第2話 学校のプールにご用心

文字数 4,569文字

鈴和達の通っている高校には一応プールもある。二十五メートルで七コースもある立派なものだが、残念な事に温水では無い。従ってって夏季しか使用しないのだが、この高校の「水泳部」は十月までここで泳いで練習をしている。
 季節は七月に入り、鈴和達のクラスでも体育に水泳が加わった。通常は男女別々なのだが、年間で何回かは男女合同での授業もあると体育の教師から聞かされていた。
「あ~あ、あたし泳ぎ上手くないからなぁ~憂鬱なんだよね。サボって見学にするとレポートの提出があるって聞かされてさぁ、それでイヤイヤ出る事にしたんだよね」
 鈴和の親友の康子がスクール水着に着替えながら鈴和に言い訳の様な事を話してる。
「鈴和はいいわよね。スポーツ万能でさぁ」
 鈴和はスクール水着を着て細部の密着感を直しながら
「別に水泳の選手になる訳じゃ無いんだから適当にやれば良いと思うよ。そりゃ泳げれば楽だからね」
「適当かぁ~それが難しいんだよね。それと何回かある男女合同の時はあたし本気で見学に回ろうと思っているんだ。だって男子の目線が嫌じゃ無い」
 水泳帽をかぶりゴーグルを頭にはめながら鈴和は
「私は別に平気よ。ハダカじゃ無いんだし、そんなに意識する?」
「鈴和はお母さん似でスタイル良いから、気にしないんでしょうけど、あたしは寸胴だからさぁ」
 ブツブツ言いながらもバスタオルを肩に掛けて、二人揃ってプールに向かう。途中で合同授業する隣のクラスの連中と一緒になった。同じ中学から来た何人かの顔見知りが声を掛けて来る
「鈴ちゃん今日宜しくね」
「上郷さん、今日は一緒だね」
 中学時代の鈴和を知ってる娘は皆親しげに話掛けて来る。それは彼女が中学時代に色々と学校で”活躍”した結果なのだ。
 プールサイドに立ってみて鈴和は何か違和感を感じていた。学校と言うのは大勢の人間が集まる場所なので、そこにもその人数分だけの守護霊が居たりする訳で、霊的な事には事欠かないのだが、これはそれとは違う何かを感じていた。
七人が一組になって、交代で二十五mのプールを泳ぐのだが、先程の組で足をつらせて危うく溺れそうになった娘が居た。普段から良くある事だと鈴和は思っていた。
「きっとあの娘は準備運動が足らなかった」のだと。
 鈴和は二十五mを泳ぎ切り、向こうのプールサイドに上がろうとした時に誰かに足を掴まれた感じがしたので自分の足元を霊視したのだが怪しい霊は見えなかった。
「なんだろう?」
 とその時は思ったのだが、その内に授業に没頭して忘れてしまったのだ。それを思い出したのは放課後に部活に出てからだった。
 鈴和の所属する「歴史研究会」は文化際で研究発表をするのが習わしだが、今日はその研究内容を決めようと言うのだ。三年の部長や二年の副部長が中心となって話しを進めて行く。それを只、ぼおっと見ていただけなのだが、別に意見がある訳では無いので、そのまま傍観していた。
すると、二年の神城先輩が鈴和に声を掛けた。
「あのさ、今日プールの授業あったでしょう」
「あ、はい。それが何か……」
「何か変なものを感じ無かった?」
 そう云われて、思い出したのだ。
「そういえば何か判りませんが、足を掴まれた感じがしたんですが、何もありませんでした」
それを聴いた神城先輩は
「やはりねえ」
 とひとこと言って黙ってしまった。
「あの、先輩?」
 そう鈴和が言うと神城先輩は
「後で説明するから、帰りにファミレスでも寄ろう」
 そう云われれば鈴和に文句は無かった。今日は先輩の奢りでパフェが食べられると思ったからだ。
 ここで説明をするが、この神城先輩は、判ると思うが鈴和の一年先輩であり、名を神城剛志と言い、父の組織の一員でもあり、事実上鈴和のお目付け役になっている。
 鈴和自身は神城が霊能力が多少あるとは思っていてもその能力が本当は何なのかは知らないのだった。そしてこうやって、呼び出しを貰ったと言う事は鈴和にとっては、多少面倒臭い事を引き受ける代わりにパフェをご馳走して貰えると言う特典が付くと言う事なのだ。
神城先輩の財布には何時も一万円札が何枚か入っているのも鈴和にとっては不思議な事だった。
 ファミレスに入って、店員が注文を取りに来ると
「ドリンクバー二つと私はチョコパフェ」
 そう注文する。
「先輩は何か食べます?」
「いいや、それでいいよ」
 そう神城が半分呆れて言う。本当に自分には遠慮が無いんだからなと……。
「食べながら聴いていて欲しいんだが、ここの処、学校のプールで異変が起きているんだ。
君も今日やられたみたいだが、ああいう悪戯な事とか、多いのは泳いでいて足がつってしまう事なんだ。これは溺れる危険性があるからね」
 鈴和はパフェを楽しみながらも神城に色々と訊いて行く。
「かなりの人数になるのですか?」
「うん、授業で必ず一人は何かしらあるね。それに実は水泳部が凄いんだよ」
「水泳部? ああ沢山泳ぎますからね」
「それもあるんだが、やられるのは、泳ぎが上手い連中ばかりなんだ」
 それを訊いて鈴和は自分に起きた事に納得が言った。鈴和も泳ぎには自身があるからだ。
「でも、私もその時霊視しましたが、何も無かったですよ」
「そう、変な霊の仕業なら僕だって判るからね」
「じゃあ霊じゃ無いんですか? それなら私の出番じゃ無いですよ」
 そう言ってパフェを最後まで食べきってしまった。
「ああ、美味しかった。先輩ご馳走様です」
 そういって笑顔を見せる。その笑顔をみながら神城は
「だからさ、普通の霊じゃなくてさ、生霊かなんかだと思うんだよね。もし生霊だったら僕なんかでは歯が立たないからね」
 そう言って神城は鈴和を見つめていた。
「そんなに見ないで下さいよ。判りました! やります。やってみます。でも解決した暁には……」
「ああ、パフェを沢山奢ってあげるよ。それでいいだろう?」
「じゃあ、この『特製ジャンボパフェ』で?」
「いいだろう!」
 そうして話は纏まったようだ。
「まだ、水泳部やってますかね」
 鈴和の問に神城は
「連中、インターハイがあるから必死だろう。やってるよ」
「じゃあ、すぐにでも行きましょう」
 鈴和は、そう言うと神城と連れ立って学校に戻って行った……
 学校に到着すると日の長い時期なので水泳部は未だ練習をしていた。最もライトが装備されているので、その気になれば夜間練習も可能なのだ。
「こんにちは、ちょっと見学させて下さい」
 鈴和はそう挨拶をして顧問の先生に頼みこんだ。そしてプールサイドの邪魔にならない場所に神城と並んで見ていた。
 部員の総勢は二十人程だろうか、そのうち二人が女子のマネージャーだから選手としては男女十八人ぐらいか、と鈴和は思いながら見ていた。
 すると、ある部員が泳いでいると何やら黒い影の様なものが水中をサーッと横切るとその女子部員にまとわり付いたと思ったら、その部員が「あ痛い!」と泳ぐのを辞めて立ち上がったのだ。
「どうした」と顧問の先生が訊くとその部員は
「いや、また足がつってしまって……」
 そう言って、ふくらはぎの部分を手でもみほぐしていた。さっきの黒い影は何時の間にか消滅している。
「生霊だわ、間違い無いわ。泳いでいた人の邪魔をしたから消えたのね。生霊を出してるのは……」
 鈴和はそう言うとプール全体を見渡して
「あの人だわ」
 そう言い切ったのだった。
 水泳部の練習が終わるのを待って鈴和と神城は顧問の先生に
「あのう、お話があるのですが」
と言って時間を作って貰った。
 水泳部の部室で鈴和は神城と今日自分が見た事と経験した事を話していた。
「そうなんだ、今はインターハイに向けて練習を集中させないとならないのに、困った事になっていてね」
 顧問の先生によると、被害が出始めたのは、インターハイに出る選手を選んでからだという。
「先生、その選手の選び方はどうやったのですか?」
 そう鈴和が訊くと顧問の先生は
「何時も練習で泳いでいる時はタイムを測っているからね。そのタイムの平均が良い順番で選んだのだが……」
「じゃあ、インターハイ用に新たに競わせたんじゃ無いんですね?」
「ああそうだよ」
 それを訊いて鈴和と神城は納得が行った様だ。神城が
「先生、それですよ。その選考方法に納得しない者の恨みと言うか、残念と言う思いが生霊になって出ているのですよ」
 それを訊いて顧問の先生も何か思い当たる事がある様だった。
「いや、実は最近急激に伸びて来た娘がいるんだが、その娘は選ばれ無かったんだ」
「その娘の思いですね」
 そう言う神城に顧問の先生は
「どうすれば良い?」
「明日でも競争させましょう。何にエントリーさせるハズだったのですか」
「四百mリレーなんだが……」
「じゃあ、その娘を含めて五人でやりましょう。その結果で考えましょう」
 神城はそう提案した。鈴和も
「その娘が納得すれば消えると思います」
 そう言って顧問の先生に迫った。
「全く、君の事は中学からの申し送りで知ってはいたがねえ……簡単に判ってしまうものだねえ。判った、早い方が良いから、明日やろう」
 そう言って翌日五人で競わせる事に決まったのだ。
 翌日の放課後はプールに沢山の人だかりが出来ていた。
「いいか、距離は百mだ。三回ターンしなければならないが、そこは二十五mプールなので我慢してくれ。この結果で選考見直しも考えるからな」
 顧問の先生の説明が終わると五人の部員はスタート台にたった。先生の
「位置について、よーい」
 の声で全員前かがみになる。パーンと言うスタートの合図で全員飛び込み泳ぎ出す。
 すると、選ばれなかった第五コースの部員が体半分飛び出して行く。後の四人もそれに続いて行く。二十五のターンでもそのままターンしていく。
 更に五十でも順位は変わらない。一人が半身リードしていて四人が並んでそれに続いている。
七十五のターンもその先行していた部員がリードしたままだった。
 だが、後二十mの辺りから様相が変わって来た。遅れていた四人がスパートを掛けたのだ。見る見る距離が詰まって行く。そしてラスト五mで四人が逆転してしまったのだ。結局、その先行していた部員は頭ひとつの差で一番最後になってしまった。
 レースが終わり、自分の実力に納得が入ったのだろうか? その部員も晴れやかな顔をしている。わだかまりも溶けたのかも知れない。鈴和はその時に生霊が消えて行くのを感じたのだった。
「もうこれで安心だわ」
 そうひりごとを言うのだった。

「ああ、美味しい! まさかこの『特製ジャンボパフェ』が食べられる日が来ようとは思っても見ませんでした」
 そう言ってニコニコしながらパフェを食べている。それを見ながら神城は
「ゆっくり食べなよ。時間はたっぷりあるのだからね」
「はい、判っています。ゆっくり楽しみます」
 しかし、これで事件の度にパフェを奢る事になりそうだと神城はそう思うのだった。
「先輩、今度はチョコサンデーでもいいですよ!」
 そう言う鈴和は特に嬉しそうだった。
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