第13話 恋する串かつ

文字数 4,135文字

 神城が伊丹の鈴和達の泊まってるホテルに着いたのは翌日も日が暮れようとした頃だった。
「先輩遅いですよ! 朝のうちに来るかと思っていたのに」
 そう鈴和がむくれて言うと神城は
「いやね、今回の事で色々と仕込みがあってね。それで遅くなったんだ」
 二人のやりとりを見ていた英梨は
「神城さん、わたし、名古屋の大曽根の佐々木英梨です。以前フォーラムでご一緒させて戴いた者です」
 そう自己紹介すると、神城は
「ああ、佐々木さん暫くぶりです。お元気でした?」
「ああ、わたしの事覚えていてくださったのですね。感激です」
 英梨は神城のファンだったのか、とその時鈴和は思って心の中で苦笑した。神城は流石に鈴和と英梨の部屋には行けないので自分でもツインの部屋を取っていた。
「でも私たちの部屋より広い感じ」
 部屋の中を見回した鈴和が神城に言うと
「それはそうさ、ここを作戦会議に使うと思ってツインでも広い部屋を取ったのさ」
 神城はそう鈴和に説明をすると英梨が
「さすがは神城さんです!」
 そう言ってうっとりしている。鈴和はここに康子がいなくて良かったと思い、英梨と康子は会わせてはならないと思った。
「じゃあ具体的な話に入るよ。こっちに来る前にこのマンションの建設現場に幽霊がでる、と言う情報をマスコミに流しておいた。明日にはきっとTVの取材が入るだろう。そして騒ぎになる」
 神城は二人を見ながら更に
「そこで、我々が除霊としてマックスと交渉する。その時に鈴和ちゃんの力で現場の霊たちにマックスの悪行を話させそれを動画に撮影したものを見せる。そして交渉する」
「なんか、甘くありません? もっとガツンとやりましょうよ」
 英梨が興奮状態で神城に迫る。最も違う興奮状態でもあったのだが……。
「大丈夫、恐らくそんな事ではあいつ等は引き下がらないだろうから、その動画をマスコミに流して話を一挙に広める。そして、これは最後の作戦だが」
 そう言って神城は何枚かの紙を出してみせた。
「これは?」
 不思議そうな顔をしている二人を前にして神城は
「これを良く読んでご覧」
 言われて見てみるとそこには
「不動産取引……土地の取引の書類だわ!」
驚く英梨に神城は
「そう、僕の能力『錯覚』を使って、マックスを騙す! そして騙された人たちの損害を補填する」
「補填って皆亡くなってるのに……」
 そう英梨が言うと神城は
「そこは、慰霊碑を立てても良いし、遺族に返しても良いと思っているんだ」
「でも、そんなにお金あるのかしら?」
 鈴和がそう言うと神城はニヤリと笑い
「マックスの親会社はね、M不動産なんだ。マックスの立てたマンションは建築後M不動産が買い取ってるがね、この二つは親と子の関係さ」
「M不動産って言ったら日本でも指折りの会社で、異世界なら志摩さんの関係だわ」
 鈴和はそうつぶやく様に言った。
「志摩さんは今回は関係無いけれどね。だから懐具合を心配する事は無いんだよ」
 神城はそう言って自信ありげに話すのだった。
「じゃあ鈴和ちゃん、英梨ちゃんと一緒に行って、工事現場の霊たちに今僕が言った事を伝えて、それからさっきの証言を撮影してきて」
 神城はそう言って英梨にメガネの形状の物を渡した。
「神城さんこれは……」
 困惑する英梨に神城は
「これはね。関西支部に寄って借りて来たんだけれども、このメガネがカメラになっていて、無線でこの媒体に記録される。メガネの縁にボタンがあり、記録が始まるとグラスにうっすらとRECの文字が浮来でる様になっているんだ。やって見てくれる。そしてもう一度押すと止まると言う仕組みなんだ」
英梨は神城に言われた様にメガネを掛けて記録媒体を手に取る。それはタバコケースより小さく、ピルケースほどだった。
「これはどれぐらい記録出来るんですか? また撮影の出来るバッテリーはどの位なんですか?」
 神城は英梨の質問に最もだと思いながら
「記録はマイクロHDSDで、早さはCLASS20、要領は二テラバイトだ。ケースにはバッテリーも入っていて連続二十四時間撮影出来る。但しズーム機能は無い」
 英梨はそれだけ訊けば充分だった。早速セットした道具を使ってみた。
縁のボタンを押すとレンズの部分にRECの文字がうっすらと映る。もう一度押すとそれが消えた。使いやすいと思ったし、自分の名古屋支部にも欲しいと思った。やはり関西の方が進んでるのかと、その時思っていた。
「じゃあ行ってくるわ」
 鈴和はそう言い残して、英梨を伴うとテレポートして姿を消して行った。残った神城はノートPCを出すとホテルのWi-Fiに接続して、ネットの色々な掲示板に、マンションの霊の噂を書き込み始めた。マックスのHPにもあること無いことを書き込んでいく。
「さて種は巻かれた。後はどう育つかなだな?」
 そう言って楽しそうに笑うのだった。神城としても、今回能力を本格的に使うのは久しぶりなのだ。余りにも危険なので、普段は組織から使用を制限されている能力で、本気を出せば只の白い紙切れを一万円札と思い込ませる事も朝飯前で、全く違う人物と思い込ませたり、さらには、そこには居ない人物が居て、しかも会話した様に思い込ませる事すら出来るのだった。
 こんなのを、やたらやられては困るので組織も簡単な錯覚だけに普段は制限していたのだ。
「二人が帰るまで、街中で能力のトレーニングをしてくるかな」
 そう言うと神城はやはりテレポートを使って消えて行った。その晩、伊丹には有名芸能人の誰それが街を歩いていたとか、MLBにいたイチローが亡くなった仰木監督と屋台で一杯飲んでいたとか他愛ない噂が広まっていった。
 さて、鈴和と英梨は昨日の霊たちを呼び出して、事情を説明し、神城の計画も話して協力を求めた。
「そんな、我々の為に……こうなったらなにもかも協力します」
「ありがとう!、あ、それから、多分明日からマスコミが来ると思うのだけど、その人達にも多少協力してやってね。そうするとマックスに圧力になるから」
 そう鈴和が言うと霊は大層喜んで
「それなら、思いきり脅かしてあげましょう」
 となんだか変な方向になって来たと英梨は思いながらしっかりと記録していた。
 事情を理解した霊達は、それぞれ自分の事を正直に、多少大げさに語って行った。すべてが終わった頃には日付が変わろうとしていた。
「お腹減った……」
 英梨は心の底、いや腹の底からそう思っていた。
「こんなにお腹減ったら能力も使え無いよ……」
 帰り道英梨は鈴和に
「何処かで何か食べて帰りましょうよ。もうお腹減って……」
「そうねえ、私もパフェが食べたいから、ファミレスでも寄りましょうか?」
「ええ~またファミレスですかぁ~関西ですよ! 大阪ですよ! 食い倒れですよ!」
「そうは言っても、この時間でやってる店は……」
 そう言って鈴和と英梨が周りを見た処、一件だけ明かりが点いていた。
「あそこ、きっと食べ物屋さんですよ。あそこ入りましょう!」
 そう言って英梨は鈴和をグイグイ引っ張って行く。鈴和はコンビニで何か買って帰る積りだったのだ。
「あそこ、パフェ無いだろうし……」
「今回は私の顔を立てて下さい」
 英梨のその一言で鈴和は折れてしまった。
「あ、あそこ串かつ屋さんだ!」
 その時の英梨の嬉しそうな顔と声は一生忘れないだろうと鈴和は思うのだった。
「いらっしゃい!」
 景気の良い声に迎えられて店内に入ると店は二人ほどが居て、チューハイらしきものを飲んでいた。二人はカウンターに腰掛けると英梨が
「何飲みます?」
 と訊いて来る
「何って私達未成年よ。烏龍茶でしよう」
 英梨は何かを期待していた様だが
「おじさん!盛り合わせを二人分揚げて下さい。それとウーロン茶二つ!」
 二人のやりとりを訊いた店主は笑っていたが
「なんだい、若い子がウチみたいな店に来るなんて、それもこんな時間に、なんか悪い事していた遅くなったのかい?」
 そう訊かれたので英梨と鈴和はこれは使えると思った。
「そうなんです。この先のマンションの建設現場ありますよね?  あそこで私達、お化けを見たんです! 怖かった~」
 英梨が芝居毛たっぷりに言うのに店に居た二人の男は
「やっぱり出たのかいお嬢ちゃん!  俺もねえこの前なんか変な感じがしたんだよ!  こりゃ大変だ!みんなに教えなくちゃ!」
 二人はそう言って勘定を払うと外に出て行った。
それを見た店主は
「あ~あ、あの二人はこの辺じゃ噂をまき散らす存在として知られているんだ。きっと伊丹中に明日には広まるぞ」
 そう言って笑ってる。
 鈴和が店内を見ると「二度漬け禁止」とか「当店は、素材、油、衣、等吟味しておりますので、胸焼けなどは一切心配の程はございません」とか色々と書いてある。
「おじさん、二度漬けって、一度かじった串かつをソースに漬けたら駄目と言う事だよね?」
 英梨がそう訊くと店主は
「それはね、大阪で、いや日本中で串かつを食べる時にやってはイケナイ事なんだよ」
 そう言って説明してくれた。鈴和は、そういえば東京でもあちこちにこういう店があったと思いだした。
「お待ちどう様」
 そう言いながら一本ずつ点店主が目の前に揚げてくれる。二人はそれを手に取り、ソーズに漬けて口の中に入れて噛み締めてみる。ソースの甘辛い味と衣から出て来る肉汁の旨み、それが渾然一体となって鈴和の味覚を襲って来る。また、カラット揚がった衣もそれを引き立てるのだった。
「美味しい!」
 思わず笑顔になる。隣の英梨を見ると笑う様な泣くような顔で食べている。
「おじさん、美味しい!」
 鈴和の呼びかけに店主は親指を立てて前に出すのだった。
 満足しての帰り道、英梨は
「ウチの傍の守山自衛隊の傍にも美味しい串かつ屋さんがあるんですよ。店売りもしていて、小学校の時に塾とかの帰りに何本か買って食べながら帰った事を思い出しました」
 それを聴きながら、鈴和はちょっとそれは羨ましいと思うのだった。
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