文字数 2,109文字

 それが子どものような甘えだなんて承知している。だから存分に甘やかして、ずぶずぶに蕩けさせて、許してと宣う恥知らずを罰して欲しい。弱さを超えられないお前は孤独が似合いだと突き放して、傷に呻く身体を抱きしめて欲しい。身勝手を嘲笑(わら)って、身の程知らずと詰って、それでも愛しいと囁いて欲しい。
 自分勝手なフユトと同じく、他人に関心を持たないはずのシギの手管は、フユトと違って、いつだって巧妙だ。付け入れば付け入るほど、依存は確たるものになると知り尽くしているからこそ、欲しいものだけを察して選び、与えてくれる。
 口舌の交わりだけで、フユトの理性はボロボロだった。舌の付け根まで甘く痺れるような余韻で、呆然とする他ない。
「イイ顔だな」
 たっぷり十分はキスをかわして、なのにシギは飄々と言った。余裕があるどころではなく、欲情すら感じない、観察者の声だった。
「……うっせ……」
 舌も唇も翻弄されたフユトは、息も絶え絶えに、苦し紛れの悪態で自我を保とうとする。半ば朦朧としながら、どちらのものともつかない唾液で濡れた唇を、ぐい、と手の甲で拭う。

前に浴びて来い」
 ソファから立ち上がりながら、フユトの肩を軽く叩いて、シギが言った。
 フユトはゆるゆると首を振る。恥ずかしいから、シギの顔は見られない。
「……ひとりじゃ、無理」
 呟くと、僅かな間があった。居たたまれなくて訂正しようと、フユトが口を開こうとするタイミングを見計らったかのように、シギが穏やかに笑う気配がした。
 言葉ではなく、細胞レベルで発するフユトの本音は、最初から全て、見抜かれている。嫌も、駄目も、無理も、拒絶のほとんどが口先だけなことを見通して、生かさず殺さず、追い詰められる。
 寂しかったから甘やかして──情けない言葉にしなくても、シギは全て、掬い取ってくれる。
 頭から二人でずぶ濡れになりながら、ボディソープを纏った指の抽挿だけで、腰が砕けそうになる。背中を預けたら喉を真一文字に掻き切られるかも知れないのに、それが最期なら受け入れたいと思ってしまうくらいに、脳髄の奥の奥から毒されている。
 腰から脊髄を駆け上がる電流に、背筋が強ばった。歯を食い縛ることで辛うじて堪えていた声が、呻くように漏れ出てしまう。吐精しないまま極めた絶頂に痺れながら、食い締めた指が抜ける感覚と、蟠る泡を流し切る水流さえ、フユトを危うく刺激するから、視界を完全に閉ざして耐えた。
 浴室ではいつも、ここまでだ。手足の拘束や、絞首による窒息、放置と寸止めを自在に操って放出の管理さえ愉しむ男は、けだし、内臓を酷く傷つける真似だけはしない。例え、フユトが心から、勢いのまま暴いて欲しいと願うことがあったとしても、頷かないだろう。潔癖と言ってしまえばそれまでだろうが、ローションも避妊具も欠かさないのは、彼なりの優しさであって愛情なのだと信じたくなる程度に、フユトは飼い慣らされ始めている。
 飽きるほど繰り返される口付けを受け入れる。フユトがそちらに夢中になっている間に、レインシャワーのコックが捻られて止まる。僅かに唇が離れた隙に、フユトはギリギリ残った冷静な自我で、自らの唇に手の甲を押し当てて隠した。これ以上はもう、いらない。欲しいのはキスじゃない。
 浴室の壁に背を当てるフユトを囲い込み、下から瞳を覗き込みながら、シギが徐に下唇を舐める。肉厚な舌の些細な動きにさえ発熱し、どうしようもなく、欲しい、と渇望する。
 それでも、言葉には出来なかった。シギの肩に縋って口元を押し付け、たった一言、呟くことも出来たのに、それをしたら負けのような気がして、その一歩が踏み出せない。
 濡れて張り付く髪を掻き上げられる。剥き出しになった額へと唇が触れる。なかなか陥落しないフユトを宥めるように、諭すように、堕ちてくるまで待っているとでも言いたげな、優しい口付け。
 薄墨色の腕を睨んだ。どれだけ懐柔されようと、堕ちるものかと気を張って。
 なのに、シギの駆け引きは覚悟さえ簡単に揺るがす。
 地獄だ──と、煮詰まったように重く、溶け落ちそうなほどに灼け付く脳の片隅で思う。陥落してしまえば楽になるぞ、と、フユトに巣食う悪魔が囁く。当初は噛み締めていられた奥歯は、とうに力を失って、溢れる唾液が唇を濡らしている気がする。
 許すまで()くな、と言われて、直前で扱き上げる手を放される、愉悦の極限が続くのだと思った。微温湯に満たされた湯船の中、シギに背中を預け、知り尽くした法悦のつらさを思いながら、上等だと買って出たまではいい。加減も速さも心得たシギの手淫に極まりそうになって震えても、シギはその手を止めなかった。挙句、勝手に()ったら内臓を腕で掻き回すと脅されて、全身が有り得ないほど突っ張った。
 永遠のように長い時間が経っている気がする。理性なんて九割方なくなっているのに、それでもフユトは従順になれない。
 赤く充血する鈴口を傷つけないよう、細心の注意を払って攻め手を変えるのに、放出の許可は一向に出ない。触られるのも苦しいほど張り詰めていたのは最初だけで、吐精欲求の最大波を超えたあとは芯を失っている。
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