ユダの場合
文字数 1,592文字
なぜロバだったのでしょう。
エルサレムへの入城を思い出すと、私は苛立ちを抑えることができなくなります。あの日、先生は弟子の一人にお命じなりましたね。
「この先につながれている子ロバがいるからつれておいで」
私は耳を疑いました。いえ、先生がそうおっしゃる以上、絶対にその子ロバがいるであろうことは分かっていました。あなたは神の子なのですから。ただ私は心の中で(また悪い癖が始まった)と思ったのです。
きっと先生は子ロバの背に乗ってエルサレムに入城する気なのだと思ったからです。
先生、あなたは本当に世の中というものを分かっておられない。これから楽園を築こうとする方が、ご自身を神の子だとおっしゃっている方が、そんなものに乗ってどうしようというのです。奇を衒うにも程があるとお思いになりませんか。
「さあ行こう」
先生は満足そうに微笑まれました。私はその笑顔を見て
「いい加減にして下さいよ」
と心の中で舌打ちをしておりました。これから私達を出迎えるのは、群集です。群集は集団の生き物ですから、決まった価値観などありません。その場の感情で徒党を組んで動くのです。ロバに乗った先生のことも、始めは何だ彼だと理由づけてその場は賞賛するかもしれません。しかし二日経って、三日経って、頭が冷えてきて、やつらは何と言うでしょう。
神の子の乗り物がロバだって?
馬ではなくて?
ロバ?
しかも子ロバ?
悪い冗談だぜ。
そのうちにもっと酷いことを言われるでしょう。
「おい、この前現れた『イエス・キリスト』とかいう奴、考えてみれば滑稽だったよな。なんで惨めったらしいロバなんかに乗ってきたんだろうな。馬を買う金が無かったのかな」
お願いです、先生。どうぞ私に命じて下さい。馬でも何でも、相応しい乗り物を調達して参りますから。その為の会計係ではありませんか。この日、この時の為に少しずつお金をためて参りました。先生は私に全幅の信頼を寄せて財布を任せて下さったのではないですか。
先生、どうぞ私に命じて下さい。最も相応しい乗り物を用意せよと言って下さい。他の弟子などに命じないで下さい。私に命じて下さい。私ならあなたを最高に演出して人々の前に出すことができるのです。お願いです、ロバなんかに乗らないで下さい。
エルサレムに入城した時、思った通り群集達は狂喜乱舞していました。でも私には分かっていました。これはほんの一時の祭りに過ぎないのだと。風が過ぎ去るように、イエス・キリストへの思いも消え去ることがわかっていたからです。
先生、あなたの気紛れに付き合える人間はそうはおりませんよ。世間の風というのは、厳しいものなのですよ。
私はエルサレムに入り次第、やれることは全てやるつもりでおりました。ファリサイ派の人達、祭司長や学者達、名士と呼ばれる人々、その全てにひととおりの挨拶はするつもりでした。
真実の王になる為には、下準備が必要なのです。いきなり歓声など受けたらどこでどんなやっかみをかうかもしれませんし、今が一番慎重に行動すべき時なのです。
それが楽園建設の鍵であるのに……。
「ホサナ! ホサナ!」
「ダビデの子に栄光あれ!」
群集の叫び声に圧倒されて、弟子達は皆興奮していましたね。ペトロときたら、両目からこれでもかという程の涙を流して、最後はもう男泣きに泣いていました。
おめでたい男だ。あなたが特別大きな奇跡を起こすと信じているのだから。確かにそれは間違いではない。けれど奇跡の前にやらなければならないことが山ほどある。
あの日、私の胸は重苦しい緊張で満ちていました。これからどうやっていったらいいのか、正直荷が重く、途方に暮れていたからです。
それでもありとあらゆる手段を嵩じて、主用人物にだけは顔つなぎをするつもりでおりました。
エルサレムへの入城を思い出すと、私は苛立ちを抑えることができなくなります。あの日、先生は弟子の一人にお命じなりましたね。
「この先につながれている子ロバがいるからつれておいで」
私は耳を疑いました。いえ、先生がそうおっしゃる以上、絶対にその子ロバがいるであろうことは分かっていました。あなたは神の子なのですから。ただ私は心の中で(また悪い癖が始まった)と思ったのです。
きっと先生は子ロバの背に乗ってエルサレムに入城する気なのだと思ったからです。
先生、あなたは本当に世の中というものを分かっておられない。これから楽園を築こうとする方が、ご自身を神の子だとおっしゃっている方が、そんなものに乗ってどうしようというのです。奇を衒うにも程があるとお思いになりませんか。
「さあ行こう」
先生は満足そうに微笑まれました。私はその笑顔を見て
「いい加減にして下さいよ」
と心の中で舌打ちをしておりました。これから私達を出迎えるのは、群集です。群集は集団の生き物ですから、決まった価値観などありません。その場の感情で徒党を組んで動くのです。ロバに乗った先生のことも、始めは何だ彼だと理由づけてその場は賞賛するかもしれません。しかし二日経って、三日経って、頭が冷えてきて、やつらは何と言うでしょう。
神の子の乗り物がロバだって?
馬ではなくて?
ロバ?
しかも子ロバ?
悪い冗談だぜ。
そのうちにもっと酷いことを言われるでしょう。
「おい、この前現れた『イエス・キリスト』とかいう奴、考えてみれば滑稽だったよな。なんで惨めったらしいロバなんかに乗ってきたんだろうな。馬を買う金が無かったのかな」
お願いです、先生。どうぞ私に命じて下さい。馬でも何でも、相応しい乗り物を調達して参りますから。その為の会計係ではありませんか。この日、この時の為に少しずつお金をためて参りました。先生は私に全幅の信頼を寄せて財布を任せて下さったのではないですか。
先生、どうぞ私に命じて下さい。最も相応しい乗り物を用意せよと言って下さい。他の弟子などに命じないで下さい。私に命じて下さい。私ならあなたを最高に演出して人々の前に出すことができるのです。お願いです、ロバなんかに乗らないで下さい。
エルサレムに入城した時、思った通り群集達は狂喜乱舞していました。でも私には分かっていました。これはほんの一時の祭りに過ぎないのだと。風が過ぎ去るように、イエス・キリストへの思いも消え去ることがわかっていたからです。
先生、あなたの気紛れに付き合える人間はそうはおりませんよ。世間の風というのは、厳しいものなのですよ。
私はエルサレムに入り次第、やれることは全てやるつもりでおりました。ファリサイ派の人達、祭司長や学者達、名士と呼ばれる人々、その全てにひととおりの挨拶はするつもりでした。
真実の王になる為には、下準備が必要なのです。いきなり歓声など受けたらどこでどんなやっかみをかうかもしれませんし、今が一番慎重に行動すべき時なのです。
それが楽園建設の鍵であるのに……。
「ホサナ! ホサナ!」
「ダビデの子に栄光あれ!」
群集の叫び声に圧倒されて、弟子達は皆興奮していましたね。ペトロときたら、両目からこれでもかという程の涙を流して、最後はもう男泣きに泣いていました。
おめでたい男だ。あなたが特別大きな奇跡を起こすと信じているのだから。確かにそれは間違いではない。けれど奇跡の前にやらなければならないことが山ほどある。
あの日、私の胸は重苦しい緊張で満ちていました。これからどうやっていったらいいのか、正直荷が重く、途方に暮れていたからです。
それでもありとあらゆる手段を嵩じて、主用人物にだけは顔つなぎをするつもりでおりました。