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文字数 2,167文字
嗚呼、ますます屈したくなくなる。
そんなフユトの内心が言葉に出ていたわけでもないだろうに、
「何度言っても、こればかりは覚えないな」
呆れた口調でシギが言う。
「言えば楽になるぞ、フユト」
このタイミングで名前を呼ぶのは卑怯だ、と舌打ちして、
「言って欲しかったら、いつもみたいにガンガン攻めりゃいいだろ……」
吐き捨てる。
シギが困ったように笑った。嘲りや蔑みを含まない表情は珍しくて、横目に見ながら、フユトは一瞬だけ、その顔に呆ける。
「なるほど、俺はそういう性癖だと思われてるわけか」
弁解するような声に、
「違うのかよ」
フユトは遠慮なく睨み据える。
「大きくは違わないが──」
そら見たことかと侮蔑を浮かべる、どこまでも勝ち気なフユトの顔を真上から覗き込んで、
「
真っ暗な瞳を細めた。
その言い方は、狡い。
一瞬で顔に血が上るのを感じたフユトは、たぶん、耳まで赤くなっているだろうことを自覚しながら、横を向くことでシギの視線から逃れる。
どうしてこいつは、こういうことを、素面で言って退けるのだろう。フユトが絶対に譲らない部分を知り尽くして、上から押さえ込んだり、下手 に出たり、緩急も、飴と鞭も自在に使いこなして、強がり一辺倒が馬鹿馬鹿しくなる。
心臓が痛い。キリキリと引き絞られる。
「たまには言ってみろよ、その口で」
耳たぶを食む唇が囁く。
「俺に言わされるんじゃなく、お前の意志で」
消えてなくなりたい、と思った。羞恥の上をいく恥ずかしさを何と呼ぶのか、フユトは知らない。ただ、このまま、ドロドロに溶けてなくなってしまいたい。
ぎゅっと目を瞑るフユトの瞼に、シギが掠める程度のキスをする。それにさえびくっと身体を震わせて、フユトはそっと薄目を開けると、
「……後からとやかく言うなよ」
見下ろすシギを睨んで、釘を刺す。
無防備も、弱みも、なるべく握らせたくないフユトを、シギは本人以上に知り尽くしているから、そっと頷いた。
「わかってる」
頬と言わず、全身が熱い。鼓動が速い。消えてしまいたい。こんな自分がいるなんて、認めたくない。
喉が渇いて張り付くようだった。見つめるシギを見返すことが出来ないまま、顔の脇に置かれた腕に右手で触れて、軽く爪を立てながら、
「……して欲しい……」
血を吐く思いで呟く。先を促すようなシギの眼差しを、決死の覚悟で見つめ返して、
「気持ちいいこと、ぜんぶ、して欲しい」
心臓が張り裂けそうだった。言い切って、すぐに瞼を閉じることで、シギの表情を遮断する。
死んでしまいたい。今のは忘れて欲しい。何も見なかった、聞かなかった、そういうことにして、嗜虐的に嗤って、血が出るまで追い込んでくれたらいい。
「全部?」
シギが耳元で聞くから、全身が燃えているように熱くなる。ぎこちなく、辛うじて頷くと、
「最後まで?」
覚悟まで見透かした問いに、限界まで顔を逸らしたフユトは思わず、目を見張った。
察していた──否、勘づかないわけがないのかも知れない。思うことは全て顔に出てしまうから、今日会ったときから、シギ曰くの物欲しそうな顔をしていたのかも知れない。
寂しかった、と言う代わりに気の迷いだと嘯き、満たして欲しい、と求めながら、敵わない相手に屈服するのは仕方ないと誤魔化す。嫌いなのに、憎いのに、本当は全部、裏返しだ。いつから裏返しだったのかなんて、そんなことはわからない。どうだっていい。
隠し事ができなくて泣きそうだ。
恐る恐るシギを見るフユトの瞳に、彼は甘く、蠱惑的に微笑んで、
「いいんだな」
疑問の形ではなく、確信として、フユトに尋ねた。
抵抗するつもりなんてないのに、両手首を頭上で一纏めにされ、片手で押さえ込まれる。フユトへの言い訳の余地を与えながら、深く咬合しつつ、左手が肌の上を滑っていく。弱点を知り尽くす指先が、擽ったり捏ねたりするから、ほんの僅かなキスの合間を縫って微かに声が出てしまうのは、仕方ない。気にしていられない。
脳内麻薬が溢れ出して止まらない。首筋を辿る唇に、舌に。鎖骨を甘噛みして肌を破ろうとする犬歯に。身体の中心が形を失って蕩け出す、予兆がする。
緩慢で長い愛撫に昂っていたから、やり直しの前戯が性急に感じてしまうほど短くても、フユトには何も、問題がなかった。既に覚悟はしているし、そこだって充分に濡らされた。こじ開けられる恐怖がないわけではない。
それでも、一方的に閉じ込められるより、同じ檻の中へ引きずり込んで、互いの頭に銃口を突き付けたまま呼吸することを望んだ。全てに飽きたらトリガーを引ける、引いてもらえる、それ以上の安息があるだろうか。
サイドボードの引き出しを開けて、連なったままの避妊具を取り出すシギから顔を逸らしながら、フユトは呆然と、闇色の天井を見上げた。
以前のようには、もう、戻れない。かつての最愛への裏切りでもある。それでも、充たされていたい。どうしようもなく崩れそうな夜に、そっと背中を預けていられるような、たったそれだけでいいから、シギが欲しい。
自分を壊すような生き方をしながら、本当に壊れてしまうのは怖いから。
枕を下に敷いて浮いた腰を、僅かに持ち上げられて目を向ける。すぐに逸らす。息が詰まる。逃げ出したくなる。
そんなフユトの内心が言葉に出ていたわけでもないだろうに、
「何度言っても、こればかりは覚えないな」
呆れた口調でシギが言う。
「言えば楽になるぞ、フユト」
このタイミングで名前を呼ぶのは卑怯だ、と舌打ちして、
「言って欲しかったら、いつもみたいにガンガン攻めりゃいいだろ……」
吐き捨てる。
シギが困ったように笑った。嘲りや蔑みを含まない表情は珍しくて、横目に見ながら、フユトは一瞬だけ、その顔に呆ける。
「なるほど、俺はそういう性癖だと思われてるわけか」
弁解するような声に、
「違うのかよ」
フユトは遠慮なく睨み据える。
「大きくは違わないが──」
そら見たことかと侮蔑を浮かべる、どこまでも勝ち気なフユトの顔を真上から覗き込んで、
「
たまにはお前の望みも叶えてやりたい
」真っ暗な瞳を細めた。
その言い方は、狡い。
一瞬で顔に血が上るのを感じたフユトは、たぶん、耳まで赤くなっているだろうことを自覚しながら、横を向くことでシギの視線から逃れる。
どうしてこいつは、こういうことを、素面で言って退けるのだろう。フユトが絶対に譲らない部分を知り尽くして、上から押さえ込んだり、
心臓が痛い。キリキリと引き絞られる。
「たまには言ってみろよ、その口で」
耳たぶを食む唇が囁く。
「俺に言わされるんじゃなく、お前の意志で」
消えてなくなりたい、と思った。羞恥の上をいく恥ずかしさを何と呼ぶのか、フユトは知らない。ただ、このまま、ドロドロに溶けてなくなってしまいたい。
ぎゅっと目を瞑るフユトの瞼に、シギが掠める程度のキスをする。それにさえびくっと身体を震わせて、フユトはそっと薄目を開けると、
「……後からとやかく言うなよ」
見下ろすシギを睨んで、釘を刺す。
無防備も、弱みも、なるべく握らせたくないフユトを、シギは本人以上に知り尽くしているから、そっと頷いた。
「わかってる」
頬と言わず、全身が熱い。鼓動が速い。消えてしまいたい。こんな自分がいるなんて、認めたくない。
喉が渇いて張り付くようだった。見つめるシギを見返すことが出来ないまま、顔の脇に置かれた腕に右手で触れて、軽く爪を立てながら、
「……して欲しい……」
血を吐く思いで呟く。先を促すようなシギの眼差しを、決死の覚悟で見つめ返して、
「気持ちいいこと、ぜんぶ、して欲しい」
心臓が張り裂けそうだった。言い切って、すぐに瞼を閉じることで、シギの表情を遮断する。
死んでしまいたい。今のは忘れて欲しい。何も見なかった、聞かなかった、そういうことにして、嗜虐的に嗤って、血が出るまで追い込んでくれたらいい。
「全部?」
シギが耳元で聞くから、全身が燃えているように熱くなる。ぎこちなく、辛うじて頷くと、
「最後まで?」
覚悟まで見透かした問いに、限界まで顔を逸らしたフユトは思わず、目を見張った。
察していた──否、勘づかないわけがないのかも知れない。思うことは全て顔に出てしまうから、今日会ったときから、シギ曰くの物欲しそうな顔をしていたのかも知れない。
寂しかった、と言う代わりに気の迷いだと嘯き、満たして欲しい、と求めながら、敵わない相手に屈服するのは仕方ないと誤魔化す。嫌いなのに、憎いのに、本当は全部、裏返しだ。いつから裏返しだったのかなんて、そんなことはわからない。どうだっていい。
隠し事ができなくて泣きそうだ。
恐る恐るシギを見るフユトの瞳に、彼は甘く、蠱惑的に微笑んで、
「いいんだな」
疑問の形ではなく、確信として、フユトに尋ねた。
抵抗するつもりなんてないのに、両手首を頭上で一纏めにされ、片手で押さえ込まれる。フユトへの言い訳の余地を与えながら、深く咬合しつつ、左手が肌の上を滑っていく。弱点を知り尽くす指先が、擽ったり捏ねたりするから、ほんの僅かなキスの合間を縫って微かに声が出てしまうのは、仕方ない。気にしていられない。
脳内麻薬が溢れ出して止まらない。首筋を辿る唇に、舌に。鎖骨を甘噛みして肌を破ろうとする犬歯に。身体の中心が形を失って蕩け出す、予兆がする。
緩慢で長い愛撫に昂っていたから、やり直しの前戯が性急に感じてしまうほど短くても、フユトには何も、問題がなかった。既に覚悟はしているし、そこだって充分に濡らされた。こじ開けられる恐怖がないわけではない。
それでも、一方的に閉じ込められるより、同じ檻の中へ引きずり込んで、互いの頭に銃口を突き付けたまま呼吸することを望んだ。全てに飽きたらトリガーを引ける、引いてもらえる、それ以上の安息があるだろうか。
サイドボードの引き出しを開けて、連なったままの避妊具を取り出すシギから顔を逸らしながら、フユトは呆然と、闇色の天井を見上げた。
以前のようには、もう、戻れない。かつての最愛への裏切りでもある。それでも、充たされていたい。どうしようもなく崩れそうな夜に、そっと背中を預けていられるような、たったそれだけでいいから、シギが欲しい。
自分を壊すような生き方をしながら、本当に壊れてしまうのは怖いから。
枕を下に敷いて浮いた腰を、僅かに持ち上げられて目を向ける。すぐに逸らす。息が詰まる。逃げ出したくなる。
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