文字数 1,417文字

 他人の体を使った一人遊びを間近で、しかも正面から見られるだけでも羞恥なのに、ドライで達した事実は、フユトをますます居た堪れなくさせる。
 浅く短い呼吸を整えていると、余韻でくたりと脱力した体を、シギの腕が引き寄せる。最初から最後まで、欲望に忠実だったことを褒めそやすように、額へ、こめかみへ、首筋へ、シギの唇が触れるから。
「……少し、休む……」
 普段の情事であれば、甘ったれるなと言われそうなことを、気だるさのせいで呂律が回らず、舌足らずになった口調で告げてみた。
 実際は八十キロまではいかないものの、脱力して全体重を預ければ、体感は恐らくそれ以上だろうに、シギは平然としていた。痛覚が鈍いから、足の痺れも感じにくいのかも知れない。
 およそ五分弱にわたったインターバル中は思考力が落ち、自分の体重だとかシギの痺れ具合だなんて、考えもつかなかったものの、余韻が引いた今になって気づく。それでも、詫びてなんてやらない。あれもこれも全部、お前のせいだ。
「動けるか」
 肩に額を預けたままのフユトに、シギが穏やかな声で尋ねた。やけに機嫌が良さそうなのは、このあと、陵辱の限りを尽くそうと思っているからだろうか。
 素面で担がれるのはさすがに抵抗がある。フユトがそろりと体を起こすと、
「後ろ向け」
 シギも限界が近いのだと、遠回しに告げた。
 全てが終わり、ようやく寝室へ戻ってベッドに横たわる。羽毛入りの枕を二つ重ねた上に頭を載せると、すぐに睡魔が訪れる。重怠い体感のまま、泥濘に沈んでいくような錯覚。
 最後まで浴室でするから、てっきり中に出して後始末するのかと思ったものの、シギが選んだのは素股で、かなり拍子抜けしてしまった。とはいえ、久方ぶりの本番、しかもドライで達したあとだから、フユトの体力を考慮するなら、シギの選択がベストだったかも知れない。
 複数人を相手にした喧嘩より、シギとのセックス一回のほうが疲れるのは何故だろうと、事後は毎回、頭の片隅で思う。思うけれども、疲労と倦怠でストンと落ちてしまうから、結論が出た試しはないし、結局のところ、答えなんて必要なかった。
 微睡みから流砂に飲まれるように、眠りの深淵へ誘われる。意識が全て飲み込まれる直前、腰を抱き寄せた平熱三十五度の腕と、耳朶に寄せられた唇と、鼓膜をくすぐる囁きを感じる。うん、と曖昧に答えたのが、最後。
 目を覚ますと、いつも通りに独り寝だ。シギの体温も気配も、傍らにいた痕跡は微塵もない。それが何となく不満であることは、ずっと伝えられないままだ。
 リビングにもシギの姿はなくて、執務机が綺麗に整ったままなところを見ると、朝から忙しなく部屋を出たのだろう。あいつはちゃんと眠れただろうか、なんて、らしくなく思ってみる。
 計算高い蛇の策略と、賢しい蜘蛛の執着で、気づいたときには、フユトは逃げられなくなっている。シギの本意が何処にあってもいいと思えるくらい、毒されている──否、嘘だ。
 どうか、眠る直前の刷り込み通りであって欲しいと願ってしまう。全てを諦め、絶望し、期待さえ寄せない悪魔の唯一の拠り所でありたい。不器用なフユトには大事なものなんて持てないから、傷つけるために振るう刃ごと抱き締めて、怯えるなと言って欲しい。
 ふ、と自嘲する。癇癪を起こしておきながら他人を責めるガキよりタチが悪い。そんなこと、わかっている。
 それでも、大丈夫だと言ってくれるのは、シギがいい。




【了】
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