恋遍路11.ある感情

文字数 950文字

「ただ愛するだけでは…」と、きみが言う。
「わたしを無視しないで」と、きみが言う。
「わたしは、あなたの中にいる」
「どうしてわたしを無視するの」と。
「見て見ぬふりをされるほど、つらいものはない。なぜわたしが悪と決めつけられ、憎まれなければならないのか。わたしがいなければ、あなた方があれほど大切にして尊重する、愛だって、生まれないんだよ」
「善い感情、悪い感情と、あなた方は差別する。くだらない道徳の物差しで。わたしは、あなた方の中にずっと、あるものなのに。あなた方は、愛ばかりを尊重する。わたしを、あなた方は嫌悪する。あなたの中にあり続けるものに、ふたをする…見まいとする、カーテンで覆おうとする」
 きみが言う、
「わたしは、憎しみ。あなた方が、忌み嫌う、憎しみ。いい子であろうとし、頭ごなしに叩かれ、わたしは成長する機会を失った」
「あなた方は、一方的に愛だけを育てようとした。一方的な、借りものの価値観を袋にして、わたしにかぶせ、窒息させようとした」
「このように育てられた子が、どのような成長を遂げるか知っているか。

な不具者だ。閉じ込められたわたしを、あなた方が認めないかぎり、あなた方の愛は薄っぺらい。片手落ちの、不具者の愛しか、あなた方は持ち得ない」
「わたしは憎しみだ。あなた方が、うまれた時から、あなた方に備わっている感情だ。わたしを大きく育まない限り、あなた方は同等の愛しか育めない」

「あなた方に、すでに備わっていたわたしを、あなた方は忌み嫌ってきた。あなた自身のことを、あなたはないがしろにしてきた。善悪という借りものの価値観で、あなた自身の成長を拒み、圧し、その下足で憎々しげに踏み続けてきたのだ。わたしは、あなたであるのに。あなた自身であるというのに」
「わたしを手なづけられないから、安易な愛に、あなた方は走ってばかりいる。空虚な、まぼろしの橋を歩いているようなものだ。わたしを見つめよ。わたしに与えよ、水と食糧を与えよ。したらば、わたしはしっかり成長できる、わたしの同伴者とともに」
「あなた方の大好きな愛も、同様に成長できる。わたしは、あなたの味方だ。何しろ、わたしはあなた自身であるのだから。あなたの内に、ずっといるのだから」
 きみが言う、きみが言う、うつむきながら、眼を伏せて。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み