運命の出会い 二回目 夏目達也 二十歳 #2
文字数 2,084文字
翌日の夜。
葉子と一緒にターゲットの山名晶がバイトしているという円山町のバーに向かった。
外には雪が降っていたので傘をさして行った。
バーの扉の前の傘立てに傘を入れてから中に入ると、店内には暗闇が広がっていた。
「暗闇バーなの?」
葉子に訊く。
「うん、はじめて来た。なんかワクワクするね」
通称「暗闇バー」。店内の照明が極限まで落とされたバーのことだ。この店にははじめて来たけど、ほかの暗闇バーなら標的の女に誘われて行ったことがあった。
店内は八席のカウンターに四人がけのテーブル席が二つ。
店員は男性バーテンダーが一人と女性店員が一人。客はおれたちのほかに一人。店内にはBGMが微かに流れていた。
おれたちはカウンター席に座った。
周りは暗いため客の顔は見えない。とはいえ、カウンターの棚に小さなキャンドルライトがいくつか置かれていたので、店員の顔や動きはかろうじて見えた。テーブル席の近くにも背の低いフロアライトが置かれている。店員が転ばないようにするためだろう。
葉子の大学の友人は先週でバイトを辞めたという。小さな店なので、現在働いている女性店員は山名晶だけだそうだ。
山名晶は、カウンター席に座っていた客を接客していた。
二人の話し声が聞こえる。その声から客は女だとわかった。会話の内容はわからないけど、タメ口で親しげに話している。どうやら山名晶の友人のようだ。
おれは山名晶を観察しながら特徴を探った。今日は標的の特徴を覚えて、後日また来店してナンパする予定だった。
山名晶の身長は百六十センチ前後、ショートカットにハスキーな声。暗闇に目が慣れてから、友人の女もショートカットだったと判明。シルエットだけ見える。
途中で四人客が入店し、山名晶がテーブル席に飲み物を持って行ったのだが、トレイを持つ手がおぼつかない。おれはバーテンのバイトを二年してきたから、山名晶が飲食店で働きはじめてまだ間もないとすぐわかった。
そのあと、ちょっとしたハプニングが起こった。
おれがトイレに入って出ると、
「離せよ!」
店内に山名晶のハスキーな声が響き渡った。
カウンターで二人の客がもみ合っていて、それを山名晶が止めようとしている。
もみ合いをしている一人は、おれがトイレに入っている間に入店していた男。
顔は見えないけど、メガネをかけているのはわかった。長髪を後ろで一つに束ねていたけど、かなり背も高かったし、服装のシルエットからすぐに男だと認識できた。
男に摑まれていたのは、ショートカットの女。どうやら、山名晶の友人の女だった。
男の様子は普通じゃなかった。激しく興奮した様子でなにかを言いながら、女の手を引っ張って店外に連れて行こうとしている。
山名晶は長髪男を必死に止めようとしていたけど、カウンターの中にいたバーテンダーは萎縮しているようで、ただ見ているだけ。
友人の女が危険だと思ったおれは、反射的に男の髪の毛を摑み、後ろに引っ張った。
男が尻餅をつく。
おれは山名晶と友人の女の前に立ち、無言で長髪男を見下ろす。
止められて我に返ったのか、男は店外に逃げて行った。
山名晶が小さなキャンドルライトを持って来て、友人の女の顔を照らし、
「大丈夫か?」と問いかける。
「うん」と答えた友人の女は、
「あの、ありがとうございました」
おれにお礼を言ってきた。
と──その声を聞いて、五年前の記憶が蘇った。
なぜか、鈴木和花を思い出した。目の前にいる女は別人なのに。
キャンドルライトで照らされていたから、友人の女の顔がはっきり見えた。
山名晶も友人もショートカットだけど、山名晶には前髪があるが、友人の女は真ん中で分けていた。
思わず、友人の女の額を確認してしまう。
ほくろがない。鈴木和花は額に小さなほくろがあったはずだ。
──どうかしてる。五年も経ってるのにまだ引きずってるのか。
「元彼かなんか?」
低い声で友人の女に訊くと、山名晶が答えた。
「わたしにつきまとってる男なんだ。暗かったから、この子と間違えたんだと思う」
山名晶と友人の女は、髪型も体型もよく似ていた。
男はかなり興奮している様子だった。
山名晶をいきなり店の外に連れ出そうとしたけど、暗いから友人の女と間違えたのか。
声を聞いたら止めていた女のほうが山名晶だと気づきそうなものだけど……いや、普通の人間は顔以外の特徴を普段からそこまで意識していないか。
「ヤバくないか? あの男、普通じゃなかったぞ」
おれは山名晶に言う。
山名晶は悪女なのだから、男とのトラブルを抱えていてもおかしくない。おれには関係のない話だけど、さっきの男はさすがに危険そうだった。
後頭部をボリボリとかいた山名晶はバーテンダーに向かって、
「すいません、わたし、この子を送るんで今日は帰ります」
と言ったあと、
「あんた、ありがとな。今度飲みにきてくれよ。一杯奢るから」
おれに言って、友人の女と店を出て行った。
葉子と一緒にターゲットの山名晶がバイトしているという円山町のバーに向かった。
外には雪が降っていたので傘をさして行った。
バーの扉の前の傘立てに傘を入れてから中に入ると、店内には暗闇が広がっていた。
「暗闇バーなの?」
葉子に訊く。
「うん、はじめて来た。なんかワクワクするね」
通称「暗闇バー」。店内の照明が極限まで落とされたバーのことだ。この店にははじめて来たけど、ほかの暗闇バーなら標的の女に誘われて行ったことがあった。
店内は八席のカウンターに四人がけのテーブル席が二つ。
店員は男性バーテンダーが一人と女性店員が一人。客はおれたちのほかに一人。店内にはBGMが微かに流れていた。
おれたちはカウンター席に座った。
周りは暗いため客の顔は見えない。とはいえ、カウンターの棚に小さなキャンドルライトがいくつか置かれていたので、店員の顔や動きはかろうじて見えた。テーブル席の近くにも背の低いフロアライトが置かれている。店員が転ばないようにするためだろう。
葉子の大学の友人は先週でバイトを辞めたという。小さな店なので、現在働いている女性店員は山名晶だけだそうだ。
山名晶は、カウンター席に座っていた客を接客していた。
二人の話し声が聞こえる。その声から客は女だとわかった。会話の内容はわからないけど、タメ口で親しげに話している。どうやら山名晶の友人のようだ。
おれは山名晶を観察しながら特徴を探った。今日は標的の特徴を覚えて、後日また来店してナンパする予定だった。
山名晶の身長は百六十センチ前後、ショートカットにハスキーな声。暗闇に目が慣れてから、友人の女もショートカットだったと判明。シルエットだけ見える。
途中で四人客が入店し、山名晶がテーブル席に飲み物を持って行ったのだが、トレイを持つ手がおぼつかない。おれはバーテンのバイトを二年してきたから、山名晶が飲食店で働きはじめてまだ間もないとすぐわかった。
そのあと、ちょっとしたハプニングが起こった。
おれがトイレに入って出ると、
「離せよ!」
店内に山名晶のハスキーな声が響き渡った。
カウンターで二人の客がもみ合っていて、それを山名晶が止めようとしている。
もみ合いをしている一人は、おれがトイレに入っている間に入店していた男。
顔は見えないけど、メガネをかけているのはわかった。長髪を後ろで一つに束ねていたけど、かなり背も高かったし、服装のシルエットからすぐに男だと認識できた。
男に摑まれていたのは、ショートカットの女。どうやら、山名晶の友人の女だった。
男の様子は普通じゃなかった。激しく興奮した様子でなにかを言いながら、女の手を引っ張って店外に連れて行こうとしている。
山名晶は長髪男を必死に止めようとしていたけど、カウンターの中にいたバーテンダーは萎縮しているようで、ただ見ているだけ。
友人の女が危険だと思ったおれは、反射的に男の髪の毛を摑み、後ろに引っ張った。
男が尻餅をつく。
おれは山名晶と友人の女の前に立ち、無言で長髪男を見下ろす。
止められて我に返ったのか、男は店外に逃げて行った。
山名晶が小さなキャンドルライトを持って来て、友人の女の顔を照らし、
「大丈夫か?」と問いかける。
「うん」と答えた友人の女は、
「あの、ありがとうございました」
おれにお礼を言ってきた。
と──その声を聞いて、五年前の記憶が蘇った。
なぜか、鈴木和花を思い出した。目の前にいる女は別人なのに。
キャンドルライトで照らされていたから、友人の女の顔がはっきり見えた。
山名晶も友人もショートカットだけど、山名晶には前髪があるが、友人の女は真ん中で分けていた。
思わず、友人の女の額を確認してしまう。
ほくろがない。鈴木和花は額に小さなほくろがあったはずだ。
──どうかしてる。五年も経ってるのにまだ引きずってるのか。
「元彼かなんか?」
低い声で友人の女に訊くと、山名晶が答えた。
「わたしにつきまとってる男なんだ。暗かったから、この子と間違えたんだと思う」
山名晶と友人の女は、髪型も体型もよく似ていた。
男はかなり興奮している様子だった。
山名晶をいきなり店の外に連れ出そうとしたけど、暗いから友人の女と間違えたのか。
声を聞いたら止めていた女のほうが山名晶だと気づきそうなものだけど……いや、普通の人間は顔以外の特徴を普段からそこまで意識していないか。
「ヤバくないか? あの男、普通じゃなかったぞ」
おれは山名晶に言う。
山名晶は悪女なのだから、男とのトラブルを抱えていてもおかしくない。おれには関係のない話だけど、さっきの男はさすがに危険そうだった。
後頭部をボリボリとかいた山名晶はバーテンダーに向かって、
「すいません、わたし、この子を送るんで今日は帰ります」
と言ったあと、
「あんた、ありがとな。今度飲みにきてくれよ。一杯奢るから」
おれに言って、友人の女と店を出て行った。