運命の出会い 二回目 夏目達也 二十歳 #8

文字数 1,317文字

 アパートに帰ったあと、おれは葉子と今後のことを相談した。
 葉子は言った。
「わたし、今でも達也のこと好きだよ。だから達也の望み通り大学は卒業する。大丈夫だよ、わたしは悪い男にも引っかからないし、男に貢がせたりもしないから」
 おれは、葉子がホステスのバイトをすることを了承した。

 晶の言う通りにしたら、おれのいちばん深刻な問題はとりあえず解決した。
 だから、ここからも晶のアドバイス通りに考えてみることにした。
 自分の将来のこと。自分のやりたいこと。
 三日ほど悩んでも答えが出なかったから、渋谷の街をぶらつきながら考えることにした。
 大型電器店の前を通りかかったおれは、足を止めた。
 大きなテレビに、あの芸人コンビが出演しているバラエティ番組が流れていた。
 昔は彼らのラジオ番組をよく聴いていた。
 ふと、東京に来たきっかけを思い出した。
 ──放送作家。
 おれはあの夜、自分のハガキが読まれたことで家を出ようと決めた。
 なんでハガキを出した?
 ……本気で目指したわけではなかった。夢の疑似体験をしてみたくて出したんだ。
 けど一瞬でも、放送作家になりたいとは思った。
 なんでなりたいと思った?
 ……仲間に入りたかったんだ。
 放送作家になれば、あの人たちみたいに、仲間と一緒に楽しく生きていけるかもしれないと思った。
 本当の自分は、昔はそんなことを求めていた。
 おれは、数年ぶりにあのラジオ番組を聴いた。
 相変わらず楽しい気持ちになった。こんな番組を手伝えるようになれたら。こんな輪の中に入れたら──そう思うと、胸が躍った。
 自分がなれるとは思っていないけど、調べてみる価値はある。人生を真剣に生きるためには、調べないといけない。
 放送作家について調べた。
 いくつかのサイトやブログに同じようなことが書かれていた。
 放送作家に必要な能力は、「文章力」と「発想力」、そして「コミュニケーション能力」。
 どの能力も、おれには備わっていないものだった。
 勉強もまともにしたことないから文章力には自信がない。発想力なんてものも今まで使った覚えがなかった。なにより、コミュニケーション能力。
 放送作家はディレクターやプロデューサーから仕事をもらうので、人付き合いが上手いほうがいいらしいし、会議も多いそうだ。
 ただでさえ口下手な上に、おれは人の顔がわからない。会議なんてしたこともないけど、会議室に大勢いる人たちを区別できるのか? たくさんの関係者たちの特徴を覚えられるのか? もし人を間違えたら失礼なやつだと思われて仕事がもらえないかもしれない──。
 そこから、さらに嫌な情報を知った。
 ラジオのギャラは安いため、ほとんどの放送作家はテレビを中心に仕事をするという。
 おれは出演者が大勢いるテレビ番組を観ていると混乱してしまう。顔がわからないせいで誰が誰だかわからなくなるため、番組内容が理解できない。そんなおれに、テレビ番組の構成なんてできるのか?
 五年前は夢を追う人間の疑似体験をしたかっただけだから、軽い気持ちでハガキを送ったけど、今度は、とてもそんな気にはなれなかった。
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