まえがき

文字数 3,387文字

   まえがき

 この小説では、日本の放漫極まる借金財政がついに破綻する、という誰しも考えたくない、しかし目前に迫り来るかもしれない国家的悪夢を描いています。わが国の財政状況は、かつての太平洋戦争末期と比肩しうる状態ですから、もはや常軌を極端に逸していると思われる方も多いでしょう。
 ストーリーには現実に即した事実をとりどりに織り交ぜています。ただ未来はいつも不確定ですから、ここでは現実の日本ではなく、そこから分岐して、微妙に異なるパラレルワールドでの物語という設定をとりました。この架空世界での目を覆う不幸は、全てフィクションだということです。
 シミュレーション小説であることを意図しました。しかも現実に潜んでいる恐れがある危機の兆候を強調しつつ、最悪ケースとして描写しました。
 ただしこの物語で起こる破綻劇は、架空の「第一波」にすぎません。もし万一、現実の世界で破綻が起これば、それは「第二波」だとお考えください。この作品で第一波を経験された皆さんは、現実の第二波にはより冷静かつ賢明に対処していただけるものと存じます。
 特に政策担当者の皆さんには、どんな思いがけぬ危急の事態が起こりえて、その対策をどのように立案すべきかを考える際に、大いにご参考にしていただけるでしょう。作中では愚かで異常な政策を単に批判するのではなく、積極的で建設的な提案を豊富に織り込んでいると理解していただけると存じます。
 この架空の世界では、一部の悪辣な政治家たちの企みどおりなら、手酷い犠牲にされるのは庶民たちです。主人公たちはその苦境の渦中で、ごく狭い救いの道を模索します。
 その物語が現実世界で生きる皆さんにも、かけがえのない活路をご提供するものと考えていて、それこそがこの小説の主眼です。皆さんが資産を防衛される方法やその注意点を述べることが、この作品の一つの使命のつもりであり。文中のあちこちに知恵としてちりばめました。意外な考え方がいろいろあると存じます。
 この小説は歴史を振り返りつつ参考にしています。莫大な戦費の債務を解消するために、戦後まもなくハイパーインフレが巻き起こり、国民は貧困のどん底に突き落とされました。物価が百倍以上の超インフレを招来すれば、国の経済規模の数倍に達していた日本国債という借金を、紙クズのごとく帳消しにできたのです。その当時の方法を、現在の政府はとっくに研究済みです。
 この物語の中では、GDP比で当時と同規模に膨張した国の借金を、過去の鏡映しとなる手口で乗り切ろうとする奸計が進行します。庶民のタンス預金を吐き出させるために、当時は新紙幣を発行して、新円切り替えによって旧紙幣を無効化したことまで同様です。
 しかも戦後日本の場合は、全体主義社会から民主主義社会へと大転換して、まばゆいばかりの復興を成し遂げましたが、今回の財政破綻劇では、その真逆で「民主主義から全体主義への逆行」という絶望の展開を組み込んでおきました。その準備として憲法の忌まわしい改変までが成し遂げられるのです。
 全体主義の最も簡明な定義は「個人の利益よりも、国家という全体の利益が優越する」というものです。物語中の憲法改悪では、「公共の福祉」という憲法中のかけがえのない文言を、「公の優先」と読み替えることによって、この恐ろしい謀略へと踏み出します。本来は「みんなの幸福」と解釈されてきた民主憲法を、それによって踏みにじるのです。
 悪魔的な政治家たちはその進行過程でナチスの手口を平然と模倣します。すなわち緊急事態宣言を発してしまえば、憲法を含むあらゆる法律に優先して、内閣による政令で何でも決められるという、極めて独裁的な政治体制に擦り替えてしまうのです。
 物語中で架空の奥野(おくの)総理は長期政権を続け、「オクノミクス」という経済政策を推進します。しかしその頭文字には「¥」マークを付けるべきに違いなく、金持ちどもの「ヨクノミクス」だとか、「アクノミクス」だと庶民たちは批判します。
 この物語はそんな身震いする最悪事態に至る直前から描かれています。日本円も日本国債も大丈夫だと高をくくるのは、政治家と銀行家を含めてあまりにも不遜な曲解ではないでしょうか。
 実はほんの蟻の一穴が引き金となりえて、一気に崩壊しかねません。その劇的な暗転のきっかけは、今日にも世界のどこかで、ごく小さなニュースとして立ち現れるかもしれないものです。
 小説として最悪ケースの描写にめりはりを施すため、まだ成立していない憲法改正などまで組み込みましたが、作品中に登場する道具立ては、全て現実世界でも準備が完了しているものばかりです。しかも憲法を改正せずとも、政府がこの物語と同等の強権を発揮しうることや、たとえ総理が交代しても、類似の政策を続ける恐れがあることにもご注意願いたいと存じます。
 ストーリー仕立ては震撼させるものですが、小説としてはエンターテインメント性を重視して、意外性や起伏を用意したつもりです。霞が関の名もない人々、特に若い人たちが知恵を絞って活躍します。そしなによりも、もし不幸にも現実世界でこれに似た状況に立ち至った際に、個人がさまざまに身を守り、また善意の政治家や官僚たちが国を守れる方策をも破綻後の章に書き込んだつもりです。
 勘どころとなる部分は、できるだけわかりやすく記述しました。例えば皆さんの給料が長らく上がりにくい理由として、政府には思いがけない企みがある可能性などを、この物語の中で見つけ出していただけるでしょう。
 やがて人々は職を失い、物価は極端に高騰し、タンス預金は吐き出させられます。しかも政府の対外的な密約が日本をますます苦境に陥れ、外貨預金は不当なレートで強制的に円転換させられます。そして庶民にのしかかる高率の資産課税など、過酷な政策が戦後の混乱期そのままに検討されます。
 現実世界をさまざまに投影していますが、あくまでフィクションです。「フィクションの抑止力」という考え方をあとがきで述べさせていただきました。もし現実を見事に予測できている部分がありえた際は、ぜひ心に留めていただきたく存じます。
 エンターテインメント仕立てですから、作品中にはさまざまな伏線やどんでん返しを仕組んでおきました。特に最終部のどんでん返しは、ほぼどなたも予想しなかったものでしょう。しかし今後の世界のかつてない変化を考えるうえで、この上なく重要などんでん返しのつもりでした。
 もしハイパーインフレが襲いきたり、物価が百倍以上になれば、国の借金は実質的に百分の一以下に減価します。それと同時に庶民の預貯金も全く同率で目減りしてしまいます。百万円の預貯金が実質一万円を下回り、千万の蓄えさえ僅か十万円未満の値打ちと化すのです。この作品でそれをいかに食い止めるかをいろいろ想像しつつお読みください。
 なお過去に逢沢(あいざわ)(あきら)という別名義にて、わが国の財政破綻への警鐘の書を四冊公刊して、ベストセラーにもなりました。アベノミクスが提唱された当時です。本編の執筆はその見解を下敷きにしていますが、その後の新しい考え方を豊富に盛り込みました。
 驚いたことに、最近アマゾンで「国債破綻」と検索してみると、十年近く前の書『金融パニック』と『国債パニック』がいまだに二位と六位に表示されていました。また最も質が高いつもりの『21世紀の経済学』は、かつて池上彰氏がその月に読んだ本の一位として推薦してくださったことがありました。
 しかもさらに驚いたのは、グーグルで「国債破綻小説」と入力すると、小説ではない私の書が第二位の項目になっていたことでした。それが小説化してみようという気持ちの強い後押しになりました。今回のペンネームでは、メジャーなSFコンテストの最終候補作に残ったことがありますから、作品としておそらく素人臭くないだろうと思います。
 もう一度お断りしておきますが、この作品はリアルさを高める意図で、現実世界の投影を感じさせるものの、純然たる架空の物語です。空き時間にでもお読みいただきたい娯楽作品のつもりです。そしてこの作品などをきっかけに、現実に迫りうる危機を、ご自分で改めてお考え直しいただければ幸いです。

   二〇二三年六月
                          永生(ながお)未来(みらい)
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