第19話 君のいる場所

文字数 1,907文字

 2015年5月16日、世間ではゴールデンウイークも終わり、少し落ち着いた週の土曜日。
 僕はこの日、上越新幹線の『とき号』に乗って浦佐駅に向かっていた。以前、会社の旅行で来た越後湯沢駅の次の駅である。

 浦佐駅に着くと、ホームを改札に向かって歩いている間に、僕は加奈に電話をいれた。
「もしもし、橋本ですけど、今着いたよ」
「じゃあ、ちょっと待ってて。駅まで迎えに行くから。15分位で着く」
「了解。ありがとう」

 僕は加奈を待つ間、幸恵が以前話していた駅の東口前の広場にある『田中角栄像』を見に行った。
 幸恵との初めてのデートの日、上野の西郷隆盛に対抗するかのように、地元の英雄の像の話をしていた時の、彼女の自慢げな顔が思い出される。

 この像は雪をしのぐ屋根付きで、いかにも雪国の銅像のように建っていた。右手を挙げて、左手をポケットに入れる姿勢は、学校の授業の教科書の写真と同じだった。

 僕は、駅前のコンビニエンスストアで、温かい紅茶を買うと、駅のロータリーにあったベンチに座って周りを見渡した。
 季節はすっかり春で、山々は青々とし、ぽつんぽつんと白色の花を咲かせた木々も交じり合っている。今朝のニュースでは、今日は例年になく暖かい一日だと言っていたが、ここは少しまだ肌寒さを残していたので、今買った紅茶の温もりがありがたく感じる。

 付き合っていた頃に、幸恵とは二度この浦佐を訪れた。初めて来た時は、自分から幸恵の両親に挨拶するなんて言ってしまい、新幹線の中で緊張していた記憶が蘇ってくる。

「……でも.幸恵の両親に会ったら、何て言えばいいんだろう?」
「落ち着いて、哲也君」
 この時、幸恵は緊張をしている僕の腕に手を置いて慰めてくれた。
「お父さんもいるんだよね」
「うん、多分ね。でも出てこないと思うよ、父さん恥ずかしがり屋だから」
「もう娘さんを僕に下さいって言っちゃおっかな」
 ヤケ気味に僕がそう言うと、彼女は嬉しそうに僕を見つめてきた。
「え……っ、良いの?」

 そんな幸恵とのやり取りを思い出しながら駅に戻ると、ちょうど加奈の運転する車が駅のロータリーを回って僕の前で停まった。いかにも雪道に強そうな四輪駆動のSUV車だ。

「お待たせ」
「加奈ちゃん、ごめんね。わざわざ迎えに来てくれて」
「私が呼んだみたいなものだからいいのよ」
「これどうぞ」
 僕は加奈に紙袋に入った菓子箱を手渡した。
「わざわざありがとう。あっ、草加せんべいだ。さっすが! 良く分かってるね」
 加奈が、袋の中を見て嬉しそうに言った。
「甘い物だめだったよね、確か」
「うん、うちはみんなダメ」
 
 幸恵も甘い物が苦手だった。最初の幸恵の誕生日に、僕は奮発して大きな誕生日ケーキを買って持っていった。彼女も、始めは僕に気を使って食べていたが、途中で観念したようだった。
「あの……、私甘い物苦手なの。ごめん!」
 それから僕たちは、クリスマスでもケーキを食べる事は無くなった。

「じゃあ、お姉ちゃんのお墓行くね」
 加奈は、後部座席に菓子を置くと、運転席のドアを開けて乗った。
 そして、加奈の運転する車が、駅から離れて山に向かって走り始めると、僕は久しぶりに幸恵に会うような感覚になり緊張していた。

「そういえば、こないだ越後湯沢駅で何してたの?」
「あそこのココロ湯沢っていう、駅ビルの物産店で働いてるの」
「ああ、そこでこの間、帰りにみやげ買ったよ」
「そっか。それは、どうもありがとうござます」

「昔、幸恵に野沢菜漬けをよく買ってきてもらったから、懐かしくて買ったよ」
「そっか、そういえばこっちに返ってきて東京に戻る時、お姉ちゃんたくさん買っていったわ。あれ哲也さんのだったのね」
「うん。あの頃、幸恵の作る野沢菜チャーハンにはまっててさ、そればっか食べてたよ」
「ああ、野沢菜チャーハンか。うちのお母さんもよく作ってくれたな」
「あ……っ、じゃあお母さんの味だったんだね、あの野沢菜チャーハン。途中から、俺も幸恵に教えてもらって、自分で作るようになったんだけど、初めて俺の料理で幸恵に褒めてもらったんだ」
「お姉ちゃん、料理に関しては厳しかったからな」
「うん、そうだね」

 そうして、駅から離れて15分程走ってから、山裾の手前にある駐車場に入っていく。
「着いたよ」
 加奈が車を停めると、僕は車の窓から外を眺めた。

 青々とした山の麓から歩いた先には、たくさんの墓が見えている。山の斜面を利用しているので舗装された階段もあった。そして、その墓までの道の半ばにはサッカー場くらいの野原があり、中央には一本の大きなケヤキが立っていた。


 僕はその風景を見ながら『ここが幸恵のいる場所か……』と呟いた。







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