運命の出会い 二回目 夏目達也 二十歳 #10
文字数 2,152文字
一月三日。
昼過ぎから、晶と一緒に赤坂の神社に行った。
東京の初詣はどの神社も大勢の人でごった返すため行く前には憂鬱だったのだが、 長い階段の上にあったそこは驚くほど空いていた。
晶も人混みが苦手だという。数年前にこの穴場スポットを知り、それから初詣はここしか行っていないそうだ。
賽銭箱に小銭を入れ、二人でお参りをした。
階段を降りている最中、晶に訊かれた。
「なにを願ったんだ?」
「特になにも……」
「また格好つけてる」
ぶすっとする晶を見て、おれは笑みをこぼす。
「お前は?」
「二つ願った。一つは自分のこと。もう一つは、丈二のこと」
「おれ?」
「でも結局、そっちもわたしが関係してんだけど」
……なんだろう。ぜんぜんわからない。
と、おれはあることに気づいた。
階段を降りきった場所の道路に、見たことのある外見の人物が立っていた。
ダッフルコート。髪を縛っている。メガネ。
長髪男だ。
向こうはおれたちの逆側を向いて気づいていない。
おれたちを待っている……尾けてたのか。
「悪い。ちょっと待っててくれ」
「えっ?」
驚く晶を置いて、急いで階段を降りていく。
そして──階段を降りきる直前、気づかれた。
逃げた。
おれは走って追いかける。
長髪男が路地に入る。おれも路地に入った。
走るだけで鎖骨が痛い。けど、今度はいつ見つけられるかわからない。また同じ服を着ているかわからないのだ。顔のわからないおれは、この機会を逃せない。
住宅街を走ってしばらく追いかけていると、長髪男の足が止まった。
道の先には家。行き止まりに突き当たった。
おれも足を止めて呼吸を整える。鎖骨が痛くて息がしにくい。
長髪男が振り返り、おれを見る。今日は武器を持っていない様子。
おれは長髪男にゆっくりと近づいていき、少し距離をとって立ち止まった。
「あいつと付き合ってないんだってな? なんで噓をついた?」
冷静に訊く。
こういうやつは興奮させないほうがいい。まずは、普通に話をして晶に近づかないよう説得し、それでも聞かなかったら警察に突き出すしかない。
「違う。付き合ってる」
「向こうはそう思ってない。諦めたほうがいいんじゃないか?」
「諦められるか……ゆいちゃんにいくらつぎ込んだと思ってるんだ」
「ゆいちゃん?」
「お前は、ゆいちゃんのことをなにもわかってない!」
長髪男がおれに向かって突進してきた。
体当たりされてもみ合いになる。左肩に激痛が走り、力が入らない。
長髪男が逃げ出す。
おれは痛みのために走れなかった。
長髪男は消えた。
肩の痛みを隠しながら、晶と合流した。
晶は長髪男に気づいていなかった。怖がらせたくなかったため、「知り合いを見かけたから追いかけて話していた」と噓をついた。
二人で駅まで歩いている間、おれは長髪男の言葉が引っかかっていた。
『ゆいちゃんにいくらつぎ込んだと思ってるんだ』
長髪男は晶の前のバイト先の同僚で、病的に思い込みが激しく、晶と付き合っていると妄想していた。
……今までは、そう思っていた。
けど、さっきの言葉を聞いて、ある疑念を抱いた。
長髪男がどんなにヤバいやつでも、『晶に金をつぎ込んだ』と妄想するだろうか?
なんらかの理由で、本当に金をつぎ込んでいたと考えたほうが自然だ。
それに、「ゆい」という名前は?
晶がおれに噓をついている?
なぜ?
晶が前にしていたバイトは……ホステスだったのか?
長髪男は半グレみたいな雰囲気じゃない。どちらかというと女に慣れていない雰囲気。
あの男は晶がホステスをしていた店の客で無口だった。だから晶は、『ほとんど話したことがない』と言っていたのか? 長髪男は、晶に貢いでいた?
……晶がそんなものを受け取るか?
だが、長髪男の口ぶりを考えると、ずっと受け取っていたことになる。
まさか──。
おれと会っていた晶は、猫をかぶっていたようには見えなかった。
けれど、女には二面性がある。
おれと会っている晶も、ホステスをして男たちに貢がせてきた晶も、両方とも本当の晶だとしたら? 貢がせること自体、なんら悪いことだと思っていなかったとしたら?
「なあ、丈二。今度……どっか遊びに行かない?」
横を歩いていた晶に訊かれる。
意味がわからず、眉間にしわを寄せると、左腕にパンチをされた。
鎖骨が痛くて顔が歪みそうになるが、ポーカーフェイスを装う。
「気づけよ、鈍感。デートに誘ってんの!」
晶は恥ずかしそうに言った。
「なあ、晶……」
晶がおれを見上げる。
今、おれが晶に訊いたら、どうなる?
あの長髪男が言っていたことは本当なのか──と。
「……わかった。いつにする?」
……考えすぎだ。
きっとぜんぶ、あの長髪男の妄想だ。
仮に、本当に長髪男が晶になにかを貢いでいたとしても、無理に渡したんだ。晶はそんなもの、黙って受け取らない。自分にそう納得させた。
おれたちは、週明けの昼にデートする約束をして、別れた。
<この続きは、講談社タイガ版『顔の見えない僕と嘘つきな君の恋』でお楽しみください>
昼過ぎから、晶と一緒に赤坂の神社に行った。
東京の初詣はどの神社も大勢の人でごった返すため行く前には憂鬱だったのだが、 長い階段の上にあったそこは驚くほど空いていた。
晶も人混みが苦手だという。数年前にこの穴場スポットを知り、それから初詣はここしか行っていないそうだ。
賽銭箱に小銭を入れ、二人でお参りをした。
階段を降りている最中、晶に訊かれた。
「なにを願ったんだ?」
「特になにも……」
「また格好つけてる」
ぶすっとする晶を見て、おれは笑みをこぼす。
「お前は?」
「二つ願った。一つは自分のこと。もう一つは、丈二のこと」
「おれ?」
「でも結局、そっちもわたしが関係してんだけど」
……なんだろう。ぜんぜんわからない。
と、おれはあることに気づいた。
階段を降りきった場所の道路に、見たことのある外見の人物が立っていた。
ダッフルコート。髪を縛っている。メガネ。
長髪男だ。
向こうはおれたちの逆側を向いて気づいていない。
おれたちを待っている……尾けてたのか。
「悪い。ちょっと待っててくれ」
「えっ?」
驚く晶を置いて、急いで階段を降りていく。
そして──階段を降りきる直前、気づかれた。
逃げた。
おれは走って追いかける。
長髪男が路地に入る。おれも路地に入った。
走るだけで鎖骨が痛い。けど、今度はいつ見つけられるかわからない。また同じ服を着ているかわからないのだ。顔のわからないおれは、この機会を逃せない。
住宅街を走ってしばらく追いかけていると、長髪男の足が止まった。
道の先には家。行き止まりに突き当たった。
おれも足を止めて呼吸を整える。鎖骨が痛くて息がしにくい。
長髪男が振り返り、おれを見る。今日は武器を持っていない様子。
おれは長髪男にゆっくりと近づいていき、少し距離をとって立ち止まった。
「あいつと付き合ってないんだってな? なんで噓をついた?」
冷静に訊く。
こういうやつは興奮させないほうがいい。まずは、普通に話をして晶に近づかないよう説得し、それでも聞かなかったら警察に突き出すしかない。
「違う。付き合ってる」
「向こうはそう思ってない。諦めたほうがいいんじゃないか?」
「諦められるか……ゆいちゃんにいくらつぎ込んだと思ってるんだ」
「ゆいちゃん?」
「お前は、ゆいちゃんのことをなにもわかってない!」
長髪男がおれに向かって突進してきた。
体当たりされてもみ合いになる。左肩に激痛が走り、力が入らない。
長髪男が逃げ出す。
おれは痛みのために走れなかった。
長髪男は消えた。
肩の痛みを隠しながら、晶と合流した。
晶は長髪男に気づいていなかった。怖がらせたくなかったため、「知り合いを見かけたから追いかけて話していた」と噓をついた。
二人で駅まで歩いている間、おれは長髪男の言葉が引っかかっていた。
『ゆいちゃんにいくらつぎ込んだと思ってるんだ』
長髪男は晶の前のバイト先の同僚で、病的に思い込みが激しく、晶と付き合っていると妄想していた。
……今までは、そう思っていた。
けど、さっきの言葉を聞いて、ある疑念を抱いた。
長髪男がどんなにヤバいやつでも、『晶に金をつぎ込んだ』と妄想するだろうか?
なんらかの理由で、本当に金をつぎ込んでいたと考えたほうが自然だ。
それに、「ゆい」という名前は?
晶がおれに噓をついている?
なぜ?
晶が前にしていたバイトは……ホステスだったのか?
長髪男は半グレみたいな雰囲気じゃない。どちらかというと女に慣れていない雰囲気。
あの男は晶がホステスをしていた店の客で無口だった。だから晶は、『ほとんど話したことがない』と言っていたのか? 長髪男は、晶に貢いでいた?
……晶がそんなものを受け取るか?
だが、長髪男の口ぶりを考えると、ずっと受け取っていたことになる。
まさか──。
おれと会っていた晶は、猫をかぶっていたようには見えなかった。
けれど、女には二面性がある。
おれと会っている晶も、ホステスをして男たちに貢がせてきた晶も、両方とも本当の晶だとしたら? 貢がせること自体、なんら悪いことだと思っていなかったとしたら?
「なあ、丈二。今度……どっか遊びに行かない?」
横を歩いていた晶に訊かれる。
意味がわからず、眉間にしわを寄せると、左腕にパンチをされた。
鎖骨が痛くて顔が歪みそうになるが、ポーカーフェイスを装う。
「気づけよ、鈍感。デートに誘ってんの!」
晶は恥ずかしそうに言った。
「なあ、晶……」
晶がおれを見上げる。
今、おれが晶に訊いたら、どうなる?
あの長髪男が言っていたことは本当なのか──と。
「……わかった。いつにする?」
……考えすぎだ。
きっとぜんぶ、あの長髪男の妄想だ。
仮に、本当に長髪男が晶になにかを貢いでいたとしても、無理に渡したんだ。晶はそんなもの、黙って受け取らない。自分にそう納得させた。
おれたちは、週明けの昼にデートする約束をして、別れた。
<この続きは、講談社タイガ版『顔の見えない僕と嘘つきな君の恋』でお楽しみください>