文字数 2,487文字

 この世界に愛なんてものはないと、シギは確信している。自身が得られなかったから信じない、なんて単純なものではない。どんなに綺麗な言葉で彩ろうとも、結局、それらはエゴに塗れた独占欲だ。幸福にしたい、大事にしたいと思い合いながら、互いに努力しなければ継続できないものを愛と呼ぶなら、シギの薄汚れた欲望は、愛なんて崇高なものでなくて構わない。偏執、固執、占有。どんな言葉で呼ばれても厭わない。傍らにフユトがいて、シギの視線を嫌そうに受け止めてくれたら、他には何もいらない。
 お前のためなら、世界を破滅させることもできる。
 過ぎる愉悦に終わりを願う、フユトの項に唇を寄せ、何度、そう思っただろう。フユトの敵はシギ、たった一人でいいと、何度、願っただろう。好意だけでなく、嫌悪や憎悪を含めた関心の全てを買えるなら、シギはいつだって、フユト以外のその他大勢を虐殺してもいいと思っている。戦争より酷い大虐殺のあと、フユトの目の前でシュントの首を落とし、生首の眼窩を犯して辱め、激昂したフユトの手で死ねるなら、それこそ本望だ。
 世界の焉わらせ方に思いを馳せながら、寝入るフユトのこめかみに唇を落とす。
 ひく、と睫毛が震えた。覚醒を予感して身を離すと、フユトは僅かに身動ぎしただけで、また深く呼吸する。
 最も安心してはいけない男の前で、無防備な寝顔を晒すようになってからは、ますます繋いでおきたくなっていた。
 俺だけがお前の全てで、他は何もいらないと誓約させたい──そんな危うい衝動は静かに飲み込み、母親譲りだろう綺麗な寝顔を見つめる。シギが本当に欲しかったものは永劫に手に入らないから、これがいい。フユトでいい。フユトがいい。フユトだけでいい。
「……当分は俺だけにしとけよ」
 シギが伴う誰かに露骨な嫉妬を向け続けたフユトが、ようやく選んだ結論に、自然と口元が緩んだ。
 基本的に表情と感情に乏しいシギは、青い血をしていると噂される程度に冷血だし、眉一つ動かさず、生きた人間を破砕機に掛けて眺めていることもできる。裏稼業はともかく、ずっと鉄面皮では表の仕事がしづらいので、計算し尽くして表情も作るし、他人を観察することで共感性も演出できる。それら全てが意図的に作られた表情や感情で、本来のシギ自身は虚ろだと、自分でも思っていたのに、だ。
 好戦的に笑うフユトに、屈辱と怒りを堪えるフユトに、理性を溶かして蕩けた目で強請るフユトに沸き立つのは、本物の感情と、衝動、欲動、シギにはないと思っていた全てだから、心から愛しい。そう、愛しいのだ。
 わかった、なんて答えたものの、本当はあの場で、骨の髄まで啜り尽くしてしまいたいほど、殺意さえ孕む欲情に焼かれていた。
 あの子犬には叱られるだろうな、とシギは思う。自らは好意を告げず、相手にばかり言わせるなんて卑怯だと、あの少年は円らな瞳を涙で滲ませて憤慨するだろう。仕向けることは得意でも、フユト同様、素直に言葉にすることは苦手だ。拒絶が怖いのではなく、体に染み付いた反射のせいだ。フユトの意識がないときは、どれだけだって伝えられる。睡眠学習で刷り込むように。卑怯な自覚はある。
「ん……ッ」
 肩を掴むフユトの指が力む。薄目で表情を観察しながら、優しい加減で舌を唾液ごと吸い上げる。ひく、と震える指先と肩が愛しい。喰らい尽くして、壊したくなる。
 最中のシギがどんな衝動と闘っているかなど露知らず、フユトは無責任に、余裕があり過ぎて嫌だとか、遅漏で執拗いから困るとか、シギの行為を詰って拗ねる。恐らく、フユト自身が元から過敏な体質であることや、事後の壮絶な疲労、或いは勝気ゆえの文句なのだろうが、シギが如何に慎重に慎重を重ねているかなんて言葉にしたところで伝わらない。
 そんなに文句を言うなら、衝動のままに犯し尽くしてやろうかと、何度、喉までせり上がったことか。
 それに、フユトの意地を取り払うには、音を上げさせるのが肝要だった。建前さえ用意してやれば、フユトが存外、素直になることは、回数を重ねて知っている。これはシギにも好都合だった。ある種、拷問にも近い責め苦でフユトの理性を掻き混ぜる時間は、シギが己の破壊衝動を粉々にして散らすのに、ちょうどいい。
 ゆるゆると前を扱く手に、発熱したような体温のフユトの指が絡む。添えられるような手が制止の意味であることは知りながら、懇願に必要な苦痛を与えることは止めない。
「ぁ、もう、ナカ……っ」
 溢れる唾液で溺れないよう、一度、口内のそれらを嚥下してから、
「ナカも……ッ」
 力なく首を振って、背中から掻き抱くシギへ、フユトが哀願する。
「今日はしない」
 シギにしてみれば、フユトの体を思いやっての台詞でも、そうは聞こえないだろう。内側から前立腺を押し潰しながらの絶頂を覚えてしまえば、普通では満足いかなくなる。
 吐息したフユトは絶望して、シギの手に容赦なく爪を立てた。皮膚を掻き毟られる感触に、耳朶を甘く噛んでやる。
「お前だって勃ってるくせに……!」
 それは感覚で知っている。歳甲斐もなく、腹に付くほど。そんなものの処理はどうとでもなる。シギにとっては、挿入が全てではない。
 仄暗い寝室のベッドの上で、膝に抱き上げるようにしながら、手淫で延々と責め立て、決定的な吐精は与えず、生殺しにして久しい。最初に射精を訴えたときに許していれば、引き上げられた絶頂の最果てを自ら望むなんてことはなかっただろうに。
 これはこれで拷問かも知れないな、と、シギは頭の片隅で思う。人間の体は上限を開拓すればするだけ、そこに順応し、欲するようにできている。多幸を齎す脳内麻薬の分泌は、合法的なトリップだ。そして、そこには違法薬物のような、えげつない依存性がある。前への刺激だけでの絶頂が許されないなら、後ろも同時に刺激されたいとフユトが願うのは、シギの手管に拠るところが大きい。
 矜恃を投げ打った哀願を聞き届けてもらえない、哀れな獲物の首筋を吸った。絶頂に向けて痙攣が始まる体を抱きしめて、カウパーとローション塗れの楔を追い立てる。
「ィ……ッ」
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