人生終わっちゃった!

文字数 2,598文字

 気まずい沈黙が辺りに漂う。
 やってしまったか。
 思わず戌亥が警察署にしょっ引かれていく姿を想像してしまった。
 戌亥の両脇を刑事が固め、学校の駐車場に停められたパトカーへと連行していく。
 校門の外にはマスコミだか、パパラッチだかかカメラを構え、通り過ぎるパトカーにフラッシュの嵐を浴びせ――いかん、いかん。
 僕は慌てて頭を振ると、妄想を掻き消した。
 まだ、決まったわけではない。
 今やるべきことは応急処置だ!
 しかし――やり方が分からない。
 救急車、心臓マッサージ、人工呼吸か?
 そうだ! 保健の先生を呼んでこよう。
 僕が駆けだそうとしたところで、倒れていた神主が息を吹き返した。
「ぐふぅ!」
 胸を激しく上下させると、地面に手を着いて起き上がろうとしたが……立てなかった。
「ごふっ」
 改めて地面に伏す神主を、山伏達が介抱する。
「……ま、まだ死ねん。社殿を新築するまでは、跡継ぎを作るまでは!」
 わなわなと伸ばす手を山伏の一人がガシッと握った。
「きーっ!」
 奇声を上げると神主は静かになった。
 山伏達に担がれて、あえなく退場となる。
 校庭を移動するなか、ときどき意識が戻るとみえ
「儂は必ず帰ってくるぞ!」
とか
「謝るなら今の内だからな!」
と叫んでいる。
 これなら大丈夫? のようだ。
 人気の無くなった校庭を見てホッとしていると、しゃくり上げるような声が耳に届いた。
 ぎょっとして隣を見ると、緊張の糸が切れたのか戌亥がマジ泣きしている。
「うわぁああぁん!」
 涙と鼻水を流しながら、くしゃくしゃに泣いている姿にクラスメイト一同ドン引きだ。
 とはいえ、放っておくわけにもいかない。
「戌亥、大丈夫だ。しっかりしろ。もう終わったんだ」
「私の人生終わっちゃった。もう学校に来られない……」 
 いかん、掛ける言葉を間違えたようだ。
「どこか遠くに行きたい――」
 虚ろな目をして言うんじゃねぇ!
 このままでは高校をドロップアウトだ。
 何とかせねば!
「安心しろ、ここにはお前を責めるような奴はいない。そうだろ、みんな!」
 ざっとクラスメイトの顔を見回すが、戌亥の雰囲気に呑まれたのか一様に目を白黒させている。
「ようし、不満のある奴はここで手を挙げろ。後で、こそこそ言うのは無しだからな」
 一人一人の顔を見ながら、無言で念を押す。
 手を挙げちゃダメだダメだ!
 僕の念が届いたのか、誰も挙手しなかった。
 当然だよね……。
 今、手を挙げたら、周囲の人間から人でなし認定を受けることだろう。
「これで決まりだ。戌亥、お前は悪くない。明日からも普段通りに登校できるんだ!」
 ここは言い切る。
 もしかしなくても先生に呼ばれたり、懲りずに神主がまたやって来たりと――色々ありそうだが、あえて無視!
「本当に、そう思う?」
 戌亥が上目遣いに見てくるが、僕は動じない。
 大丈夫! 大丈夫!
「そうだ! 見てみろ、みんなも納得している。賛成してくれるやつは拍手をしてくれ」
 僕の呼びかけに一人と二人と始まった拍手の輪は徐々に大きくなり、最後はクラス中で拍手の嵐になった。
 戌亥が恐る恐るといった感じで周囲を見回し、ようやく泣き止んだ。
 これで、よし!
 なんとかなった!

 あれから戌亥は大河内先生に事情を聞かれたりしていたが、泣き出すこともなく淡々としていた。
 佐藤は、むっつりとした顔でおとなしくしており、午前の狂騒が嘘のように午後の授業が過ぎた。
 そして放課後なになり、僕達三人は進路指導室に集まった。
 昨日と同じく、ソファーの真ん中に座った大河内先生が言葉を選びつつ話し始める。
「えー、最初に伝えておくが、今日は色々あった。本当に色々あった……。一時はどうなるかと思ったが、そんなことの後に、それでも集まってくれたことを嬉しく思う」
 大河内先生の話を、向かい側のソファーに腰かけた僕達は聞いていた。
 テーブルの向こうに座る大河内先生の顔を――佐藤は見ておらず、戌亥は顔だけ向けるも見ておらず、僕だけが見ていた。
「事態は収束するどころか、混迷の度合いを増す一方だ。それと言うのも、皆が腹の中に一物を抱えたまま、場当たり的に不満を出しているからだと思う」
 大河内先生の話を神妙に聞きつつ、僕は頷いた。
 佐藤も例の神主も、感情の赴くまま突っ走った感じだしね。
「だから、関係者を集めて、溜め込んでいるものを全部吐き出してもらおうと思っている」
 もっともだと思うけど、誰が収拾をつけるんだ? 
 関係者と言っても、灰汁(あく)の強いやつしか来ないだろう。
 互いに気持ちをぶつけ合って、友情が生まれる――訳が無い。
 拳と拳で語り合う未来が脳裏を過る。 
 僕が――先生、それは場外乱闘一直線、下手をすると学校崩壊です! と言おうとしたところで、佐藤が口を開いた。
「ほう、それは良い考えですね」
 眼鏡の奥の瞳が、怪しい光を湛(たた)えている。
「御開山聖人の教えがいかに正しいか、堂々と主張できるというもの。仏敵を折伏(しゃくぶく)する絶好の機会……ふふふ」
 その発想、間違ってるから!
 佐藤が言うには、折伏とは――法を説いて迷いを覚ましてやることらしい。
 分かり合おうという気持ちが欠片(かけら)も無いね!
「……今から頭が痛いが、一度徹底的にやった方が良いと思うんだ。今の状況は、壊れかけの建物を必死に支えようとしているようなものだ。だが、新たな不具合が次々と見つかり、後手後手に回っている。どこが悪いのか全部出してから、一つ一つ対策を練った方が効率的だと先生は思う」
 とはいえな……。
「もしも悪い所を全部出して、建物が全壊してしまったら、どうするんですか?」
 僕の疑問に、大河内先生はいったん目をつぶると、厳かに告げた。
「それはそれ、これはこれ。それで潰れるようなら、早いか遅いかの違いだけで、結局は同じだ。人事を尽くして天命を待つ、それしかない」
 先生、それを丸投げって言うんですよ。
 それから大河内先生と僕達は話を続けたが、他にアイデアも出ず、結局はマリアを交えて公開討論会を行おうということで落ち着いた。
 不安しかない……。
「その日は私、学校休むから」
 戌亥の言である。 
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