに陽気なポップがかかっていた。
 今の神妙な気持ちには合わない。

「まぁ、それでじいちゃんが安心するならね。でも、こんな刀が家にあるなんて知らなかったよ」

「ん? あぁ~そうだな~俺も~」

 真面目に聞いていないような返事だ。

「持ったら寒気がしたんだ」

「はは……呪われるなよ玲央」

 麗音愛は自分の名前で揉めた過去があり、今は生活上では玲央と呼ばれている。
 ふと、兄の鼻歌が止まった。

「あ? この先、工事中で入れないってよ」

「じゃあ、ここでいいよ」

「おう、帰りも迎えに来る」

「え?」

 高校生と大学生で、最近は兄弟でも話す機会はそんなになかった咲楽紫千兄弟。
 兄は遊び人のリア充で、くだらない動画なんか笑って見せてくるくらいの関わりだ。

 それなのに、急に心配性のような兄の態度に戸惑う。

「いいよ別に」

「来るから、電話しろ。それ持ってたら捕まるぞ」

「あ、そっか。わかった。ありがとう」

「おう、肌身離さずって言ってたぞ。頼むな」

「ん、うん」 

 麗音愛は、刀とともに車から降りる。
 今朝の祖父もだが、バタバタと出ていった寡黙な父もキャリアウーマンの母も
 なんだかいつもより空気が張り詰めているような……そう感じた。

 そして、兄からも……何かを違う空気を感じる。

「じゃーな」

 バカでかい車がUターンして走っていった。

 数年の年の差を大きく感じながら麗音愛は、校舎へ校門へ向かって歩きだす。

 工事でアスファルトが剥がされ通行止めだが
 ここはもう校内の道路で創立記念日の今日は誰も人はいなかった。

 不気味な刀は、歩くとより重く肩に存在を感じる。

 そこまで広くない工事現場に
 不釣り合いな大きなショベルカーが置いてあった。

 少年のサガか。つい、興味で見てしまう。

「えっ……!?」

 しかしそのショベルカーの足の影に、ボロボロの布に包まれた
 人間のような物体を目にして麗音愛の背筋は凍りついた。

 二度見たが、やはりボロ布はそこにある。

 そういえばマンションの張り紙に
 『夜道の不審者に気をつけて!ボロ布を巻いたような不審者情報があります』
 と書いてあったのを思い出す。

「……あの不審者……?」 

 この学園に入るまでは私立故に、庭が広く玄関までも遠い。

 少しボロ布が動いた!

 やはり、生きている……人間なのか?
 麗音愛は冷や汗が出た。
 しかし麗音愛には自分で認識している特徴があった。

 地味で目立たない。
 人に気付かれない。
 ここにいるのに気付かれない。
 割と背も高く、そこそこ注目される事もあるはずなのに、スルーされたり、忘れられる事がほとんどで、誰かに興味を持たれることがない。

 それは嫌な意味合いの方が多いが、こういう時には役に立つはずだ――!
 このままとりあえず見つからないように学校に入り込み通報だ。

 と慎重に歩いていたが
 もぞっとボロ布男が動いた気がする。

 冷や汗と、動悸がした。

 もぞ……とボロ布が揺れる。
 やはり動いた!!

「うわ……!」

 あれは、ただの浮浪者ではない!
 直感でヤバイのがわかる!
 麗音愛は恐怖に耐えかねて走り出した。
 走ると刀が背で暴れる。

「美子(よしこ)や此処の人達に何かあったら……!
 早く警察に……!!」

 校門に入ると影に隠れた。
 携帯電話を取り出し通報する前に
 またショベルカーの方を確認したが、そこにはもう積み重ねられた土しかなかった。

「見間違えか……?」

 それでも心臓はまだ激しく動いている。息切れもしている。
 姿だけを見て、こんなに恐怖するなんて、一体なんだったのだろうか。

 何か今日はおかしい。
 休日に幼馴染のいる図書部の手伝いをしに行くというも少しだけおかしい。
 でもそれ以上に、そこへ刀を持っていく、というところから格段におかしい。

 そしてあのボロ布男……奇妙な1日はもう始まっているのか――。

「とりあえず通報してもらおう、被害があったら大変だ」

 ハッと思い出し、麗音愛は玄関へと急ぐ。
 群れたカラスがギャアギャアと騒がしく喚く。

 何か焦げたような臭いが、鼻を刺した。

◇◇◇

「それで、おじいさまから預かってきたんだ……」

 セーラー服にエプロン姿の女子は図書館の中で大量の本に囲まれている。

 竹刀袋を背負った姿に驚いた彼女に、
 とりあえず朝からの流れをざっと説明したところだった。

 ――不安にさせても、とボロ布男の事は言わなかった。
 用務員室に一応行き、警察に連絡してくれるようには言ったが、適当にあしらわれたのでどうなったかはわからない。

「だから、そっちには刀が引っかかりそうだから行けそうにない」

「いいよ、大丈夫」

「片付ける時は俺がやるよ」

「ありがと、タケル」

「えっ」

「あっ……」

 その瞬間に『部長!』 と呼ばれ美子(よしこ)は『あは、ごめん』と行ってしまった。
 久々に懐かしい名前で呼んでくれたな……と麗音愛は思う。

 美子(よしこ)は麗音愛の幼馴染だ。
 祖父が家で道場をしていた時は隣の家、
 道場を閉めマンションを建てた今は少し離れた一軒家に住んでいる。

 図書部部長。綺麗な黒髪ロングの和風美人だ。
 いつも一緒に遊んで成長したけれど、子供の頃に麗音愛が自分の名前が嫌だと美子に打ち明けた。

 美子(よしこ)は麗音愛の名前がお姫様みたいで羨ましいなと思っていたのだが
 辛そうな顔を見て『じゃあ、新しい名前を決めようか』と美子が提案した。


 新しい名前は『タケル』なんとなく、かっこよくて男らしかったから。


 でも、その名前を聞いて母親が激怒したので結局二人だけの秘密の名前になり
 家族会議の結果、玲央と名乗るようになってからはもう過去の名前になっている……。
 中学生からはお互い苗字での呼び合いだ。

「咲楽紫千君! こっち手伝って~~~」

「はーい」

 今日は創立記念日だというのに、図書部は棚替えの大仕事の1日だ。
 まぁそこは高校生、本を運んだり、データを入力したりそんな仕事でもそれぞれが笑って楽しそうだ。

 実はまだ2年生の美子が図書部部長を務めている。
 それまで無理やり人数を集めていた図書委員が
 美子のアイデアで女子達の評判を呼び、部活にまでなってしまった。

 高校に入学してからは、いつものように話をするという関係ではなくなってはいたが
 麗音愛は部になる時も不安な美子の応援をした。
 それからは男手が必要な時には手伝いをする約束をしている。

「咲楽紫千、その棒降ろせば? なにそれ? 剣道部だっけ?」

「これはちょっと……」

「事情があるんだって、だから触れずにいてあげてー」

 まさか、こんな作業の日にこんな刀を背負う事になるとは。
 台車に麗音愛が、本を積もうとしたその時、たまたま後ろにいた女生徒の足に軽く触れた。

「ひぃっ!!」

「あ!! ごめん!!」

 女生徒の悲鳴に皆が注目した。
 麗音愛も焦る。

「どうしたんですかー?」

 冤罪だ!! と麗音愛はますます焦るが

「なんかさーその棒に当たったらゾクッとしたぁ!!」

 女生徒が笑って言うので皆も笑い、麗音愛もホッとする。
 痴漢の疑いでもされたのかと思った。

 しかし、悲鳴まであげるほどの寒気とは……。
 朝の真っ赤に染まって見えた時を思い出す。

 考えたら怖くなると、麗音愛は首を振ってまた作業を始めた。

 ◇◇◇

「すみませんお先に失礼しまーす」

「はーい」

 明日もまた土曜日で休みなので部員は1人減り1人減り……
 最後の女生徒もデートだと帰っていった。

 カチャカチャと美子のタイピングの音が図書室に響く。
 本のリストをまとめているようだ。

 集中すると没頭する性格なのも知っている麗音愛は特に何も言わず、できる範囲で本を本棚にしまっていた。

「ん? きゃ!! もうこんな時間!? 6時半過ぎてる!!」

「……あ~ほんとだね」

「え!? いてくれたの!?」

「俺、先に帰るなんて言ってないよ」

「そうだ……そうだよね。ごめんなさい!! 部員でもないのにずっと」

「いや……まぁ暇だし」

「おかげですごく助かっちゃった!
 お礼しないとね、何がいいかな」

 確かに健全な高校生男子が1日休日を潰してすることではない。

 気づけば夕陽すら落ちかけ
 図書室のなかはまるで灰色になっていくような
 全ての色が、失われていくような
 そんな色彩が降りてきていた。

「とりあえず、電気つけるか」

「うん」

 蛍光灯に照らされ微笑む美子の顔を見るとドキリとしてしまう。

「部室でコーヒー飲む? 今度ケーキ食べに行こうか」

 まったくこの幼馴染は自分を男となんて1ミクロンも思っていない。
 清々しいほど無防備だ。

 多分、部員全員にも、祖父にも同じように言うはずだろう
 そう思った時、ふと祖父の顔を思い出す。

 ほのかに好意を寄せる女の子と2人きりなのに祖父を思い出すなんて、と思うが
 今朝のあの神妙な顔……。

 そして、なぜか重い重い刀を1日中担いでいたが
 その重さも忘れるように今では背中に馴染んでいる。

 まるで重さも感じない……。
 こんなことがあるんだろうか?

 ただ首筋がヒヤリとするような感覚はずっとあった。
 まるで刀を首筋にでも当てられているような……。

「……どうしたの??」

「あ、ごめん……そう言えば迎えに来てもらわないといけないんだった。」

「そうだよね、本当にごめんなさい。こんな時間まで」

「違う、俺が勝手に手伝っていただけだから! 美子は悪くな……藤堂(とうどう)は悪くない」

 慌てて名字に言い換える。恥ずかしさから目をそらしたので
 美子がどんな顔をしていたのかはわからなかった。

「いや! 7時くらいにってメールしとくからさ、コーヒーもらってもいいかな?」

「もちろん! 先生からの差し入れのクッキーも食べよう!」

 だって高校生だもの、そんなキラキラとした甘酸っぱい時間があっていい。あるべきだ。

「ねぇ彼女できた?」

「いたら、こんな手伝いに来ないだろ」

「あはは、確かに、うふふふ」

「笑いすぎだろ」
 
 2人で笑う。
 だが、そんな幸せな時間は携帯電話の着信音で終わる。
 残酷な時間が始まってしまった――。
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登場人物紹介

咲楽紫千 麗音愛 (さらしせん れおんぬ)

17歳 男子高校生

派手な名前を嫌がり普段は「玲央」で名乗っている。

背も高い方だが人に認識されない忘れられやすい特徴をもつ。

しかし人のために尽くそうとする心優しい男子。

藤堂 美子(とうどう よしこ)

17歳 女子高生

図書部部長

黒髪ロングの映える和風美人

椿 (つばき)

後に麗音愛のバディ的な存在、親友になる少女。

過酷な運命を背負うが明るく健気。


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