Pause_004_『変わらない運命』
文字数 1,779文字
「扇谷諒世だ。名前、噛まないでくれよ」
何度聞いた自己紹介だろうか。
「何か甘そうな名前だな……」
いつもそうやって諒世は、かえでの名前をからかう。わざと諒世の苗字を噛もうか、いつも悩まされる。
「……俺達は仲間じゃないのか……?」
むしろそれ以上だ。かえでは同じ目的を持った仲間なんて言葉以上に、諒世のことを想っている。
「――同じこと繰り返すわけにはいかない……」
そう、同じことの繰り返しでは、何も変えられないし、変わらない。
「だったら、ウチも忘れて、一人になっても魔法士になる……」
「一度たりとも忘れようなんて思ったことはない……!」
そう、諒世が何度忘れようとも、かえでは忘れない。
まるで不具合のように、アタラクシア・フィールドで巻き起こるイレギュラー。
かえでの葛藤に突き刺さるような言葉の数々。
かえでは、諒世に拒絶を向けることは本当に正しい行いなのか、これで変わるのだろうかと疑った。
諒世は、これまで見たこともない絶望を味わっていることだろう。
なのに、彼の姿を見て、急に笑いが込み上げた。
表情というものの多くは、魔術の副作用である魔術汚染によって消えてしまっているから、きっと表には出ていない。
とうとう身体のみならず、心さえも悪魔に浸食されてしまったのかと考えるが、この笑いは諒世に向けられたものではなく、かえで自身に向けられた皮肉のような嘲笑だった。
もしかしたら変わるだろうということに期待しながらも、諒世が言った通り、仲間――それ以上の存在だからこそ、どうしても手を伸ばしてしまう。
拒絶しきれていないかえでの曖昧な気持ちが、無意識の内に、好意を彼に向けているのだ。
諒世が諦め、本質が折れ、変わることが出来れば、もしかしたら未来は変わるかもしれない。
だから、かえでは拒絶する――していたのだ。
かえでは、運命を変えることを、諦めきれていなかった。
自分が諦めきれていないのに、諒世には
それでも彼は変わらず、たとえどんな絶望があろうとも、逃げずにその場に留まろうとしている。
身体が入れ替わって、自身の
きっと、かえでが思っているよりも、ずっと諒世は辛くて苦しいに違いない。
そんなものを見せつけるなんて、反則にも程がある。こんな諒世の姿を見たことは一度たりともない。
それでも、諒世は絶対に揺らぐことはないと思える。それは今まで、幾度も彼がその意志を以て、身を呈して、命を落としたからだ。
命を落としてもなお、変わらないのだから、きっと何をやっても諒世は変わらない。
だから、かえでは、諒世が変わることを諦めざるを得なかった。
きっと彼が変わらない限りは、彼がいづれ迎えるであろう悲劇を回避することは出来ない。
分かりきっていることなのに、それ以上に、かえでは諦めない彼の姿を見つめていたいのだ。
かえでは、好きなものがないと言ったが、やはり、それは見え透いた嘘でしかなくて、かえではどうしようもなく扇谷諒世という人物が好きで好きでたまらないのだ。
たまに大げさな見栄を張っておいて、実はビビりなところ。
第一印象だけで、人を判断しないところ。
やっぱり、ちくわが好きだという妙なこだわり。
困っている人がいたら必ず手を差し伸べる優しさ。
それでいて見返りなんて求めない。
やっていることは誇れることなのに、それを自慢したりはしない。
かえでが思っているよりも、もっと心の器が小さいのだろう。
諒世はずっと逃げ続けている。それを卑下してしまう時もある。何度も転んで、倒れて、血まみれになってでも、また立ち直る。
絶対に挫けない。
かえでは、そんな諒世の全てが好きなのだ。
だから、もう少しだけ耐えてほしい。
かえでには、もう少しだけ時間が必要だ。
これまで、数えきれない程の時間を過ごしてきたのに、ほんの少しの勇気を振り絞るための時間が、まるで永遠のように思えるほど長い。
きっとこれで最後だ。
もう時間を巻き戻すことは出来ない。
夢のような時間は終わる。
だから、包み隠さず本当のことを彼に伝えなければならない。
運命は変えられない。
でも、変わらないままで良い――。