文字数 2,228文字

 選ばなければきっと、シギは手首と足首をそれぞれ一纏めに繋いで、強引に足を拓く体勢を取らせるつもりだったはずだ。何をどうされるか見せつけながら、恥じらいに耐え兼ねたフユトが服従を選ぶ様を、満足気に見下ろしたかったはず。シギの思惑通りは回避したものの、一纏めにされた手首と肘と膝で体重を支えつつ蹲る姿勢は、シギが視界に入らないぶん、恐怖が先に立つ。何をどうされるかの一切が見えないのも、感覚が鋭くなって嫌だと実感する。
 それを喚けば、更に無防備な体勢で拘束されそうで、衝動を呼吸ごと、深く飲み込んだ。
 肌から指先が付かず離れずの絶妙な具合で、フェザータッチが腰周りを撫でる。先程まで散々味わった絶頂のせいか、海綿体に集まる血流はないものの、重だるいような感覚が微熱を帯びて、肚の底に溜まっていく。
 時折、項を掠める唇の感触に、背筋がぞわぞわと粟立つ。
 こんな愛撫は、知らない。フユトが重ねた情事の経験に、直接的な場所の刺激以外で、吐息まで熱を帯びることなんて、たぶんなかった。
 つぅ、と、会陰を撫でる冷たい指先に、爪先まで強ばる。最も恐れていた

側が施される前戯に、シーツに爪を立てて握りしめる。止めてもらえるとは思わないまでも、無意識に首を振っていた。それだけは嫌だ──口に出したら、シギは窄まりが緩んで馴染んでいく過程を見せつけるだろうから、沸き出す嫌悪と憎悪ごと、息と唾を飲む。生理的な震えが始まって、ガチガチと歯が鳴った。溢れる涙も嫌悪による生理現象だ。
 湯で温められた人肌温度のローションが、狭間をゆっくりと撫で落ちていく。屈辱と陥落の足音が聞こえる。首だけを静かに振って、同意はないことを示し続ける。
 シギの手が枕元に伸びた。シーツに頬を押し付けたまま、涙の膜越しに、その手が避妊具を取るのを、茫洋と見つめる。それが何に使われるかなんて聞きたくない、知らなくていい。
「……いいこだな」
 これから起こることに緊張していなければ、そっと耳元を掠めたシギの言葉に、子供扱いするなと激昂していたかも知れない。何も見たくないと目を閉じると、表装を破く音がやけに際立って聞こえる。シギの動きを気配だけでも捉えようとするから、間もなく訪れるだろう瞬間に怯える。
 宥めるように髪を梳く優しい手つき。絆されるものかと身構える中で、ラテックスとローションを纏った細く硬いものが、後ろの粘膜を繊細に、カリカリと掻いた。
 絶対に声を出すまいと食い縛った唇が、引き攣れる喉が、ほんの僅かな異物の侵入に、フユトを裏切る。粘膜を割ったのはまだ、爪の先くらいなのに、地獄は始まったばかりなのに、拒絶を叫ぶ声も、滲む脂汗も、全身を蝕む痙攣のような震えも、止まらない。
 手首がひりつく。タオル製の帯のために、擦れてしまっている。
 咄嗟に激しく抵抗しようとしたために、恐慌状態へと陥ったフユトを横臥させて、シギはそっと、色を失った彼の唇を舐める。舌を求められたと理解したフユトが、怖ず怖ずとそれを差し出すまで、下肢への愛撫は全てやめた。
「怖くない」
 長いキスから舌を解放したシギが、耳元で囁く。
「暴れると却って痛むぞ」
 横臥する背中に密着する、ほんのり冷たい体温に生殺与奪さえ委ねてしまえば、きっと楽になれる。だからフユトは、肺の奥から深く呼吸して、排泄器官を割る指の感触に、ぞわりと背筋を震わせた。
 指一本でも相当な異物感に、吐き気がする。侵入することなど有り得ない場所だからこそ、排泄しようとする本能が指の太さも形も食い締めて教えるから、征服されようとしている現実を明朗に感じてしまう。どんなにローションを纏っても、皮膚と粘膜の境目はしきりに、鈍痛を訴えた。時間と共に、不快感だけが増していく。会陰を撫でる指がなければ、脱臼も出血も厭わず、身を捩っていたかも知れない。
 震えながら呼吸するフユトのこめかみに、シギの唇が落ちる。とんでもなく愛おしいものにするような施しに、正気をスレスレで保つ自我は、勘違いしそうになる。
 侵入したまま動かずにいた指は、括約筋が受け入れて異物感が薄れる頃合いを見計らったように、優しく内部を撫で始める。こんなに慎重を期す必要があるだろうか、というくらい、指はゆっくり深度を増して、不快感に呻くフユトをその都度、宥めながら前立腺を探し当て、会陰と同時に刺激する。
 気持ちいい、と言うより暴力的過ぎる感覚に、爪先まで突っ張った。堪えるより、溢れるまま声を出した方が身体も楽だと気づいたのか、フユトの口は微かに開いたままだ。そこを押されると一段、上擦る声を恥じらうように、瞼だけはきつく閉ざして、壮大な不快に混じる微かな感覚を吟味して拾い上げることで、やり過ごそうとしている。
 そんな時間が、体感にして一時間ばかり続いただろうか。
 乾くたびに足されていたローションが底をついたのか、或いはシギ自身が満足したのか、それはわからない。現実逃避のし過ぎで霞む頭では、何も判断できなかった。
 ようやく抜けた異物感と、そのぶん緩んでしまった違和感に総毛立ちながら、背後のシギを振り向こうとして、
「……ぁ……」
 腰に当たる熱の存在を、今更になって、はっきりと感じてしまった。太さも、長さも、熱さも、当たり前ながら自分のものとは違う。生殖器官としては同じなのに、まるで違う主張を実感した途端、自身の痴態を見られる恥じらいよりも更に上をいく羞恥に、かっ、と頬が熱を持つ。
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