運命の出会い 一回目 夏目達也 十五歳 #9

文字数 1,936文字

 翌日の朝。
 僕と葉子は浜松駅の新幹線の改札近くで、鈴木和花を待っていた。
 連休前ということもあり、駅の構内は混雑していた。
 次郎くんに見つからないよう、僕たちはキャップをかぶり、メガネをかけ、大人っぽい服を着て変装していた。すべて昨日の夜にドン・キホーテで買ったものだ。靴以外は新しく買ったもので身をかため、僕も葉子も長髪をキャップの中に入れていた。
 ケータイも捨てたから、もう鈴木和花と連絡をとれない。僕は彼女の顔がわからないし、これだけの人がいたら特徴だけでは見つけにくいため、彼女が来たら教えてほしいと葉子に頼んでいた。
 ただ、今日は浜松に数年ぶりの大雪が降って、交通規制がかかっている。鈴木和花の家から浜松駅まで来るためには車に乗る必要があるので、間に合わないかもしれない。
 昨日のうちに二通の手紙を書いた。
 一通目は、警察への手紙。次郎くんが鈴木和花の家へ窃盗を仕掛けようとしていることと、知っている限りの次郎くんたちのしてきた犯罪を書いた。これで次郎くんたちが捕まるかはわからないけど、少なくとも警察に事情は訊かれるだろう。今後、鈴木和花の家が窃盗に遭うことはない。
 二通目は、鈴木和花への手紙。
 僕が窃盗を手伝っていたこと、騙していたことを謝罪する内容を書いた。顔を合わせて謝る勇気はなかった。
 ここにくる途中、二通とも郵便ポストに入れてきた。
 駅の構内にある時計を見上げる。八時ちょうど。発車時刻まであと十分ほど。
 そろそろ、ホームに向かわないといけない。と、葉子が腕を組んできた。
「どうした?」
「これからのこと考えたら怖くなって」
 両手で僕の腕を摑んでいる。
 大人っぽく振る舞っているけど、葉子はまだ十四歳だ。
 僕はこれで完全にドロップアウト組だけど、葉子には未来を諦めてほしくない。
 葉子の将来のためにも、これから頑張って働かないと。
 葉子をちゃんと育てるためにはこんな弱い自分のままじゃダメだ。変わらないといけない。もっと強くならないといけない。
 僕の脳裏に鈴木和花との一ヵ月が蘇りはじめた。
 彼女はほかの女の子たちとは違っていた。
 意志が強く、ひたすら前向きで、僕に勇気をくれた。彼女と出会わなかったら、僕は今ここにもいなかった。彼女は、僕の人生を変えてくれた。
 そう──まるで運命のようだった。
 バカな考えが浮かんだ。
 ──まだ間に合うかもしれない。
 もしも彼女が来たら、一歩、踏み出してみよう。
 彼女に直接、謝ろう。そしてすべてを話そう。
 もしかしたら、許してもらえるかもしれない。これからも、連絡をとれるかもしれない。ケータイは捨ててしまったけど、もしも来てくれたら、電話番号を教えてもらえる。
 わずかな希望を胸に、僕は鈴木和花を待つことにした。
 発車時刻まであと八分。
 僕は周囲を見渡す。人が多くて彼女を見つけられない。
 七分前。
 一度、移動して構内を探してみることにした。彼女はいない。
 六分前。
 新幹線ではなく在来線の改札口まで行ってみる。やはりいなかった。
 そして、発車時刻の五分前になった。
 新幹線の改札口に戻った僕はまだ行くことを躊躇したけど、
「達也、もう行こう」
 葉子に促される。新幹線の時間を遅らせたら、次郎くんに見つかる危険も増える。
 僕たちは、改札をくぐった。
 新幹線が発車したあと、車窓から景色を見ながら思いをめぐらせた。
 大雪で遅れたのかもしれないし、彼女はこれからも僕と会えると思っていただろうから、急に寂しくなって来なかったのかもしれない。
 けれど、ちょっとほっとしていた。もしも謝っても嫌われていただろうし、許してくれたとしても、僕たちはあまりにも釣り合いが取れていなかった。
 僕はあの言葉を思い出した。

「『隠された真実』に気づかないと、結ばれない」

 あの占い師に言われた言葉。
 鈴木和花が、僕の運命の女性だったとしたら?
 彼女には、なんらかの『隠された真実』があったのだろうか?
 僕が見落としている真実に気づけたら、なにかが変わったのだろうか?
 鈴木和花については、まだまだ知らないことがあった。
 彼女にもっと踏み込むことができていたら、向き合っていたら、変わっただろうか。
 僕にもっと勇気があったら、運命は変わったのだろうか。
 ……いや。どうせ無理だった。
 彼女が好きになったのは明るく元気な桜井玲央だ。このまま会い続けていても、いつかほころびが出て最後には嫌われていた。
 本当の僕なんて、誰にも受け入れてもらえない。
 母も僕を捨てた。
 本当の僕に価値はない。
 これで、よかったのだ。
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