4月の初日の出:朝の風景500字

文字数 648文字

 夜勤明け。
 丸の内線の始発。1番前の列車に乗り込み、重く疲れた体をぐったりと座面に倒す。少し湾曲した固い背もたれに体を押し付けて重力のまま頭を上げると冷たい窓ガラスにカツリとあたり、ガタガタという電車の小さな振動が頭を揺らした。それが毎日のこと。

 休みは盆と暮れに多少あるくらいで他にはほとんどない。
 移動と言えば毎日夜から早朝にかけての自宅と職場の往復ばかりで季節を感じるものは数えるほどしかない。
 1つを除いて。

 アナウンスが次が四ツ谷駅だと告げる。眠気もピークを迎えているけど降りないと。
 電車は規則正しく必ず毎日5時7分に四ツ谷駅に着く。家は四ツ谷駅を降りてすぐのアパートだ。まだ真っ暗な中を俯き歩いて半分眠ったまま真っ暗な布団に倒れ込む。そしてそれが1年の3分の2ほどの日課。

 けれども春が来るとガラリと変わるものがある。
 そしてもう春が来ている。
 先週頃からその兆しが見えていた。

 今日の天気予報は晴れ。
 だからきっと今日なら見える。
 列車に合わせてわずかにガタリと車体が揺れる。
 地下鉄丸の内線はなだらかな坂を登って四ツ谷駅で地上に滑り出る?
 真っ暗な地下から突然飛び出した列車に降り注ぐ急な光に思わず目を瞬たかせる。
 進行方向右手側向かいのホームの上に太陽がわずかに見えた。
 そして太陽の光は僕の頭の後ろの窓の向こうに咲く散りかけた最後の桜を照らし出す。
 丸ノ内線四ツ谷駅始発で朝日が見えるのは4月から9月の僅かな間だけ。それを記念する最初の日が今日。
 今年も春が来た。

Fin.
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