第12話 君の微笑み華火

文字数 3,390文字

 
 中学生疑惑をかけられ、椿の顔が歪む。

「私のこと何歳だと思ってるの?」

「えっ、えーと中学生……では、なかった……みたい?」

「ちゅ!! 17歳だよ!」

「え!!! あ、うん、そうだよね、あはは」

 完全に焦っている麗音愛。
 子ども扱いされていたのかな……と、また胸の痛み。
 麗音愛は驚きながらも中学生にドキマギしたわけじゃなかった良かったと安堵もしていた。

「じゃあ同じ年齢なんだね」

「うん、今日生まれたの私」

「今日?」

「うん、今日」

 なんにもないことのように言う椿に今度は麗音愛が驚く。
 美味しいとドーナツを頬張る。
 今日は晴れだね、うん、というような会話。

「今日、誕生日なの?」

「うん、だから、あの紅夜が目覚める時を感じたんだと思う」

 自分の花嫁にすると言ったようなものの紅夜。
 娘が成長するのを待っていたんだろうか……。

 ハッとして保健室の掛け時計を見ると23時15分

「お祝いした!?」

「お祝い?! まさか」

 どうして、と聞くのをやめた。
 椿が生まれたことを喜ぶ人は、母親はどうだったかわからないにしろ
 その後はいなかったんだろう。

 麗音愛は、ずっと誕生日は家族からお祝いされてきた。
 思春期もあって、しなくていいよと言っても
 大きなケーキも買って家族も集まってプレゼントも貰って、恥ずかしい誕生日会。
 携帯電話で飾りの写真を撮って兄がSNSにアップして……。
 ちょうど日付が同じ1ヶ月前だった。

「どうしたの?」

「お祝いしようよ」

「え? お祝い? 祝う? 生まれた日を?
 そんな必要ないよ……生まれてきた事を反省しろって言われる日だからあんまり好きじゃない
 今日も散々だし……それは今日の麗音愛もそうだよね……散々日残念日?」

 あはは……と笑う椿を前に
 麗音愛は衝撃すぎるショックを受けた。

「ここに錫杖の結界を張れる? 気休めでも一応」

「え? うん、破られる時は私、分かる。あと中の人の動きも」

「じゃあ張ってもらっていい? もし美子が動いたら教えてほしいけど」

「うん??? いいよ」

 唐突な話に椿ははてな顔。
 それでも錫杖を取り出して素直に結界を張った。

「じゃあ行こう!」

「え!?」

「早く!」

 麗音愛はうながすように椿の肩を叩く。
 保健室のドアを閉めると、廊下を走り出す。

「どこに!?」

「図書室にさ、残った花火があった! それをしよう!」

 図書部になる前のイベントで
 花火を題材にした本を読み、花火をするイベントを開催して大人気だった。
 ただ学校側の許可の都合と、時間が押したのもあったので余った花火がそれなりにあった。
 模倣した世界なら、それもきっとある。

「はなび?」

「祝うんだよ! 誕生日を!」

「どうしてっ!?」

「めでたい事だからだよ!」

「えー!?」

 何を言ってるのかと言うように笑いながら走る椿。
 自分も明日の死闘を前に何をやってるんだろうとは麗音愛も思う。

 でも今まで誕生日を祝ってもらってきた自分は
 彼女の誕生日を祝うべきじゃないのか

 隣の人の誕生日を祝ってあげられるように
 祝福されてきたんじゃないのかと、
 誰かに愛をあげるために愛されてきたんじゃないのかと。



 図書部室に残った花火を回収して、屋上のドアを切り落として屋上に上がる。

 空には紅い月が上がり、暗いが確かに赤みのある空。

「これも不気味だけど……」

 刀を抜いて振りかざし、黒い霧が屋上の空を覆う。
 暗雲立ち込める……な雰囲気ではあるが花火をやるにはこちらのほうが良さそうだ。

「赤いよりいいよね?」

「うん、良く見なければ平気」




 不思議な時間の不思議な花火時間
 シュボットマンでロウソクに火を点ける。

「このロウソクに花火を点けるんだよ」

「ふむふむ」

 図書部のイベントも許可をもらうところから始めて大変だった。
 その時も手伝いをしていたので
 花火をする余裕もなく……。
 そう考えると裏方人生を歩んできていたかもしれない。
 嫌われているわけでもなく、特別好かれているわけでもない。
 目立ちたいわけでもなかったけど、何かどこか寂しさが自分にあったのかもしれない、
 そんな事を思う。

 パーッと七色の光が溢れた。

「わぁ! 綺麗」

「……綺麗だよね」

「うん!」


「17歳誕生日おめでとう」


 キラキラと輝く花火に照らされたお祝いの言葉。
 薄暗いのに麗音愛の瞳もキラキラして見えた。

 こんなに美しいものがあったんだ、と椿は思った。
 おめでとう、なんて言葉。
 何年生きた、そんな事がお祝いになっておめでとうって言われることが不思議だけど
 嬉しかった。

 不気味な紅とその下の不気味な黒が混ざりあった世界に、いる2人。

 命は大事だと思ってる。

 誰のものであっても
 だから紅夜と戦うことを決めて飛び出した。

 だけどこんな風に自分の命を大事に思ってくれる人は……いなかった。

 ポロポロと椿の瞳から涙が溢れる。

「やだ……なんだろう、勝手に」

「椿」

「ありがとう! へへ」

 萌え袖でごしごしと涙を拭う。

「ありがとう!!」

 椿の純粋さに、麗音愛も涙が出る思いになった。
 血脈ってなんだ。

 あの紅夜の娘なら同じように化け物だと?

 108の武器の組織なんて人間なのにこの子に何をしてきたんだろう
 この子以上に純粋な子がいるとは思えない。

「本当は誕生日はプレゼントも渡すんだけど
 今プレゼントみたいな……
 できるものもないしな、なにかあれば良かったのに」

 学ランのポケットをまさぐる麗音愛。
 しかしコンビニのレシートしか出てこない。

「その制服のボタンきれいだね」

「え?」

「そのボタン一個ほしいな」

 照れたようにイヒヒと椿が笑う。

「こ、これ!?」

「一個ないと不便かな」

 椿は学ランのボタンの意味なんて知らないだろう。
 確かに学ランのボタンは装飾も入っていて単純にきれいに見えるのかもしれない。

「いいけど、どこの?」

「え? じゃあそこの」

 第2ボタンを指差す。
 誰かにあげるなんて思いもしたことがなかった。

 そんな春なんて考えることもなかったし

 突然のお願いに驚くが
 あげない理由なんてない。
 意味を教えた方がいいのか?

「お守りにしたい、今日の思い出に」

「こんなもの……??」

「嬉しいよ、誰かにプレゼントしてもらうなんてなかったもん」

 俗世の意味など無意味だろう、説明もやめて
 ボタンに力を込めると
 簡単に第2ボタンは千切れた。

「はい」

「ありがとう! 色々あったけど、いい思い出もできたよ」

 ぎゅっとボタンを握りしめる。
 何故か顔が紅くなる麗音愛に不思議な目をする椿。

「ねぇ、私の炎でも着けられるかな~」

「あぁ、できるかも!」

「2本同時着火!」

「あは、うまい」

「きゃはは」

 ハシャイで花火を振り回す椿。
 絶望して泣いて、そんな時間になってもおかしくないのに
 ずっと笑顔で――。
 どれだけタフなんだろう、どれだけタフじゃなければ生きていけなかったのか。

 同情じゃない、強さに惹かれた。

「麗音愛、見て!」

「見てるよ!」

 また炎を着けた椿の花火が緑や青に光って輝いてパチパチと輝く。

「麗音愛ほら! 見て!!」

「うん!」

 自分だけを見つめて笑ってくれる事が嬉しい。

「終わっちゃった……」

「あ、線香花火がまだあった!」

「線香!? やりたい!!」

 屋上には初めて上がったけれど、床はボロボロでかなり劣化してる。
 草も生えて盛り上がったタイルが椿の足を引っ掛けた。

「わっ」

「!」

 終わった花火ごと、椿を抱きとめた。

 本当にお転婆な子だ。
 同じ年齢なのに、自分の腕のなかにすっぽり入って
 猫みたいで……。

 なんだろう、こんな気持ち。

「れぉ……」

 椿は黙ることにした。

 また温かい腕のなかに入れた。
 それに甘んじることにした。
 胸の痛みが消えていく。

 ほんの数秒でもいい、これから起きる残酷な暗闇が襲ってきても
 明日死ぬことになっても……。

 少しでもあの化け物に一矢報えるまで抗って、

 その後
 死んでいい。

 こんなに良いことが自分の人生にあって良かった。

 これが一番の誕生日プレゼントだと
 なにかに感謝したい気持ちにすらなった。

 幸せってこういうことなの……?
 あたたかい……。

 すり寄る子猫のように抱きしめられて麗音愛の鼓動も早くなる。

「つば……」

 ごくっと喉が鳴ってしまう。
 より強く抱きしめようとした時。

 バッと椿が上を向いた。

「! 保健室! 美子さんが起きた!」

「!!」

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登場人物紹介

咲楽紫千 麗音愛 (さらしせん れおんぬ)

17歳 男子高校生

派手な名前を嫌がり普段は「玲央」で名乗っている。

背も高い方だが人に認識されない忘れられやすい特徴をもつ。

しかし人のために尽くそうとする心優しい男子。

藤堂 美子(とうどう よしこ)

17歳 女子高生

図書部部長

黒髪ロングの映える和風美人

椿 (つばき)

後に麗音愛のバディ的な存在、親友になる少女。

過酷な運命を背負うが明るく健気。


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