恋遍路1.わかりやすい相手

文字数 1,402文字

 わたしは、裏表のある人間である。ひとりでいる時、黙っているからだ。誰かと一緒にいる時、わたしは喋り、笑う。だが、ひとりでいる時、わたしは黙って喋らない。
 わたしには、裏表がある。左右がある。斜め上下がある。置かれた状況、対する人によって、わたしはあっけなく変化する。
 このひとは、こういう人だ、とシャッターを切れば、なかなかその映像は動かない。わたし自身にも、自撮り機能がある。自分はこういう人間だ、とする。相互に、実はそうでないのに、固定観念に念写された画像は、なかなか動かない。
 わたしは、自分の気に入った相手とつきあう。気に入らぬ相手とは御免こうむる。それも、この画像をもとに。実際はまるで違う実像であったとしても。

 今わたしがつきあっている相手は、裏表のない人だ。ひとりでいる時も、わたしと会っている時も、変わらずに見える。そう思える。この相手は、ばかみたいに単純なのだ。単純でありながら、やたら考える面もあるが、基本的に驚くべき単純さで生存している。
 投稿サイトに小説を書いているらしいが、PVが増えれば嬉々として、増えなければこの世の終わりのような顔をしている。ごまかしたって、すぐ分かる。顔に出るのだ。
 一度読んだことがあるが、面白い時は面白く、つまらない時はほんとにつまらない。波が激しすぎる。そのままの性格が顕著に表れている。極端なのだ。また、よく風邪をひき、少しでも身体の具合が悪いと、いかにも弱々しくなる。もうダメだもうダメだとうわ言のように言って、布団にくるまっている。回復すれば、ひとりで飛んだり跳ねたりしている。まるで猿だ。そしてその根幹を貫いているのは、あのミトコンドリアの単純さなのだ。

 それでも、わかりやすいのがいい。ごまかしたり、嘘がつけない人間。いまや、希少価値、絶滅危惧種の人間ではないかと思う。一緒にいて、疲れることもあるが、ごまかされ、嘘をつかれるより、よっほどマシだ。同じ疲れるにしても、ややこしくない。
 性格が邪悪でないから、人受けも良いらしい。だが、本人は人間が苦手だと言っている。人間関係は疲れる、と。そのくせ淋しがり屋だ。矛盾の塊で、その矛盾を許せる相手とでなければ、つきあえない。ひと皮むけば、盾も矛もない、超シンプルな人間なのだが。

 わかりやすい人間は、つきあいやすい相手だ。やさしい人でもある。やさしいって、「やすい」の変換語だ。その相手とつきあう人間にとって、くみしやすいから、「やさしい」と言われるのだ。
 わたしがこの相手を好きになったのは、つきあいやすかったからに他ならない。賢者、ソクラテスなどは、わざわざ自分を鍛えるために、悪妻クサンチッペをめとったけれど、わたしは賢者ではない。面倒くさいのはごめんだ。
 面白い人間がいい。猿のように単純な人間は、見ていて面白い。わたしにはSの傾向があるので、たまに冗談でくすぐりの刑をしてやる。相手が逃げると、追いかけてやる。相手も、まんざらでもないらしい。息もつけぬほど、楽しそうに笑っているからだ。
 もう、つきあって10年になるけれど、ワンパターンの平坦な生活に、こういう刺激は良い棘になる。はたから見れば、バカなふたりだ。バカで、何が悪いと思う。へたに賢いより、よほど楽しい。単純な相手とつきあうことは、わたしに笑いをもたらす。わたしの固定観念によれば、この生物は、変わっていて、面白い。
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