文字数 1,146文字

 浅く吐息しながら、微かな声で、もう一度、死ぬ、と呟いた。本来なら秒で終わる絶頂が歪に引き伸ばされたぶん、神経がじりじりと焦げていく。
 膝立ちのまま、肩で支えていた上体をシーツに投げ出す。甘美な陶酔は遂に燻り、焦げ始めている。
 束の間のインターバルに、気だるく瞬きをしたフユトを仰向けにし、
「死ね」
 凄惨な光を瞳に湛えてシギが言う。
 どうか噛み砕いて欲しいとでも言うように、フユトは喉笛を差し出した。これで全てがようやく終わる。その先に、安寧だけが待っていることを願った。
 台無しにされ続けた絶頂がようやく許されたのは、程なくしてだった。先延ばしにされた壮絶な解放感に総毛立つ。
 これを覚えてしまったら、並のセックスなんて単調すぎて、満足できなくなる。一抹の危機感さえ、茫洋と漂う意識には届かなかった。身体の感覚が現実と乖離している。法悦の業火に焼き尽くされて残骸さえ残らない。それでもきっと、シギは丁寧に遺灰を拾ってくれるから、全てを放棄して委ねてしまうことができた。
 何かの後遺症のように重怠さや違和感を引きずりつつ、愉悦の先の更に先を見せるシギを心から恨んだことは、その実、少ないかも知れない。一度、爛れた焼け野原になってしまえば、待ち受けているのは再生だけだと、身体に叩き込まれている。
 その日はそうして攻め落とされただけで、溜まっている、なんて明け透けな言葉を使ったシギとの本番はなかった。何より、ほとんど気絶するように落ちてしまったから、シギに最初からそのつもりがあったかどうかは知る由もない。
 ふと目が覚めたときは、だだっ広いベッドに一人きりだった。情事の爪痕などない真っさらな身体で、清潔なシーツに包まっている。それ自体はいつものことだ。シている間は鬼のように攻め立てるのに、終わったあとのシギはとてつもなく甲斐甲斐しい。それも計算のうちだとは思えど、当たり前のように受け入れてしまう自分がいる。
 屈しろと言われて膝をつくほど、フユトは素直じゃない。屈した演技をしながら爪と牙を研げるほど、器用でもない。
 噛み付くような反抗も、吐き捨てるような反駁も、フユトの全力を鼻で嗤い、その程度で抗うなとあしらいながら、フユトが勝手に絆されて堕ちて来るいつかを待っている。シギがそういう男だからこそ、フユトは清濁併せ呑まずに反発できたし、弱さも醜さも、この男の前でだけは隠さずにいられると確信を持てた。
 シギはいつだって、フユトが嫌うそれらを鼻先に突きつけ、救いようのない莫迦だと言って、笑ってくれる。たったそれだけのために、頸動脈の存亡を預けようと思ってしまうくらいには、フユトは悪魔に絆され、結果、失楽園の箱庭の中で狂っていけるのだ。





【to be next, "bequeath"】
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