第37話 潜入

文字数 3,415文字

 異世界から来た研究員になりすました敵の連中は、その一人が手にガラスの容器を手にしている。
「この容器は特殊な加工がしてあり、中の魂はこのガラスを突き抜けないのさ」
 その中のひとりが余裕を持った声で言う。
「神城、貴様が『支配』を実行すると同時に俺たちはこの容器のこのボタンを押す。すると冷気によって魂も凍らされるのだ。諦めて俺たちの言いなりになれば命だけは助けてやろう」
 全く、この状態じゃ言う事を聞くしか無いと鈴和は思い始めていた。
 横を見るとリョウが鈴和に向かって片目をつむってみせた。
「うん? なんだろう」
 鈴和がそう思った瞬間、何かが一瞬変わった。気がつくと神城の両手に康子の魂が入ったガラス容器があった。
「神城さん、早く支配を!」
 リョウが必死で叫ぶ。次の瞬間神城の『支配』が発動された。全てが新城の思いのままの世界が展開される。
「鈴和ちゃん、悪いけどこれ康子ちゃんの体に戻してくれるかな」
「判った!」
 鈴和は新城からガラス容器を受け取ると康子の家に向かってテレポートした。危機は去ったのだ。

「リョウさん。あなたの能力が時間停止だとは思いませんでした」
新城は感心してリョウに言う。
リョウは「こんな形になって発揮出来るか不安でしたが、短時間なら出来ました」
敵の連中は新城が動きを止めているので、全く動く事が出来ずにただ、立っているだけだった。

「でも良かった。正直康子ちゃんの魂を取られた時は、もう絶望的になりましたよ」
新城は安堵の表情で言うとリョウは
「こいつらは目的の為なら何でもやる連中です。今回だって、亡くなった霊魂をまた再利用しようなんて自然の摂理を逸脱しています。まあ、自分がそれは言えないですが……」
リョウはそう言うと「こいつらはどうしますか?」と訊いた。

新城は「そうだねえ、組織のボスに訊いてみるかな」
そう言ったかと思うと鈴和の母親陽子が現れた。
「マザー!どうしたんですか?」
驚く新城に陽子は
「鈴和から連絡もらったから、やって来ました。この人達の霊紋を調べてこの世界に人は誰も今後こちらには入って来れない様にします」
そう言って色々と調査を仕出した。
やがて「判りました、もうこの世界の人はどういう経路でもやって来られない様にします」
そう言って、何やら呪文を唱え始める。
暫くすると陽子は「もうこれでこっちからは行けるけど向こうからは来れないというか、向こうの世界の人だけは来られない様にしました」
陽子は笑顔でそう言と新城に
「康子ちゃん無事に魂戻ったから安心してね」
そういって安心させた。
「ありがとうございます。ところでこいつらはどうしますか?」
新城のその問に陽子は「本部の地下牢に連れて行きます」
そう言うと陽子は5人を気の力でまとめると、自分と一緒にテレポートして消えて行った。
それを見ていたサツキとリョウは
「凄い!レベルが違う!」
そう言って驚いた。新城が
「マザーとボスは格が違うからね」
そう言って笑った。

「敵が居なくなったなら、研究所の中を調べてみよう。案内してくれると助かるんだが」
新城はリョウにそう頼むとリョウも快く快諾した。

リョウを先頭にサツキ、戻って来た鈴和、一番後ろを新城がついて行く。
建物のかなりの面積を占めていると思われるので、中は広い。
左右には色々な薬品やホルマリン漬けになった得体の知れないものが標本として並べられている。
リョウはサツキに「大丈夫だよ。何も怖く無い。この先に霊魂を物質化させる機械があるはずだから」
そう言ってサツキの手を取り先に進んで行く。
鈴和はこの中に霊がいるのでは無いかと思い、注意して左右を見ながら後をついて行く。
「康子ちゃんはどうだった?」
新城は先ほど陽子から様子は聞いたが、やはり心配だったのだ。
訊かれた鈴和は
「うん、全く元の通りだったし、霊魂の状態の時は眠らされていた感じで全く覚えていないそうよ」
それを聞いたリョウは二人に
「それは、実は危なかったですね。まず第一段階として、霊魂を休眠状態にして作業に入るのです」
リョウは実際の経験者だから、流石に詳しい。
「じゃあ、あいつらはこの次は康子を実験台にする積りだったのね」
鈴和が怒りをぶつける様に言うと、前方に見たことの無い機械が置かれていた。
「これが、その装置です」
そこには、正直、見たこともないという表現しか出来ない装置が横たわっていた。
前の方には何かを取り付ける処があり、出口にあたる場所はローラが轢かれていて恐らくこの上を物質化した霊魂が出て来るのだと新城も鈴和もサツキも思った。
「ここに、先ほど康子さんの霊魂が入っていたあのガラス容器を取り付けるのです」
リョウは手前にある、何かを取り付ける場所の説明をした。
その時だった。
研究室の更に奥から声がした。
「こんな遅くに誰かな? 研究員では無いようじゃが……」

歳の頃なら60代後半とも言う感じの痩せて白衣を来た白髪の人物だった。
「綾瀬博士です」
リョウが説明をしてくれる。
「あなた方は、どちら様かな?研究室の見学は昼間にして欲しいのじゃが……」
とぼけた対応に皆肩の力が抜けたが、その博士の姿を見てリョウが驚いた。
「博士! そのお姿は……」
云われた綾瀬博士は、半分笑いながら
「ああ、これか、わしも持病の発作が出てな、それで寿命が尽きてしまった。
もう少し実験がしたかったので、助手どもにわし自身の霊魂を物質化させたんじゃよ」
博士は飄々とした感じで自分に起こった事を話すと
「ところで、あの異世界から来た助手はお前さん方に捕まってしまった様じゃの」
そう言う博士に対して、新城は
「はい、我々とは敵対する者達ですから」
そうキッパリと言った
「そうか、なら仕方ない。もう研究は完成した。わしがする事も余り無いしな。それにあいつらは研究の資料を皆、異世界に持って行ってしまったからな。世界が違えば色々な事が違う。そのままでは役に立たない資料だがな」
博士はそう言って笑うのだった。
「この先はどうなされますか?」
リョウがそう訊くと博士は
「ああ、もう研究が完成したらこの世に未練は無い。この機械の始末さえ付けば、わしはあの世に行く」
「博士、元の霊魂の状態に戻れるのですか?」
リョウが驚いて尋ねると博士は
「当たり前じゃろう。この薬を飲めば物質化している物質が解けて霊魂の状態に戻る」
それを聴いて皆驚いた。リョウは
「博士、博士は霊魂の物質化という研究をなされていたのに、元に戻す事も考えていたのですね?」
「当たり前じゃろう。そうしないと世界のバランスが崩れる。物質化するのは一時的にどうしても……という場合じゃ。そのために研究していたのじゃ。
世界史を見ても、この人物があと僅か生きていてくれたら、と思う事は多々ある。
先の大戦でも、ルーズベルトがもう少し生きていたら、日本に2つの原爆は投下されなかったかも知れないし、無能トルーマンが大統領になる事も無かった……そうじゃろ?」
「そうですか、博士はその為に研究を……」

新城が呟く様に言うと博士は
「お前さん、この世界の、その組織の者じゃろう? だったら、この機械をお前さんの組織で管理してくれ、やはりわしの研究は未だ早すぎたのかも知れない。あるいは別な霊魂の存在が証明されている世界で使うのが良いかも知れない。お前さんの組織でその世界を選んで活用して欲しい。あの異世界のやつらがいずれこれも回収しに来るじゃろう。
この研究を死なない兵士の製造に使ってはならん。頼んだぞ」
博士はそれだけを言うとピルケースからピンクの錠剤を取り出した。
「リョウ君、残りは君がいずれその恋人が天国に行く時に使って一緒に召されたまえ」
そう云うとその錠剤を飲み込んだ。
「みなさん、さらばだ。わしのした事は非道な事だから閻魔様に怒られるじゃろうな」
それが最後の言葉だった。
物質化した博士の影が段々薄くなり、やがて消えて行った。鈴和が
「ふふふ、博士ここにいてニコニコしてるよ。当分お迎えが来る迄は、私達を見守るってさ」
そう、他の人間には見えなくなっても鈴和には同じ様に見えるし、会話も出来るのだった。
新城もサツキもこの時はその能力が正直羨ましいと思うのだった。
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