ユダの場合

文字数 1,386文字

 先生はどうしてあんなことを言ったりしたりしたのでしょう。立派だと、人々にあんなに賞賛されている人達を相手にして……。

 「先生、もうやめてください。私の努力が無駄になります。あの人達をこれ以上怒らせないで下さい」
 あの時、あなたに私の心の声が聞こえていたら良かったのに。本気で陳情しようと考えていたのですよ。どんなに叱られても構わない。今止めなければ大変なことになると思ったからです。
 いえ、実際はどうだったのでしょう。もしかしたらあなたは承知の上でなさっていたのかもしれませんね。そう、まるでこの私の心配を嘲笑うかのように。
 あながたエルサレムに入ってからなさったことは、どれもこれも滅茶苦茶でした。神殿に行くなり大暴れして商人達を追い払いました。安息日だというのに奇跡を行なったりもしました。そしてそのことを咎めたファリサイ派の人のことを痛烈に批判なさいました。更にあちこちで律法学者にケンカをふっかけるような真似を繰り返し、ことごとく彼らの言い分を否定なさいました。
 挙句の果てに、こんなことを言いました。
 「彼らは長い衣を身にまとい、歩き回って、広場で挨拶されることが好きで、会堂では上席に座り、宴会では上座を好み、やもめを家に招いて食いものにし、見せかけだけの祈りを長々とする」
 先生、そんなこと、言われなくても分かる者には分かりますよ。けれど「何か変だ」と思うのは、極一握りの教養ある人間だけです。多くの者達は、そう例えば私達をシュロの葉で出迎えた群集達は、そうは思わないでしょう。何しろやつらは分かり易いことが好きなのです。
 長い衣のどこがいけないのですか。上座に座って権力を誇示することがどうしていけないのですか。長く立派な祈りを人前で捧げることがどうしていけないのですか。そういうことの積み重ねが「品位」を作り上げ、人々の尊敬を集めるのです。
 それなのにあなたという人は、わざわざ権力者や有識者にケンカを売るような真似をして、安っぽい自己顕示欲に浸っていなさる。本当に世間知らずも甚だしい。わざわざ話しをややこしくするようなものです。
 もうちょっと深く考えて下されば、もうちょっとうまく立ち回って下されば、そうすれば私だってこんなに苦労しなくても済んだのです。
 エルサレムに入ってすぐからです。私は自分の胃がよじれるような経験を何度もしました。このままでは身がもたない。やっぱりあの人に進言しようと、何度も思いました。でもやめました。私の中に残された幾許かの「理性」がそれを止めたのです。
 弟子が先生に向かって意見するなんてこと。やはりそれはいけないことだと思ったのです。師の方から気づいてしかるべきだと。つまり私は、義理と順序を重んじる余り、苦しみを大きくしてしまったのです。
 先生、返す返すもあなたは独り善がりの愛を振りまくお方でありました。
 あなたはこの私に、愛を下さることが殆ど無かった。常に「役目」だけをお与えになりました。あなたが最も敬遠する「この世のこと」についてばかり。
 それでも先生、あなたがもう少し世の中の仕組みに理解を示して下さっていれば、私だって色々な方法を考えることができたのです。
 結果的に最悪の形であなたを裏切ることになりましたが、仕方がなかったのです。他にとるべき道はありませんでした。
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