第二話 運命の出会い 二回目 夏目達也 二十歳 #1

文字数 2,223文字

 十二月。
 道玄坂のカフェにいたおれは、目の前に座っている女に問い詰められていた。
「ほかにも女がいるんでしょ? 腕組んで歩いてるとこ見たんだから!」
 おれはため息をつき、悪びれずに言った。
「いるよ」
「彼女いないって言ってたじゃない……わたしがあげたお金返してよ、この噓つき!」
「頼んでもないのによこしたのはそっちだろ。それにお前、本当はOLじゃなくてキャバ嬢なんだってな」
「なんでそのこと……」
「噓つきはお互い様だろ」
 無表情で立ち上がったおれは、女を置いて一人店を出た。

 あれから五年──おれは立派な詐欺師になっていた。

「次の標的は決まった?」
 奥渋谷にある1DKのぼろアパートのダイニングで、おれは葉子に訊いた。
「うん。山名晶さんって人。大学の友達のバイト仲間で、達也より一歳年上の大学生」
 葉子が浮かない声色で答える。
「バイトしてるのに、男に貢がせてんの?」
「ゲーム感覚じゃないかな。そういう子もけっこう多いから」
「……そう」
 おれは相変わらず女を騙していた。
 ただ、昔と変わった点がいくつかある。
 大人になった葉子が、この仕事に多少の罪悪感を感じているように見えること。騙す女を「悪い女」だけに絞っていること。演じるキャラを変えたこと。もうターゲットの資料がないことだ。

 五年前、浜松を出たおれたちは東京に来た。
 東京になら稼げる仕事もたくさんあるし、人も多いため叔父から身を隠しやすいと思ったからだ。
 おれはすぐに肉体労働をはじめた。
 その後、高校に進学した葉子もバイトをはじめてくれたおかげで、なんとか二人で生活を続けられた。
 しかし、やがて葉子が、大学進学の時期にさしかかった。
 学費を気にした葉子は進学を嫌がったけど、おれの気が済まなかった。
 進学費用を稼ぐために、おれは昼間の肉体労働に加えて、夜もバーで働きはじめた。
 けど、やがて体を壊してしまった。
 すると葉子は、おれに「悪女だけを騙す」ことを提案してきた。
 葉子によると、若い女の中には、男に気のある素ぶりを見せ、ブランド品を貢がせては売っているやつが大勢いるそうだ。「あの子たちには十万単位のお金はたいした稼ぎじゃない」という。
 標的は、葉子の女友達や社会人の男友達などに聞き込めばすぐに見つけられるという。
 おれは迷ったが、どんなに考えても、短期間で金を稼ぐ方法はこれしか見つからなかったため、しかたなく決断した。
 浜松にいた頃と違って、葉子には女のことをそこまで詳しく調べさせないことにした。なるべくこんなことには時間を使わず、勉強に集中してほしかったから。
 ターゲットは男に貢がせている女だけだったけど、それでも罪悪感はあったから、おれはやはり「成瀬丈二」という偽名を使って自分とはかけ離れた人格を演じた。
 今度のキャラは、「クールで男っぽいやつ」。
 演じる人物のモデルは、ジョージ・ユングにした。
 二〇〇一年のアメリカ映画『ブロウ』。若くして伝説的な麻薬王にのし上がった男を描いた物語。ジョニー・デップが演じたその主人公のジョージ・ユングは、寡黙でクールに仕事をまっとうしていく。
 葉子によると、最近のおれの顔は「昔よりもっとキリッとしてジョニー・デップに似てる」という。その些細な言葉をきっかけにモデルを決めた。身長も五年前から二十センチ近く伸びたし、もともと口下手だから元気キャラより楽に演じられると思った。
 今回は顔がわからない体質になる前に観た映画じゃなかったからストーリーを追うことに苦労したけど、映画を観ながら徹底的にジョージをコピーした。偽名も主人公の名前をとって「丈二」にした。
 一人称は「おれ」。女へもぶっきらぼうに「お前」と呼びかける。
 地声は低いほうだけど、演じている間はさらに低く話すようにした。
 男らしさを演出するため、髪も短髪にして、笑顔もほとんど見せない。
 こうしておれは貧乏なフリーターとして、女から金を騙し取るようになった。
 普段は無愛想にして、ある時期に差し掛かるとわざと弱みを見せた。
 ──生活費が足りない。
 ──アパートの取り壊しが決まったけど引っ越し費用を払えない。
 ──妹が交通事故に遭ったけど入院費用を払えない。
 そんな弱音を吐くと、女たちは自分から金を渡してきた。
 最初は昔のように、仕事が最後まで終わると嘔吐していたのだが、やがてそれもなくなった。
 おれが素の自分に戻らなくなったからだ。
 このままじゃ自分が壊れてしまうと思った。
 演じている間だけは罪悪感が鈍くなる。喜びも悲しみも怒りも鈍くなるが、なにも感じないほうが楽だった。
 普段から別人を演じるなんて普通じゃない。普通に生きていない自分が嫌だったが、こんな性格で、こんな境遇で、他人の顔もわからないおれは、どうせ普通には生きられない。それなら、少しでもマシな生きかたを選択したかった。
 ずっと演じているせいか、最近は葉子にも「猫背じゃなくなった」と言われている。
 今はもう、本当の自分をよく覚えていない。
 もうずっと、現実を生きていない感覚がしている。
 おれにとって、他人は「へのへのもへじ」であり、人形であり、ターゲットでしかなくなった。
 最近、またよく思うようになった。
 おれみたいな人間は、どう生きていけばいいのだろうと。
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