ユダの場合

文字数 431文字

 私は裏切り者です。ほんのついさっきのことです。あの人を祭司長カヤパの元に引き渡しました。きっと今頃は皇帝の前で裁きを受けていることでしょう。明日になればゴルゴダの丘の上に、その亡骸がさらされることでしょう。
 ゲッセマネの丘であの人は十一人の弟子を従えて立ちすくんでいました。接吻の為に近づいた私を、静かな眼差しでご覧になりました。今もこのてのひらには、あの人の感触が残っています。衣はじっとりと湿っておりました。まるで大量の汗を流したようでした。頬は驚くほど冷たく、そして乾いておりました。
 さようなら先生。私は後悔しておりません。あなたがこうなったのは全て身から出た錆だとお思い下さい。ゆめゆめ私をお恨みなさるな。もし恨むのであれば、自分自身を恨むことです。
 これから先、愚かな群集どもが私をどう揶揄しようと知ったことか。裏切り者の称号も喜んで受けよう。時が流れて皆知るのだから。このイスカリオテのユダこそが、誰もなし得なかった偉業をなした者なのだと。
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