ペトロの場合

文字数 807文字

 俺は夢見心地になった。
 十二人の弟子の顔を思い浮かべたんだ。いったい誰が一番弟子だろうって。やっぱり俺じゃないかと思うんだ。頭がいいのはイスカリオテのユダだ。だけどあいつはいつもお高くとまってツンとすました態度が気にいらん。
 アンデレは先生に可愛がってもらっているけれど、何と言っても俺の弟だから、俺より上に行くってことはないだろうなあ。
 ヨハネとヤコブの兄弟は、かなり先生に近い所にいるけれど俺ほどじゃない。大体ヤツラは先生から「雷」ってあだ名をつけれらるくらい、気性が荒くて短気なんだ。それに比べて俺は「岩」という名前を貰った。「人間を漁る漁師にしてあげよう」とまで言われたんだから、やっぱりどう考えても、この俺が一番弟子だよなあ。
 だから俺は思い切って先生に言ったんだ。
 「先生、お願いがあります。先生が王様になったあかつきには、どうぞ俺を右大臣か左大臣のどちらかにして下さい」
 先生は俺の顔をじっと見なさった。俺も先生の清流のような瞳を見た。その奥に隠された深い思いを知りたかったんだ。けど、よく分からなかった。
 先生はこうおっしゃった。
 「お前は自分が何を望んでいるのか、本当にわかっているのかい?」
 苦労は承知の上でさあ。体を使って働けというのなら寝食を忘れて働きます。奉仕をしろと言うのなら、人々の為にこの身を献げます。もっと勉強しろと言うのなら必死で学びますぜ。
 先生の言うことなら、俺は何だって聞けるんだ。今すぐじゃなくてもいい。いつか将来右大臣か左大臣になれればいい。そうなったらガリラヤに残してきたお袋さんや、かみさんを呼び寄せて皆でこの町で暮らすんだ。少しは贅沢をさせてやれるかもしれない。
 ゆっくりでいい。焦ったらろくなことはない。俺はいくらだって働ける。先生の為にならどんなに汗をかいても惜しくはない。
 ただただ嬉しかった。俺の心は誇りの気持ちで一杯だった。
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