平穏は魂を殺す。:解放の5000字

文字数 5,208文字

 これは俺の話だ。
 俺以外の人間には面白みもなにもない話だろう。だいたいの人間というのは自分を世界の主人公に置いていて、時折ヒロインや友人といった種類の人間をその物語に呼び入れる。大抵の人にとって、俺なんてただのモブ。
 そう、たまたまこの頁が目に入っただけで、すぐさま忘れてしまうだろう、そんな程度の俺の話だ。
 だからこの話はつまらない。けれども俺は話す。なぜなら俺は俺だから。
 多分俺はもうすぐ死ぬ。最近ようやく、俺が俺の主人公であることがわかったから。

 さて、何から話せばよいのだろう。俺の生活はどこまでも『平穏』で切り出すポイントが見つからない。他人から見たらつまらない。どこを切っても金太郎飴のように同じだ。だから諦めて生い立ちから話す。

 俺は都内だけれども23区の一つ隣の市に生まれた。山の手線まで30分。いわゆる住宅地で、そこそこに裕福な磯崎(いそざき)家の長男。両親からは良い子になりなさい、何もなくてもいいから平穏で幸せな暮らしを、と言われて育った。3歳の時に弟が生まれた。正直弟が生まれたときのことは全然覚えていない。弟との最初の記憶は多分小学校に上る前くらいで、砂場か何かで遊んでいた断片的なものだ。その後小学校に入学して、それなりに友人ができた。そのうちの何人かは今も友達だ。そういえば小学校のころは学校のサッカー部に所属していた。だいたいディフェンダーだった。目立たない役柄。

 それで家から電車で20分ほどのところにある平均より少し偏差値が高い中高一貫校に入学した。なんとなくサッカーはもういいかな、と思って友人に誘われて文芸部の幽霊部員になった。実質は帰宅部。中学の頃は友達とその時流行っていたオンラインゲームで対戦をして、高校になったら好きな人ができたけれども告白する勇気もなく、なんとなく流れで大学を受験して第二志望の文学部に受かった。

 この大学を受けたのも特に意味はなく、なんとなく文系に流れた俺は文系で選択しうる程々の大学をいくつか受験した結果がこうだった。大学は実家から40分ほど。ファミレスや居酒屋のバイトを転々として女の子と付き合って別れることが2回。卒論のない学部だったから3年になったら就職活動をして文房具の会社に就職した。

 文房具。
 俺は特に文房具に興味があったわけでもなくて、たまたまいくつか受けて一番条件が良さそうだった会社に入社した。それで俺が担当したのは文房具の市場調査とかアンケートとか、所謂マーケティングの部署。多分ホワイトな会社で、そりゃ残業が全くないとはいわないけれども無理な範囲ではない。職場の人間関係も悪くはない。それでそういった仕事をしている間に取引先の女の子となんとなく仲良くなって、何回かデートをした。

 思い返してみても特筆すべきところはないが、それなりに幸せで、それなりに充足して、それなりに満足していた。そう思う。満足せざるを得ないほど『平穏』な生活。

 ふいに声がした。
 戻ってこい、君にも未練はあるだろう、と聞こえた。

 未練。はたと気づくと俺は俺を眺めていた。
 臨死体験か。幽体離脱というやつだろう。俺は横たわる俺の姿を空中から眺めていた。急に五感を思い出す。ざわざわという喧騒、ガチャガチャと忙しくなるストレッチャーの音、うっすら香る独特の病院の臭いとストレッチャーを押す男から漂う少し不快な汗臭さ。帯をひいて流れていく天井の蛍光灯の薄暗い明かり。明滅する視界。俺の世界にこれまでなかったもの。

 どうやら先程の声はこの救急隊員と思われる男の声のようだ。やがてストレッチャーは看護師に引き渡され、バタムと大きく分厚い金属製の扉をくぐり抜ける。間もなく青緑の手術着を身にまとった医者が現れ、医者って本当に両手を少し上げて手術室に入るんだなと思った。

 意識は拡散してたくさんの管に俺の体が繋がれた頃、手術室の外では警察官が聞き取りをしているのが聞こえた。どうやら俺は道を歩いていてバイクと接触したらしい。そういえばそうだった。思い出した。

 さきほどの回想はひょっとして走馬灯というやつだろうか。いや、どうだったかな。全ては曖昧だ。
 眼下では慌ただしく医師が立ち回っている。
 血がたくさん流れてお腹が開いている。けれども現実感はない。まるでテレビを見ているようだ。医療ドラマのようだ。そもそもこれも全て夢かもしれない。俺の体は痛くない。首を捻る。

 また声が聞こえた。こんなに若いのに未練もたくさんあるでしょうに。先程の救急隊員のようだ。
 確かにこんなに早く死ぬとは思わなかったな。そうは思う。けれども俺には未練はなかった。未練の持ちようがなかった。むしろ清々しい。

 未練、やり残したこと。やり残したというかやるべき事は俺の人生プランには色々あったのだろう。数年のうちに結婚して、子どもができて、ひょっとしたら家を買う。幸せなマイホーム。それが望むべく『平穏』の先。
 正直なところ、俺の人生は最高ではなかったにしろ可も不可もなく、どちらかと言えば『平穏』で満ち足りていた。

 だからその頃の俺は少し疑念を持っていた。
 俺の人生というのはいわゆる『平穏な人生』だ。平穏な人生というと大抵の人の脳裏に浮かび、そして羨まれるテンプレートな人生を送っている。むしろここまで『平穏』が整っている人生というのも希少で、そう考えると俺は『幸せ』の偏差値のかなり上の方にいると思う。
 だから、だから俺には悩みがない。そのはずなのだ。そう『平穏』が俺を説得する。

 悩みがない、それが悩みというと誰もが俺を羨ましいという。だから俺はそれを、いっそうのこと『平穏な生活』を放棄しようと思った。そうしたいと思った。そこには『俺が俺である』ということが欠片も存在しなかったから。けれどもそう思うといつも、とてつもない罪悪感に襲われた。会社をやめてみようか。だが何か不満があるわけでない。やめてどうしたいという希望もない。なのに、辞めるの?
 説明がつかない。アルミホイルを噛みしめるような不協和音で奥歯が気持ち悪くなる。
 そもそも俺には『平穏』から外れてやりたいことなどなかったのだから。
 だから俺は『平穏』に雁字搦めのまま流されて暮らしていた。

 結局悩みがないという事象は、何にも触れないということだ。
 『平穏』は動かない。物事というのはすべてが相対的で、例えば立ち上がろうと試みる。今まで意識の外にあった足の筋肉に次々と力を入れていき、体を抑える重力に抵抗する。一方、動かずただそのままでいると、足の筋肉の存在は実感されないだろう。そうだ、実感だ。俺は実感というものを感じられなくなってからどのくらい経ったのだろうか。

 俺は何にも触れることがない。自分の心に抵抗するものがない。欲しいと思うものもない。悲しみも怒りもない。刹那的に喜びと楽しみはあるけれども、それは過ぎ去っていって手元には残らない。俺の周りでは俺を阻害するものは何もなく、ただただその『平穏』に浸かった『幸せ』に囚われた暮らし。
 その高みから見る世界はぼんやりと薄く煙り、遠くで何かが動いている。全ての物事が自分とは遠いところで起きている、そのような気がしていた。

 だからそこにいるのが俺でなくても、別にいいのじゃないかという気がしていた。
 『平穏な暮らし』といって思い浮かべるのが俺の暮らし。意外性もなにもない。別にそれを送っているのが俺である必要がないんだ。自分の存在意義について疑問を持っていた。だから俺は俺に突っ込んでくるバイクをわざと避けなかった。『平穏』ではないもの。俺がこっそり心のうちで求め、受動的にしか得られなかったもの。

 バイクの運転手はよそ見をしていたのだろう。避けきれない距離で俺を視界におさめて動揺し、俺と目があって恐怖に顔を歪めた。多分その瞬間、俺は笑っていた。
 俺の生活で初めて訪れた『平穏以外』に俺は随分久しぶりに心が高鳴った。

 次に気がついた時、頭は随分とぼんやりしていた。右目だけ開けると白い天井が見えた。左目は開かなかった。キョロキョロと目だけで左右を見回すと視界の端に何かが見えた。点滴だろうか。
 起きあがろうと思っても視界は動かなかった。筋肉に力を入れようとしても、穴の空いた浮き輪に空気を入れるようにその力は霧散する。

 何があったのか思い出そうとして、バイクに轢かれたことを思い出した。その時こめかみに割れるような衝撃が響いた。

 突然のことに戸惑って動けないでいると、これは痛みだということを思いだす。頭がチカチカした。傷みを感じるなんていつぶりだろう。小学校くらいまで遡るのではないだろうか。妙に懐古的な気分でその強い衝撃を迎えた。
 唯一動く視界で見回していると、不意に看護師の姿が目に入り、目が合う。一瞬怯んだ看護師は驚きで目を広げ、俺の名前を呼ぶ。けれども俺は動けなかったから、2度ほど瞬きをした。そうすると、また名前を呼ばれたから2度瞬きをした。そうすると看護師は大急ぎで視界から出ていった。呼び止めようとして声がでないどころか口が動かないことに気がついた。

 しばらくすると初老の医師と思われる男性が先程の看護師とともに視界に現れる。本当に意識があるのかね、という懐疑的な問いかけに同じように瞬きをすると、その男性は一瞬驚き、そして悲しそうな顔をした。
 またしばらくして、視界に俺の両親が現れて泣き崩れた。その様子はとても新鮮だった。

 医者は俺の症状を説明しようと両親を伴い視界から出ていこうとしたから必死で瞬きをした。幸いにも隣についていた看護師が俺の様子に気づいて医師を引き止め、医師は君の症状についてだが本当に聞きたいのかね、と訪ねたので瞬きをした。

 説明は都度、続けてよいかという確認とともに行われ、その度に俺の両親は悲鳴をあげた。
 俺は左目と顎部と右手と両足を失ったらしい。その他にも内蔵の大部分も。今意識があるのは奇跡だとか。食事は経口摂取ができなくなった。俺の余命は俺の気力次第、つまり気力がなくなればそれほど長くはないだろう。そういったことを。

 その時俺を襲った感情をなんと名付ていいのかわからない。例えるなら、興奮。おそらく血圧が上がって、俺は意識を手放した。
 興奮して意識を手放すなんて初めての経験だった。

 体は麻酔が効いているのかどこも痛くないどころか何の感覚もしなかった。けれどもそれについてはこれまでの俺の人生も同じだったから特にどうとも思わなかった。むしろ、なんだか、色々なものの距離が近づいた気がした。

 俺はようやく『平穏』から降りることができたのだ。
 『平穏』がどれだけ俺を雁字搦めにしていたのか、俺は『平穏』を離れて初めて理解した。『平穏』というのはそれ自体が目的だ。だから『平穏』を志すのであれば『平穏』をキープし続けなければならない。『平穏』であらねばならない。
 その重圧はいつしか俺の心を蝕み、圧搾し、抑圧し、苛んでていたのだろう。変化を拒む矯正。魂の固定。でももう、俺は『平穏』で居続ける必要はない。『平穏』はもう取り戻せないほど遠くに去った。

 俺はもう自由に考えていいんだ。そう思うとようやく息ができた、そんな気がした。
 そう、この状態は『平穏』とは程遠かった。目しか動かず死にかけているこの状態は。これまでいくら理由をつけようとしても『平穏』を降りる理由なんて浮かばなかったのに、『平穏』を降りることはできなかったのに、今や『平穏』はすっかり遠ざかっていた。

 体は動かなくなったけれども心は羽が生えたように自由で落ち着いていた。好きに考えてもいい。何を望んでもいいんだ。どんなに非人道的なことでも、どんなに不謹慎なことでも。口には到底だせないことも。

 どこまでも歩いて行ける足を持っていても、その一歩を踏み出す心がなければ意味がない。けれども今はどこへでも飛んで行ける心を持っている。『平穏』という軛を打ち捨てて。足は失ってしまったけれども俺は自由だ。
 右目からのぞき穴のように覗く世界。それが俺が唯一感じ取れたものだったけれども、同時に俺自身が自由に感じてもよいものだった。

 俺の病室にはだいたい両親のどちらかが来ていた。一度上司が見舞いに来たこともある。みんな俺を見て悲しむ。けれども俺の心はむしろ以前より平穏で、なんだか満ち足りていた。だから俺を見て悲しむ様子が滑稽だった。
 瞬きしかできなかったからそれをうまく伝えることはできなかったけれども。

 そう、これはそんな俺の話。『平穏』じゃなくなって平穏になった俺の話。
 俺はようやく俺の主人公になれた気がする。聞いてくれてありがとう。
 両親は『平穏』であれば何も望まなかったのに、といっていた。
 けれども、エンドロールが迫っているのだとしても、俺は今のほうがいい。

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