Phase_004_「ゲームスタート」
文字数 5,316文字
東京都
「――――……世界は、二〇二七年の巨大隕石墜落を機に、あらゆる“異”に覆われ、その一つに魔術と呼ばれる、ある種の超常現象がありまして、あらゆる文献に記載されている通り、魔術は遥か太古から存在し、我々人類の文明を支えておりまして、理由は様々でしたが、魔術はあらゆる手段をもって隠蔽され、独自の世界を保っていましたが、崩壊した世界均衡の中で、結果的に、その“異”は世界に頭角を現しまして……――――……魔法士とは魔法によって定められた魔術師権限下での秩序を守り、その法及び権限に反した者を取り締まる、謂わば警察のような組織であって、本校はその魔法士を育成することを主旨としておりまして……――――」
その体育館では、どこにでもいそうな肥満体型且つ禿頭の中年男性の校長による催眠スピーチが行われていた。
対して、生徒達はというと、出席はしているものの、自由に話をしていたり、寝ていたりする者もいた。
実際のところ、諒世も今朝の疲れからか、思い切って寝てしまいたいと思っていた。
景火に至っては後ろの方の席で完全に熟睡しているくらいだ。
そんな無法地帯の住人達に共通点があるとしたら――。
一つとして考え得るのは、赤と白を基調としたブレザーの制服だろう。
諒世や来晴のように、上着を着用せず、別のもので代用している者もいれば、そもそも制服ではなくメイド服だったりするものもいるので、これを共通点とするのは難しい。
彼らは、学校という縛りさえも覆す程に個性的なのだ。
そう、その個性的というのが、ある種共通点とも言えるのだが、諒世の右隣の席で話をしている
「諒世君……寝ちゃだめだって……ちゃんと話聞かないと……」
「楫次……すまない。俺のことはおいて先に行ってくれ……」
「そんな最終回間近みたいな台詞言ってないでさ!」
奥崎楫次は、小学生の頃からの友人である。
低学年の時辺りから、東京に越してきて、友人が全くいなかった楫次にとって、諒世は唯一の友人だった。
身長は年齢に対して少しだけ高い程度で、白縁の眼鏡を掛けている。
パッとしないが、それが返ってこの新入生の中では個性的なのかもしれない。
「噂では、今年の新入生は特段優秀だとか……あの五山家が三人もいるんだって」
「ふーん……何か実感ないなぁ」
五山家は国内トップクラスの魔術師名家だ。その直系が一つの年に三人もいるのだから異常なことなのだ。
それに比べ、諒世や楫次は脇役のようなものだろう。
諒世や楫次も優秀ではあるのだが、魔術の扱いに関しては平均以下だ。
「そういえば、一人だけ知ってるな。端山だったかな」
「端山というと
「ちょっとな……」
学校に登校するだけでも、たくさんのことがあった。
幼馴染の奇襲を受けて、制服の上着が焦げ、
それを一から説明する気にはなれない。
「どないしょんよ?」
「うわ……っ!?」
諒世の後ろの席から、急に声が聞こえた。
この訛りのある声は聞き覚えがある。振り返ると、ふんわりとした長い髪に円らな瞳、小さな身体に似合わずしっかりと魔術師としての風格がある。
ちょうど今話題に出ていた五山家
先ほどまでは、別の人が座っていたので、諒世は声を上げて驚いた。
「もしかして、君が端山さん?」
「うん、そやけど……?」
「何か……いや、ちょっとね。昔の知り合いに似ててさ」
「知り合い、ねー……」
楫次がそう訊くと、来晴は少しだけ落ち込んだような表情で返した。
その一瞬の静寂を埋めようと、来晴は新たなトピックを持ち出す。
「ところで、二人はどないして魔法士に?」
「僕は、そうだね……。使命感みたいなものだよ。記念受験のつもりだったんだけど、受かってしまったからには、なろうって感じかな」
「使命感……ふむふむ」
メモも何もないのに、何かに書く動作をする来晴。
こういう動作をされると、五山家も何も感じられなくなる。
もしかしたら、五山家という存在はそう遠いものでもないのかもしれないとさえ考えさせられる。
「端山さんは? って――あ、ごめん……端山さんくらいになると、やっぱり魔法士になるのは当然みたいな感じだよね?」
「ウチはな……」
来晴は言い淀む。周りに聞かれたら問題がある理由なのかもしれない。
ただでさえ、五山家という肩書があるのだから、どこで誰が興味を持って聞き耳を立てているか分からない。
「――はっ、家系? 血統? そんなもの関係ないだろ」
諒世の予想は当たった。彼女の話は周りの人間も聞いていたのだ。
鼻に付くような言い方で、横槍を入れてきたのは、諒世の左隣に座っている短髪の少年だった。
中肉中背といったところだろう。見るからに気が強そうな吊目だ。
「そ?」
「そうだ。魔法士になりたい。それだけでいい。理由なんて些末なものだろ」
吊目の少年は後ろにいる来晴には見向きもせずに、校長の姿を見据えながら、しっかりと断定した。
「理由……か」
彼の言葉を借りて、諒世は反芻して呟く。
周りの人間はきっと諒世なんかよりも優秀な人間ばかりだ。
魔法士になる。そのために倍率数百倍の魔法士学校に合格する。それも彼らにとっては当たり前のことなのだろう。
諒世は、血の滲むような努力をした。防御魔術しか使えなくなって以来、魔術の実力だけでは合格を目指せないと分かり、必死で勉強をした。
ただ、それは“目標”だったのか。あるいは、“逃げ道”だったのか。兄から目を逸らすための口実に過ぎなかったのではないか。
「諒世くんは?」
「俺は……」
来晴に改めて訊かれて、諒世は、そこで考え込んだ。
どうして魔法士になりたいかなんて決まっている。
兄に認めてもらいたいから、神庭裕紀という魔術の師に憧れているから、そもそも魔法士という存在がかっこいいから。
理由なんてたくさんあるのに、何故かしっくりこない。
当然、魔法士になりたいことに変わりはないのだが、諒世は明確な理由を言い返すことに、何故か躊躇いがあった。
ふと、視線が来晴よりもさらに後ろに座っている少女に向く。来晴とは別に路地裏で諒世達を助けてくれた「声の少女」だ。
コウモリの羽のような髪飾り、その黒とは対称的な真っ白な頭髪。
小さくて可愛らしいはずなのに、彼女はその容姿を一切周りに主張することはない。
その黒い瞳の先に移る携帯ゲーム機が、彼女の視線を束縛している。
これが一目惚れなのか、あるいは恋というものなのか、そんな迷いではない。
諒世は、彼女が突きつけた拒絶を今でも気にしている。
どうして、諒世は彼女の名前を知っていなけらばならなかったのか。
どうして、彼女は諒世が名前を知っていると思ったのか。
どうして、こうも諒世は彼女のことが気になってしまうのか。
彼女が同じ学校の生徒だと知って、もう一度聞き正すチャンスはあったはずなのに、諒世は彼女との間に隔たりを感じていた。
これだから、人間関係というものは難しい。
「魔法士以上の目的でもあるんかな? それは本当に正しいこと?」
「正しいかどうかなんて、わからない……ただ――」
椅子の背もたれに身体を預けながら、諒世は瞳を閉じた。
考える。
きっと、これは呪いのようなものだ。
兄との隔絶から、諒世が顧みることなく進んでしまったことに対する報いだ。
魔法士以前の問題なのだ。
この陰険な短髪の少年が言い張るような一途な夢を、諒世は掲げられない。
楫次のようなパッとしない理由でもない。来晴のように何もかも見通しているようなスタンスにもなれない。
悲劇は繰り返される。
きっと何をしたって諒世に付き纏う問題なのだろう。
――悪夢を見る。
気付けば、薄い
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「うっわ……なんだありゃ、テスト中止にするか? しかも諒世と景火のやつ寝てるな……、あいつらと来たら全く……」
舞台裏に立っているスーツ姿の青年がばつが悪そうに呟く。
幕の隙間から覗くと生徒達の行動が手にとって見える。その一部に如何にも、問題児そうな人物を見つけて、声の主は苦笑いを浮かべる。
それでいて、愛弟子を見守る師のような温和な眼差しを向ける。
とは言っても、彼が温和な眼差しを向けていると主張したところで、生まれつきの目つきの悪さで、第三者からは睨んでいるようにしか見えないだろう。
青年は、目つきの悪ささえ除けば、長身で美形な青年である。
三十半ばと言っても誰も驚きはしないが、彼はこう見えて二十二という若さだ。
魔法士として、歳不相応の場数を踏んできたからこその容姿だが、彼にとっては悩みの種でもある。
ストレスを感じているわけでもないのだが、最近白髪が目立ってきて、自慢の黒髪を維持するには、しっかりと整髪を心掛けねばならない。
気合いを入れ過ぎて、オールバックにしてしまっているので、目つきの悪さに加わり少々ヤクザっぽい。
「勘弁してくださいよ、
神庭と呼ばれた青年の呟きに、脇で放送機材を弄っている上級生らしき男子生徒が横槍を入れる。
「冗談だ……っと、校長の演説が脱線し始めたな」
神庭は男子生徒からマイクを受け取ると、否応無しに校長の長談議に突進する。
「校長、アンタのスピーチはこれで終わりだ! ここで退場してもらう」
「……つきましては、はい? あっ、もうこんな時間ですか。ではお願いします」
そう言って校長が何事も無いかのように、足早に壇上を降りると、生徒達からも心做しか安堵の息が聞こえた。
神庭が姿を現すや否や、中には彼を見て、何やら興奮している生徒がちらちらと見える。
確かに、彼は見た目こそアイドルのそれと言っても間違いの無い程の容姿を持っている。目つきは悪いが。
だが、それだけでは、異性の目を引くことしか出来ない。なら、同性も昂揚しているこの状況を如何に説明出来ようか。
「あー……お前ら、俺が誰だかは知ってるよな? ……まぁいい、一応名乗っておこう。俺は、
神庭は壇上の中央から勢いよく飛び降り、その代わりに壇上に現れたのは半透明のスクリーン。そして、画面に映し出されたのは、一面に広がる草原や摩天楼のビル群、ファンタジーの世界のようなレンガ造りの住宅や神秘的な泉。
「……この
会場がざわめく。
神庭裕紀という男が如何に著名であるかが、これだけで分かる。
有名人が来れば、それは男女構わず声を上げて驚くのは必然だ。
「……まぁ、黙って聞け。ここからが本題だ」
神庭のその一言によって、会場は再び静粛に収まる。
今までゲームにしか気がなかった佐藤かえでさえも、その手を止めた。
その空間を制する掌握能力は、誰でもない彼ただ一人によるものだ。
「単刀直入に言う! これは入学式ではない!」
そう言うと、小気味よく指を鳴らした。
途端、体育館にいた全ての新入生が椅子にもたれて意識を失った。
かえでのゲーム機が落ちて、ちょうどそのLボタンが床に接した時だった。
壇上にあるスクリーンが二十四分割画面へと切り替わり、その各画面様々な場所に五人ずつ生徒が映し出された。
「見ての通り、お前等がいるその場所こそが、アタラクシア・フィールドだ。アタラクシア・フィールドの役割は、魔法士の育成の場であったり、権限昇格試験の会場……そして今回は最終選考試験の会場だ。合格者は五人。二十四組にチーム分けをしたが、合格できるのは一組。ルールは簡単だ。ただ目的地に着けばいい。事前にとったデータから総魔力を打ち込んでいる。それと、そっちでは権限による制限は無い。力尽きるまで存分に奮闘しろ。以上で解説は終わりだ」
急な事態に画面上の生徒達は戸惑いを隠せない。先程の男子生徒が声を上げる。
「神庭さん、全員無事にログインが確認されました」
そうか、と神庭は相槌を打つ。そして壇上に腰を掛け、不敵に笑う。
「どんなに優秀な人間であろうと、この試験に合格者は出ないがな」
「
男子生徒は、さも自分も経験したかのように、苦笑いをする。
対して、神庭は彼の言葉に耳を傾けることなく、誰へ向けるでもなく冷たく言い放つ。
「――それでは、