第3話  抜刀!!晒首千ノ刀~サラシクビセンノカタナ~ 

文字数 3,488文字

 

 その鋭い剣先は、麗音愛と美子を貫き
 2人は数秒後には絶命。
 するはずだった。


 だが、しなかった。


「――っ!」


 鈍い打撃音が響いて2人の影が離れた!
 ボロ布男は、一瞬怯んだように見えたが
 隙を与えぬように、すぐに麗音愛に襲いかかった。

 鞘と細剣が打ち当たり、鈍い音をたてる。 

「これはっ!?」

 その声は麗音愛から出た言葉だった。

 麗音愛の右手には白鞘の刀が握られている。
 いつの間にか飛ぶようにして後方の机の上に立っていた。

 左手で美子をがっちりと抱きとめながら右手で刀を握りしめているが
 ボロ布男への恐怖よりも
 今のこの現実離れした手元に起こった現実も恐ろしい。

 カチカチカチカチと刀が鳴っている。
 自分の魂が共鳴しているような…………。
 得体の知れない無機物が自分と繋がっているおぞましさ

 だが、冷たい汗の流れる麗音愛の身体にしがみつく温かいぬくもり。

 それを守れるのならば、なんだっていい!!!
 握りしめた右手の刀をボロ布男に向け指した。

「守ってみせる!」

 白鞘に書き込まれた呪文などに怯えるか!!

 ――お前を、使う!!

 目の前に構え

 刀の柄を握りしめ、ゆっくりと鞘から抜いていく。


 抜き出される、刀。


 抜刀――!!!


 白鞘は抜くと同時に
 まるで滅びていくかのように消え失せ
 生き物のように千切れそうな柄巻きの紐が血管のように絡みつき
 柄になってゆく。

 (つば)には怨霊のような
 呪い叫ぶ骸骨が刻まれ

 刀身――そこに、煌めく刃はない。

 抜き出される血塗られ血錆たような真っ赤な刃が

 麗音愛の手に馴染むように

 次には黒く黒く黒く、濁っていく

 自分を映さない不快な刃。 

 輝かないがギラリ輝く

 殺す力――!!!

 


 ボロ布男は、机の上で抜刀した麗音愛をしばし黙って見ていた。

「咲楽紫千麗音愛……晒首(さらしくび)千ノ刀(せんのかたな)の継承者……。
 結局男か!!
 サラシセンレオンヌ!! ならば殺して奪う!!」

「させるかぁ!!」

 美子を離した麗音愛は、ボロ布男に斬りかかる。

 机から飛び降りる力を込めて振り下ろした刀には
 細剣は分が悪かったのか、剣を合わせることはせずボロ布男は避けて飛ぶ。

「うおおお!!」

 麗音愛はそれを追うように、更に一撃を加えるように振りかざした。

 この場所から離れさせる!
 それしか考えはなかった。
 ただ無茶苦茶に振り下ろしている刀は何故か舞のように敵を追う。

 ボロ布男も優雅に回転するかのように、壊れた教室のドアをすり抜け距離をとった。

 クルリと細剣を回すと一瞬停止する。

 迷いはなかった、その場所へ刀を構え踏み込む。

 隙の瞬間だ!!!!

 そう思った。



 放つ一撃は自分の想う方向に弧を描いた。

 弧を形造るように……。

 その後を点線のように……。

 点点……と血が流れていく……。

 点線の血は丸になり、その丸から血は(ほとばし)り。

 血の迸る(ほとばし)首となる。

 それは異形のものたちの首か人の首か。

 千の首を狩る刀の慟哭

 沢山の目が麗音愛に呪いの眼差しを向ける。


「うわああああああああああああああああああああああ」

 麗音愛はそれでも正気を保ち、ボロ布男に一撃を与えた。
 が、
 ボロ布男の手には先程の細剣ではなく、青竜刀のような大剣が握られていた。

「その刀を寄越せ!!」

 大きな金属音が響く。

 麗音愛は衝撃で廊下にふっとばされた。
 激痛が走るがすぐに起き上がる。

 今のは幻!? 今はそんな事考えていられない!!
 美子が逃げるまでは! 倒れられない!

 だけどもボロ布男はすぐに麗音愛を追って剣を振るってきた。

「とってみろよ!!! このボロきれ野郎!!!」

 麗音愛は、喧嘩なんてしたこともなかった。

 戦うなんて思って行動したこともなかった。

 罵ったこともない。

 名前のことだって、誰かに言われて、なんてこともなかった。
 だから誰かと争うことなんて必要もなかった。

 一度二度三度、剣がかちあう。

 麗音愛は刀に自動で操作されているわけではなかった。

 確かに刀の力の補正もあるが、
 攻める、かわすは自分の意思で決定していた。

 中学卒業までは、確かに剣道もやっていた。

 でも、この剣術は違う。
 殺すためのもの、動を止めるもの。

 自分のなかにあるけれど、自分のなかにはない。
 だけど、自分のなかにある――。

 操られてはいないけれど、遥か彼方のその先に……。
 連なる魂の流れが……
 流されているのか自分から流れ出るのか……。

 そんな映像を振り払うように、麗音愛はボロ布男に刀を振り下ろす。

「――継承者という名の被害者か……」

「なんだって!?」

 青竜刀の飾りがリィィィィィィンと鳴った。

「こちらもそんなことはどうでもいい!! 早く渡せ!!」

 実際であれば青竜刀の重みで刀は弾かれるはずだ。
 だが、麗音愛はボロ布男を押し返す。

「ちっ!」

 ボロ布男は距離をとり走り出した。
 その後を追って廊下を走る。

 そのままの勢いで、ボロ布男に斬りかかる!

「うぉおおおおお!!!」

 急に目の前に炎が浮かびだした。

「!?」

 暗闇に光が溢れ、熱さと衝撃が麗音愛を襲った。

「うわっ!!」

「突っ込んでくるとは、素人か!」

「火の玉!?」

 火の玉がボロ布男を守るように5つほどぐるぐると回っている。

 向かってきた火の玉を刀で切り落とした。
 先程の手で振り落とした際に火傷をしたようだ。

「いて……」

 傷跡を見るのも恐ろしい。
 現実なのか、夢なのか幻かよくわからなくなってきた。

 だけどこの痛みは……現実だ!!!

 怯んだ麗音愛のすきを見逃さず青竜刀が切っ先を向ける。

「くっ!」

「タケルーーーーーー!!」

 ジリリリリリリリリ!!!!!

「!!!」

 火災報知器の音と消火器の煙で目の前が白くなる。

「美子!!」

 消火器を放って棒立ちになっている美子。
 一撃! 火の玉を2つ薙ぎ払うと
 麗音愛は美子に向かって走り出す。

「ゴホッ!! あいつ!! ――何かブレるな……何かおかしい……あの男……」

「美子! 逃げるぞ!!」

 手をとって走り出す。
 逃げろと言ったのに、と思ったが美子には助けられた。

「これ……!」
 
「ありがとう!!」

 消えたと思った白鞘は、転がっていたらしく拾ってきてくれていた。
 一度刀を入れるがもう割れかけている。

 美子の足はもつれて倒れかけるのを、左手でひっぱり支えるたびに火傷が痛む。

「ハァっ! ハァっ!!」

「大丈夫か?」

 ボロ布男の視界から逃れるように、すぐ近くの階段を駆け下りた。

 耳に刺す警報音が、さらに焦らすが、
 それでも消防隊が駆けつけてくれるという期待もある。

「美子! ほら」

 先に階段からトンと飛び降りると、
 降りてくる震える美子を左手で抱き上げた。
 
「タケル……!!」

「大丈夫! 俺今スーパーマンなんだ」

 我ながら語彙力がないと思いながらも、言葉通り
 麗音愛は軽々と幼馴染を抱き上げ、中階段から下まで一気に飛び降りる。

 先程、机に飛び乗った感覚でできると確信できた。

 美子は麗音愛の首もとに思い切りしがみつく。
 
 麗音愛の手に握られた、不気味な柄の刀。

「この刀……」

 美子が吐息のように呟くのを麗音愛は聞いた。

「何か知ってるの……?」

「……ううん……わからない……ごめん、玲央、さっきから名前……」

「いいんだよっと!」

 2階まで順調に降りるが、あれだけの攻撃をしてきたボロ布男が追いかけてこない。

「はぁっはっ」

 2階保健室の前で立ち止まる。

「玲央……重いでしょう、降りる」

「……重くはないんだけど……美子……ここから1人で行ける?」

「えっ?」

「あいつは……きっと俺を追ってくる……俺というか……この刀を」

「だ、駄目だよ! 早く逃げよう!」

「この刀……置いてはいけない」

 何故だろう、自分でもわからない。

 こんなモノに何の意味があるのかわからない。

 でも置いていける気がしない。
 さっきまでの頭に響くイメージ……。

 まるでこの刀は自分の脊髄にでも繋がっているかのような。

「じゃあ置いていかなくてもいいよ! 持っていってもいいから! 大人に助けを求めないと!!」

 さっきまで震えていたのに、美子の目には強い意志が目に宿っている。

「玄関に向かおう! 早く」

 美子は麗音愛の腕から降りると
 麗音愛の手を引いて階段を降りる。

「しっかり者の部長さんだな」

 こんな時にくすっとしてしまう自分が不気味に思える。
 何かが狂ってきているのかもしれない――。

「あ! 見て外! パトカーとか消防車たくさん来てる!!」

 遠くに見える玄関に沢山の赤いランプが煌めいている。

 麗音愛の携帯電話が鳴った。
 壊れていなかったのかと走りながら画面を見ると剣一と書かれている。

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登場人物紹介

咲楽紫千 麗音愛 (さらしせん れおんぬ)

17歳 男子高校生

派手な名前を嫌がり普段は「玲央」で名乗っている。

背も高い方だが人に認識されない忘れられやすい特徴をもつ。

しかし人のために尽くそうとする心優しい男子。

藤堂 美子(とうどう よしこ)

17歳 女子高生

図書部部長

黒髪ロングの映える和風美人

椿 (つばき)

後に麗音愛のバディ的な存在、親友になる少女。

過酷な運命を背負うが明るく健気。


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