第18話 死闘開始

文字数 3,855文字

 

「お時間でございます、(めぐむ)様」

 ――夕刻、闘いの時間が始まる。

 グラウンドには
 肉塊の玉座に座る紅夜の周りをコーディネーターや複数の人間たちが取り囲んでいた。

「10人以上……いるわよ」

「予想どおりだよ美子」

「俺の可愛い娘よ
 元気にしてたか? 会いたかったぞ……」

「うるさい!!」

 椿の周りに殺気が渦巻く。

「あれが紅夜??」

 美子が驚く。
 確かに、見た目は精悍な人間の男。長髪の似合う美形だ。
 それが禍々しい、人類の敵だとは思えないのも当然だろう。

「そっちの女も起きたのか
 目を開けたらまぁ見られる容姿だな」

 麗音愛は美子を自分の背後に隠し守る。

「そちらとの戦いの勝敗とは
 い、一体何が決めるのですか!?」

 怯えながらも美子が声を挙げる。

「これもただの俺の酔狂
 俺が決めようか……内臓がはみでたら負け、だとか」

 美子はその場にへたり込む。

「そんな玲央……あの人たちは人間なの?
 やっぱり殺し合いをさせる気?
 そんな事、血も苦手なのに玲央にできるの?」

 麗音愛は強い意志を目に宿らせる。


「まぁ基本戦闘不能になったら負けだろうな……人間の戦いは
 入り乱れて戦うのも面白いし、一騎討ちも楽しそうだ」

 この闘いがただの茶番で終わらないために
 ただ部下と闘うだけでは駄目だ。

 一矢報いる! 紅夜に
 この世界が紅夜が作ったものならば崩れる可能性はあるはずだ。

「寵、一晩考えて気持ちは変わったか?
 こっちに来るなら許そう」

「うるさい!
 先に麗音愛と美子さんを解放してよ!
 私は1人でも闘ってみせる!」

「おい、コーディネーター
 こんな娘に育ったのはお前達が寵を奪われたままだったからだ……」

「紅夜様、寵様救出の件については
 私共には弁解の余地もございません……」

「いい、この場に出てこない老いぼれどもが元凶だ。
 お前は可愛い」

「紅夜様……」

 昨日からいるコーディネーターと呼ばれる女は、紅夜に跪きながら恍惚の表情を見せている。

「昨日は腹の穴のせいで、大した楽しめもしなかった忌々しいな
 咲楽紫千のあの若造にも、どう詫びをいれさせるか……」

 剣一が空けた穴はまだ塞がっていないらしい。
 あの穴を空けたという兄も一体どういう存在なのか。

「誰のこと……? 若造ってまさか」

「いや……あの」

「玲央! 誰なの!?」

「兄さんのことだと思う」

「う、嘘でしょう 剣一さんまであいつに……狙われているの」

 ヘタリと美子が座り込む。
 兄に聞きたいことも沢山あるが
 また、自分は兄に会えるのだろうか。

「余計な奴らもお前らに会いたいと集まったそうだ。
 今日はその選定会も兼ねてだな。
 俺のいない間に怠けた一族もいるだろう
 細かい人数など戦では、守ることもない
 できる奴は部下にしてやる褒美もやる」

 紅夜が手のひらをぐっと握ると、そこから鮮血が溢れ
 血溜まりから肉塊のような異形の怪物達がどんどん生まれ始める。

「お前らとの遊びが終わったら、 
 こんな可愛い奴らを国に溢れさしてやろう」

「なんだって……」

「そりゃ、俺の遊びが家族計画だけじゃないことくらい
 わかるだろう?……あぁ楽しみだ」

 アハハと笑う最中でも、どんどんと牙を向く醜い肉塊たちは生まれ続ける。

「さぁ、余興の始まりだ」

 コーディネーターの他のスーツ姿が10名が一礼し、他数十名がニヤリとこちらを見て笑い
 生まれ落ちた化け物達は待つことなく動き始める。

「玲央……玲央お願い、どうにか耐えて頑張ってお願い」

「うん、負けないよ」

 ぽんと美子の肩を叩く、
 椿を見ると、椿はニカっと笑った。

「麗音愛いくよ!!!」

「おう!!!」

 麗音愛は晒首千ノ刀を、椿は細剣を構える。

「それでは、紅夜様行ってまいります」

 小柄なスーツ姿の少年が刀を持って、麗音愛達の元に来る。

「寵姫様、お下がりください」

「うるさい!」

 麗音愛より前に、椿が飛び出て男に刃を向けた。
 ヒュン! と細剣の音が一撃のなかに何度も聞こえる。

「お前らは人間なんでしょ?! 恥ずかしくないのか!!」

「とんでもございません! よ!」

 お互い、小柄同士でスピードのある切り合いが始まったが
 紅夜が放った化け物たちも椿をめがけて突進してくる。

 黒い太刀筋が放たれ、化け物を5匹切り刻んだ。

「麗音愛!」

「結局、乱闘かっ」

 なお、噛みつこうとする化け物の頭を麗音愛は踏み潰す。

「玲央……お願い……!! 死なないで!!」

 美子はただ、椿の結界の中で震えていた。

「褒美は俺がもらう!!」
「俺だ!」

 椿の元へ駆けつけようとした麗音愛にスーツの男2人が斬りかかった。

 賞金首のような扱いだ。

 麗音愛もためらいなく応戦する。
 男達も相当な訓練を積んできた手練だろうが、麗音愛も的確に攻撃を交わし
 繰り出す黒い怨念は麗音愛を守り、噛みつき、鉄壁の攻守となっていた。

「ぎゃああああああああああああ!」

 1人の男の右手を切り、もう1人の男の足を呪怨で刺し留めた後、右手を切りつける。
 殺さないようにする余裕はあった。

「うっうわあああああああああああああ!」

「!」

 断末魔の悲鳴があがったがそれは、紅夜の化け物に男たちが襲われた悲鳴であった。

「おい! お前の部下だろう! 喰われているぞ!!」

「選定だと言ったろう」

「くそっ!」

 呪怨を放って、化け物たちを切り刻み走るが麗音愛は敵に背後を取られた事に気付く。

「あ、気付いちゃった」

 踏み込み、飛んで回避する、が敵の刀が食い込み腕から血が迸った。

「いいねぇ~強い人! 好きだよ!」

 やはり紅夜の部下はこう似た性質をもつのだろうか。
 黒スーツの女は攻撃をやめることなく麗音愛に襲いかかる。

 麗音愛が呪怨の攻撃を繰り出そうとした時
 三方からも攻撃が襲いかかった。

 呪怨の自動的な動きでは4人手練の攻撃をうまく交わし反撃することはできない。

「麗音愛!」

「姫様ッ!よそ見はいけませんよ」

 麗音愛は呪怨を刀のように硬化させ、左で1人の敵の刀を打ち返し
 右で1人の敵の刀をかわした後に敵の腕を切り捨てる。

「ぐっ」

 後ろの呪怨の攻撃をかわした刀が麗音愛の右肩に突き刺さり
 最後の1人が首を切り落とそうと、麗音愛に迫った!!

「もう終わりか?」
 紅夜がつまらなそうに言い放つ。

 だが、麗音愛は左手の黒刀を逆手に持ち直し瞬時に敵の腕に突き刺し

 打ち返しただけの敵は右の晒首千ノ刀で腕の腱を切断した。

「ぐあっあああ」

 痛みで叫ぶ者、耐える者。
 4人の血が舞う。

 その中心で黒い渦の中、晒首千ノ刀を持って立つ麗音愛
 遠い場所にいる紅夜を見据える。

「気持ちの悪い刀だな」

 刺された傷跡も、蠢く呪怨が血を啜るように集まって血が止まっていく。
 同化してから刀を振るうと身体に痛みが走る。
 まさに呪いの刀だ。

 休んでいる暇はない!

 これで手練と言われるのなら勝機はある!
 化け物たちを斬り落としながら椿の援護に向かう。

「くっ!」

「はいはい! どうしました姫様」

 椿は苦戦していた。

 この少年、強い!

 部下の配慮か紅夜の考えか、椿を後ろから襲う化け物はいない。
 それなのに、少年の剣先を受け流すだけで精一杯だ。

 こんな事では紅夜を倒すことなど……!

「ほら! 姫様!」

「舐めるな!」

 チリッと弾ける音がしたかと思うと少年の周りが爆発した。
 椿の炎だ。

「ふん!」

「ほらもっと! 姫様っ!」

「!」

 これで終わりと思わなかったが爆発の中、今までと同じトーンで会話し
 煙から現れる姿に椿も一瞬怯んだ。

 それでも目を瞑る事はしない。
 確実に切られる!!
 切られたとしても、そこから先の反撃を――!!

 ドカッ!

「!」

 椿に斬りかかった少年が消えた。

 麗音愛が横から少年を蹴り上げたのだ。
 少年も迫る麗音愛を把握しながらも、この距離の化け物や仲間の攻撃を
 ここまで早くクリアするとは思っていなかった。

「ぐふっ」

 受け身はとったものの、蹴りの衝撃で少年の息は止まる。
 麗音愛はそのまま追撃をしに追いかける。

 まるで非情な暗殺者のように。


「麗音愛っ」

 あの瞑想のあと
 手合わせはもう、やめておこうと言われた理由がわかった気がする。

 麗音愛にもこの少年は今までのスーツの中で一番強いことがわかる。
 だから躊躇いなく刀を振るった。

 響くかち合う刀の金属音。

 麗音愛の一刀は止め受け流された。しかしそれは少年の刀ではなく
 昨日、美子を車椅子で押してきたパンツスーツの女だ。
 少年を脇に抱えている。かばったようだ。

「人間は育成に時間がかかります故」

 その女にも無言で再度切りつける。

「麗音愛!! 上ぇ!!」

 麗音愛に矢の雨が降り注いだ。
 左手をかざすと同時に矢に対抗する数だけ呪怨の矢が放たれる。

「化け物かっ」

 それを言うのは矢を放った一人だった。
 言った後すぐ呪怨の矢に射たれ倒れる。

 それをしながら、パンツスーツの女と少年を追う麗音愛に
 恐怖を感じるものも現れ始める。

「ルカ! 体勢を立て直します、あなたは一度引きなさい」

「はーい!」

 少年の名はルカというらしい。
 それも聞こえていた。
 それぞれに命があり、名があり、人生という時がある。

 それを断つ。

 という生き方をお互いに選んだ。
 だから目の前にいるのだから
 容赦しない。

 自分達の命を、名を踏み潰そうと向かい来る奴には
 容赦はしない。

 もっと、もっと
 暗闇に、生者を、腐った闇に誘えと、晒首千ノ刀が鳴き喚く。
 自分の大切な人を守れるのならば、それに従う。

「私がお相手しますよ」

 パンツスーツの女が振り返り、ルカに向けた刀を払った。


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登場人物紹介

咲楽紫千 麗音愛 (さらしせん れおんぬ)

17歳 男子高校生

派手な名前を嫌がり普段は「玲央」で名乗っている。

背も高い方だが人に認識されない忘れられやすい特徴をもつ。

しかし人のために尽くそうとする心優しい男子。

藤堂 美子(とうどう よしこ)

17歳 女子高生

図書部部長

黒髪ロングの映える和風美人

椿 (つばき)

後に麗音愛のバディ的な存在、親友になる少女。

過酷な運命を背負うが明るく健気。


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