文字数 2,220文字

「ぅ、ぁ、もう、イけって……!」
 苦鳴を漏らしつつ、ドライで達するそこが白濁を零さないよう自ら戒めながら、括約筋をこれでもかと絞り上げて、フユトが泣き言のように言う。男同士が使うのは排泄用の内臓なのだから、女の膣のような機能はないし、性交に順応して全体の感度が上がることもない。前立腺に触れて刺激すれば快感を得られるけれども、延々と掻き混ぜられ、あまつさえ突き破られそうな律動が続くのは苦痛だ。
「欲しかったくせに、ワガママだな」
 根元までを一気に沈めて、シギが嗤った。奥の奥まで届く楔に、フユトは喉を反らして極まる。達した陰茎が手の中で震えるのを感じたものの、肝心の吐精は精巣に重く留まり、劣情と共に渦を巻く。
 敢えて出さないのは、出したあとが苦しいと、経験で知っているからだ。
「勃ちは悪いしイかねェし、爺かよ……」
 ドライ後の余韻を漂いながら、フユトが辛うじて絞り出した罵声に、
「あと一時間、耐えろよ」
 シギは空恐ろしい言葉で答えて、突っ伏すフユトが予感に震えるのを眺める。
 内臓を掻き回されて二度と使えなくなるかも知れない、という不安と、あと一時間も同じだけの愉悦が続くのか、という恐怖と、そのうち理性がなくなって泣き叫ぶように悦ぶだろう、という確信が、フユトの全身の発熱と発汗を促す。
 想像するだけで、またトぶようにイキそうだ。
 食い縛る歯の隙間から荒い呼吸を繰り返すフユトは、
「手は外せ」
 根元まで沈めたまま、余韻が引くのを待つシギの言葉に、愕然とする。
「え……?」
「抑えてないで出せ、と言ったんだ」
 思わず視線を向けたフユトに、シギは欲を隠さない獰猛な目をして、言葉を変えた。
 前に、手淫のみで延々と絶頂させられ続けたときのフユトのことを、シギは覚えていないわけではあるまい。がっちりと四肢を拘束され、抵抗を奪われて尚、濃厚なローションを纏う掌が上下するたびに身を捩って暴れたため、思わぬ負傷までしたのだ。尿道が炎症を起こし、三日間は生理現象さえつらかったと抗議までしたのだから、二度としないと誓ってくれてもいいのに。
 凄絶な記憶に、しかし、フユトの熱は下がらない。徹底的に壊されたあとの自分を見てみたいと、少しだけ思ってしまう。
 複雑にへし折れ、骨が飛び出た兄の右腕が羨ましかった。出来るなら、自らの利き腕を捧げたいと思った。フユトが隻腕になったなら、兄はもう、誰の元にも行かないだろう。こうなったのは自分のせいだと自らを責め、フユトを労り、ずっと傍にいてくれる。拠り所を独占したいと願ったフユトの歪な希望は、永劫に叶わない。片割れがいなければ生きていけないフユトは、ケダモノと貶められるくらいがちょうど良かった。
 原型も残さない肉塊になって、腥い臭気を放ち、誰もに眉をひそめられる厄介者がいい。それでも愛しいと掻き抱いてくれたら、尚良い。
 シギはきっと、それを全て与えてくれる。その手で切り刻んだ遺骸を更に踏み潰し、唾棄して、フユトの不様を嗤ってくれる。卑怯なお前に似合いの最期だと、人でなしとして死ねて良かったなと。
 叩きつけるような強さで更に一時間も犯されたら、直腸だけでなく、結腸までズタズタに傷つく。本能的な直感にぶるりと震えて、
「……楽じゃなくていいから、殺せよ」
 本心から願った。
「逃げるか」
 シギが嘲る。
 そうじゃない、とフユトは首を振り、
「壊すんじゃなくて、殺せ」
 蕩けた眼差しで、シギに強請る。
 その男はすぐに、フユトの本懐を察して理解したようだった。
 泣いて叫んで這い蹲るくらいの苦痛じゃ足りない。生きたまま四肢を切断し、傷口を焼いて止血した上で飼い殺すような緩慢さじゃ足りない。もっと酷く、手荒に扱って、生まれてきたことを後悔させて欲しい。やはり間違っていたんだと知らしめて、それでも逃がさないと籠絡して欲しい。
 抉るようだった突き上げが、押し潰す動きに変わる。長いストロークにフユトが痙攣すると、下肢へ伸びた手が押し出されるような吐精を確認し、残滓まで残らず吐き出させようと扱き上げる。悲鳴のように絶頂の最中を告げるフユトの体を抱き込んで、
「ほら、死ね」
 頸動脈を正確に押さえながら、シギが残忍に命じた。
 ヒュウ、と隙間風が抜けるように喉が鳴るのが聞こえた。ギリギリと絞め上げられる気道に酸素が入らず、煮え立つ脳が膨張していく気がした。風船のように容易く割れてしまえばいいのに、と思ったのをきっかけにしたかのように、ぶつん、と視界が暗転する。意識が遠のく間際、聞き慣れた誰かの声が愛を囁いた気がしたが、酸欠の脳が創り出した幻聴だったかも知れない。
 喉から手が出るほど願っても、それを手に入れてはいけないと、フユトは自縛している。
 全ての不幸を兄に背負わせた挙句、幸せに出来なかったフユトには、それを欲しがる権利はない。どうか、遠い地へと旅立った兄が、フユトが与えられなかった幸福に満たされ、不自由なく暮らしていて欲しい。誰にも脅かされることのない日常を当たり前のものとして、傍らの最愛と笑っていて欲しい。幼稚で傲慢なフユトには、誰かを傷つけることしか出来ないから、八つ裂きになって廃棄されるような生き様が合っている。そこに精神的な充足は要らない。物理的な排泄が伴い、欲情が発散されるなら手段なんて問わない。
 一年前までなら、そう思っていた。今は、自ら課した枷が煩わしいほど、優しい嘘に騙されたいと思う。
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