第9話 味噌煮込み素麺は名古屋の味

文字数 2,276文字

「鈴和、何見ているの?」
康子は教室の机に座って何か地図の様なものを見ている鈴和に声を掛けた。今日は終業式で明日から夏休みだ。
「うん、今度ね伊丹に行くから地図見ていたの」
「旅行、家族で?  夏休みだもんね。いいなあ~」
 そこまでを一気に言うと康子は鈴和に顔を近づけて
「おみやげお願いね!」
 それを聞いて鈴和は呆れて
「違うよ、仕事。組織の仕事だよ」
「なあ~んだ。がっかり。でも東京の鈴和がなんで大阪の伊丹迄行くの?」
 鈴和はそれは説明しないと判らないと思った。
「実はねえ、伊丹に幽霊が出て、しかも傍を通る人に被害が出ているそうなのよ。それで私が行って解決する訳」
「でも、向こうにも霊能者いるんでしょう?」
「いるけど、今ね大阪もヒロポンが広がっていて、そっちに皆かかりきりになってるの」
「そうか、それで鈴和がわざわざ行く訳ね。じゃあ神城先輩と一緒?」
 鈴和は、そうか康子はそれが訊きたかったのかと思った。
「それがね、康子はどう思うかも判らないけど行かないわ」
 それを聴いた時の康子の喜び様は無かった。鈴和は本気で笑ってしまった。そして親友の事を「いじらしい」と思ってしまった。
「神城先輩はヒロポンの事でこっちで掛かり切りだからね」
 そう言って康子を安心させる。
「あのね、新しい人と一緒に伊丹に行くのよ」
「ふううん、それは誰?」
「さあ、大阪に行く途中で合流するから」
「へえ~日本を股に駆けるんだね。で何処で合う訳」
「それが良く判らないから、こうやって地図で確認してるのよ」
 康子は鈴和が見ていた地図を横から覗き込んだ。そこには「名古屋駅地下街全図」と書かれていた。
「なんで大阪なのに名古屋?」
 不思議そうに言う康子に鈴和は
「だって待ち合わせ場所が『山口屋本店、名古屋駅前店』なの」
「なにそれ?」
「うん、何でも名古屋じゃ有名なうどん屋さんなんだって、特に味噌煮込みうどんが美味しいらしいって」
「あたしだったら、うどんじゃ無くてパフェだなぁ」
「私だってその方が良いけど、仕方無いから、向こうからの指定だし、名古屋の娘なのよ」
「じゃ仕方無いね」
 そう言って康子はもう一度その地図を見て
「それでも判りづらいわ。結局何処?」
 翌日、鈴和は新幹線に乗って名古屋に向かっていた。名古屋は一度行った事がある。豊川稲荷へ参拝して栄で買い物したのだ。街の印象は、道路が広いと言う感じだった。
「あの時味噌煮込みうどん食べておけばもっと印象が違ったかしら?」
 窓から外を見ながらそう思っていた。名古屋駅に着くと、改札で「途中下車です」と言って外に出る。色々な人に訊いて、ユニモールと言う地下街にその目指す店があると判った。
「ウチの組織ってなんか間が抜けてると思うわホントに」
 ブツブツ言いながらも何とか目指す「山口屋本店、名古屋駅前店」を見つけた。
「山口屋本店って本店って名が付いてるのになんで名古屋駅前店なんて付いてるんだろう?」
 鈴和はそう言いながら店の暖簾をくづった。
「いらっしゃいませ」
 店の人に明るい声で出迎えられる。時間的に昼時には未だ時間がある為空いていた。鈴和が店内を見て戸惑っていると、ある少女が近づいて来た
「こんにちは、貴方が上郷鈴和さんですか?」
 鈴和より十センチは大きいと思われる娘がにこやかに挨拶をした。鈴和は声のした方を見て見上げてしまった。
「ああ、こんにちは、貴方が佐々木英梨さんね」
鈴和の身長が百六十二センチだから英梨は百七十二センチ以上ありそうだった。
「随分背が高いのね。驚いちゃった。宜しくね」
 そう言って右手を差し出した。
「こちらこそよろしくお願いします。身長は百七十五あります」
 そう言って握手して、英梨と鈴和が呼んだ娘は笑った。
「席に座りましょう」
 そう鈴和が言って二人は英梨が座っていた席に座った。店内は木目の感じが生きた装飾がされていて、床は黒の石のタイルが敷き詰めてある。テーブルは明るい茶色で統一されていて、椅子も横長の机と同じ色の椅子が備え付けてある。
「お昼には早いけど食事にしませんか?」
 そう言う英梨の提案で二人はうどんを食べる事にした。
「やはり、味噌煮込みうどんかなぁ……暑いんだけどね」
 メニューを見ながら鈴和は考えてしまった。今日も軽く三十℃を越えている。店内は冷房が入って涼しいが、熱いうどんを食べれば暑くなるに決まってる。
「どうしようかな~」
 と考えていると、メニューの端に「☆新メニュー」と書かれた処があった。そこを見ると「味噌煮込み素麺」と書かれていた。これなら素麺だから食べやすいと思った。
「私はこれにするわ!英梨さんは?」
 英梨はメニューを見ると
「同じにします。煮込みうどんは何回も食べていますから」
 そう言ってニコニコしていた。肩まである髪の毛を左右に結んでいて、顔だけ見れば鈴和より幼さなそうな感じがする。
「私は高校一年だけど貴方は幾つなの?」
 そう言われ英梨は頬を染めながら
「同じなんです。背は高いんですけど」
 そう言って笑った。
「能力は? 私は……」
「あ、知っています。ボスから連絡がありました。私の能力はテレポートと透視、それからちょっとテレパシーが使えます」
 それを訊いて鈴和は「結構使える」とそう思っていた。そこに、注文の「味噌煮込み素麺」が湯気を立てて運ばれて来た。熱々の湯気が立ってる器を見た鈴和は
「こりゃ幽霊退治より大変かも」
 と思うのだった。
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