恋遍路26.このふたりの場合

文字数 785文字

 まだ会ったこともないのに
 もう、あなたを知ったような気になっている
 言葉は嘘なのに
 ここに書いていることが
 あなたのすべてでないだろうに
 もう、わたしは知ったような気になっている

 ─── 彼が、投稿小説サイトに、そんな詩を掲げていた。
 彼は、人間でないのかもしれない。いや、私もだ。
 人間は、生きている人と接して、初めて人間たり得る。彼も私も、一つ屋根の下に住みながら、食事も別、寝室も別、ふだんいる部屋も別… およそ接しているとは思えない。各々が、勝手に、ひとりで棲息している家。そして私たちが「接している」ものといえば、薄っぺらい、無機質なPCの平面さでしかない。
 こんなんで、私たちはほんとうに生き、愛しあっているのだろうか。
 もしかしたら、私たちは恋しあっているのかもしれない。恋と愛は違う。恋は、おたがいの心に相手の残像をいとしくまるめこみ、それを()でること。
 そして時間が経てば、恋は終わる。見飽きた鳥籠。
 でも、愛は違うのだ。それでも、見続ける勇気なのだ。あの古めかしい鳥籠を──
 恋は、いつか終わる。肝心なのは、そこから愛へ変わること…

 きっと彼は、恋をしているのだ。見ず知らずの、ロマンチックな投稿作家に。ロマネスク。そう、そこには永遠が芽生える。
 ところが、私たちは生きているのだ。生きながら、永遠になるということは、死ぬということである。ここに、恋の、恋たる、恋があるのだ。
 そう、恋するということは、死ぬということなのだ。
 いつのまにか始まって、いつのまにか終わっているもの、それが恋のいのちなのだ。
 ほんとうに愛することが可能となるのは、恋が終わってからなのだ。そのときに、私は重きをおきたい。そのときからが、最も肝心で、重要な時間なのだ。
 さあ、恋せよ恋せよ。現実逃避するがいい。私はここにいて、みていてあげよう。
 どこまで逃げられるかな?
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